誰かが尾鰭をつけた話

片喰 一歌

文字の大きさ
上 下
129 / 193
第4章 夕べの調べ

第19話 あなたの話を聞かせて

しおりを挟む

(…………今日は本当に静か……)
 
 引き続き待機し、ここでもできる仕事をするべきなのでしょうが、紫水であればいざ知らず、千鶴のできることは限られていました。
 
 言わずもがな、それは喜ばしいことですが、どうにも手持ち無沙汰です。

(いまのうちにお掃除してきちゃおうかな。最近忙しくて、普段使ってないお部屋はほとんど手付かずになっちゃってたもんね。……よし! 今日は最近できてなかったことを全部片付ける日にしよう!)
 
  もう一度、開け放した扉の先を一瞥した千鶴は、本日の予定を素早く組み立てました。

(どこから始めようかな? なところ……。やっぱり、かな?) 
 
 千鶴が最初に向かったのは、診療室兼研究室にあった使わない本を移動させた先の物置部屋でした。

 紫水には内緒ですが、そこは彼女が自室の次に安らげる場所でもあったのです。

「……まあ、元々埃っぽいから、丁寧にお掃除する意義は実感しにくいけど。…………あ」
 
 ぽろりと言い訳じみた独り言がこぼれ落ち、口を押さえた千鶴ですが、次の瞬間には、ここがどこなのかを思い出し、息を吐きました。

「雰囲気は近いけど、図書館じゃないし、周りに他のおうちもないから、普通に声出していいんだった」

 千鶴が歩を進めるごとに、枝毛ひとつない黒髪が、さらさらと流れます。

「本はいっぱいあったのに、知りたいことはどの本にも書かれてなかったなあ。管理人さんも応援してくれてたのに……」
 
 いつも閉館時間を伸ばしてくれていた親切な管理人は、達者に暮らしているでしょうか。
 
 千鶴の去ったあと、利用者や蔵書は少しでも増えたのでしょうか。

「もう二度と戻ることはないし、いまのわたしに必要な本は、そこまで行かなくたって手に入る。……行く理由もなくなっちゃったんだなあ」
 
(……あれ? そういえば…………)

 書物ではありませんが、千鶴には『がありました。

「人魚と恋に落ちた人間ヒトの日記って、どこにあるんだろう? 紫水さんはなんて言ってたっけ……。『どこかに仕舞い込んで、そのまま』……だったかなあ。『読んでいいよ』というか、『読んでほしい』みたいな感じだったけど、他に手がかりになりそうなこと、教えてくれてたかな……?」

 物置部屋に到着した千鶴は、扉の前で立ち止まります。

「お掃除終わったら、少し探してみてもいいかも!」 
 
 そう考えていたはずが、お目当ての品は、いともたやすく見つかりました。

 装丁のしっかりした書物に挟まれた帳面は、存外目立つものだったのです。

「……紫水さんがちょっとずれた人なのは知ってたけど、よ……!」 

 と、千鶴が声を上げてしまったのも、無理はありません。
 
 積み重なった塔の、しかも、上から数えたほうが早い位置に、問題の日記はあったのですから。

「紫水さんの日記? ……より、だいぶ傷んでる気がする……。こんなところに置いておくから! 読み終わったら、本棚に入れておこうっと」 

 采払いを置いた千鶴は、立派な書物に囲まれて肩身の狭そうなそれを、両手で慎重に持ち上げました。

「どんなことが書かれてるんだろう? ごめんなさい! わたしだけの秘密にしますから、あなたのお話日記聞かせて読ませてください……!」

 そのまま千鶴は窓辺に移動し、腰掛けました。

 表紙を捲られた誰かの日記は、ざらざらした感触を白魚のような指に残していきました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。

猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。 『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』 一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。

【R18】短編集【更新中】調教無理矢理監禁etc...【女性向け】

笹野葉
恋愛
1.負債を抱えたメイドはご主人様と契約を (借金処女メイド×ご主人様×無理矢理) 2.異世界転移したら、身体の隅々までチェックされちゃいました (異世界転移×王子×縛り×媚薬×無理矢理)

処理中です...