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第4章 夕べの調べ
第19話 あなたの話を聞かせて
しおりを挟む(…………今日は本当に静か……)
引き続き待機し、ここでもできる仕事をするべきなのでしょうが、紫水であればいざ知らず、千鶴のできることは限られていました。
言わずもがな、それは喜ばしいことですが、どうにも手持ち無沙汰です。
(いまのうちにお掃除してきちゃおうかな。最近忙しくて、普段使ってないお部屋はほとんど手付かずになっちゃってたもんね。……よし! 今日は最近できてなかったことを全部片付ける日にしよう!)
もう一度、開け放した扉の先を一瞥した千鶴は、本日の予定を素早く組み立てました。
(どこから始めようかな? 埃がすごそうなところ……。やっぱり、あのお部屋かな?)
千鶴が最初に向かったのは、診療室兼研究室にあった使わない本を移動させた先の物置部屋でした。
紫水には内緒ですが、そこは彼女が自室の次に安らげる場所でもあったのです。
「……まあ、元々埃っぽいから、丁寧にお掃除する意義は実感しにくいけど。…………あ」
ぽろりと言い訳じみた独り言がこぼれ落ち、口を押さえた千鶴ですが、次の瞬間には、ここがどこなのかを思い出し、息を吐きました。
「雰囲気は近いけど、図書館じゃないし、周りに他のおうちもないから、普通に声出していいんだった」
千鶴が歩を進めるごとに、枝毛ひとつない黒髪が、さらさらと流れます。
「本はいっぱいあったのに、知りたいことはどの本にも書かれてなかったなあ。管理人さんも応援してくれてたのに……」
いつも閉館時間を伸ばしてくれていた親切な管理人は、達者に暮らしているでしょうか。
千鶴の去ったあと、利用者や蔵書は少しでも増えたのでしょうか。
「もう二度と戻ることはないし、いまのわたしに必要な本は、そこまで行かなくたって手に入る。……行く理由もなくなっちゃったんだなあ」
(……あれ? そういえば…………)
書物ではありませんが、千鶴には『読みたい』と思っているものがありました。
「人魚と恋に落ちた人間の日記って、どこにあるんだろう? 紫水さんはなんて言ってたっけ……。『どこかに仕舞い込んで、そのまま』……だったかなあ。『読んでいいよ』というか、『読んでほしい』みたいな感じだったけど、他に手がかりになりそうなこと、教えてくれてたかな……?」
物置部屋に到着した千鶴は、扉の前で立ち止まります。
「お掃除終わったら、少し探してみてもいいかも!」
そう考えていたはずが、お目当ての品は、いともたやすく見つかりました。
装丁のしっかりした書物に挟まれた帳面は、存外目立つものだったのです。
「……紫水さんがちょっとずれた人なのは知ってたけど、全然仕舞い込まれてないよ……!」
と、千鶴が声を上げてしまったのも、無理はありません。
積み重なった塔の、しかも、上から数えたほうが早い位置に、問題の日記はあったのですから。
「紫水さんの日記? ……より、だいぶ傷んでる気がする……。こんなところに置いておくから! 読み終わったら、本棚に入れておこうっと」
采払いを置いた千鶴は、立派な書物に囲まれて肩身の狭そうなそれを、両手で慎重に持ち上げました。
「どんなことが書かれてるんだろう? ごめんなさい! わたしだけの秘密にしますから、あなたのお話、聞かせてください……!」
そのまま千鶴は窓辺に移動し、腰掛けました。
表紙を捲られた誰かの日記は、ざらざらした感触を白魚のような指に残していきました。
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