誰かが尾鰭をつけた話

片喰 一歌

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第4章 夕べの調べ

第13話 予定

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「うん? なんでも言ってごらん」

「少しだけ言いづらいこと……なんですけど……。しかも、聞くまでもないことかもしれないんですけど」

 何度か深呼吸をした千鶴は、ぺしんと両頬を叩いて――――。
 
「……その、老化がゆっくりなのは、外見に関わる部分だけじゃないんですよね?」

 おずおずと切り出しました。
 
「ん? ああ。全部調べたわけではないけれど、その認識で間違いないと思うよ。身体の状態は多かれ少なかれ、外見にも表れるものだからね。……だけど、それが言いづらいこと? 『診察結果を疑うようで申し訳ない』ということかい?」

 紫水の声には、大きめの疑問符が浮かんでいました。 
 
「す……すみません! そうですよね! こんな訊き方じゃ、答えられるものも答えられないですよね……。えっと、そのう…………。それは、生殖細胞も例外じゃ、ない……ってこと、ですか? ……っていうのを、わたしは聞きたかったんですけど……!」

 いつもは薄桃の頬が紅潮しているのは、直前に叩いたからではないことは、明々白々でした。

「生殖細胞?」

 さしもの紫水も予想外だったのか、余裕たっぷりの微笑は鳴りを潜めました。
 
「あ、いえ! 深い意味はないんです! 疑問に思っただけで……」

 千鶴は、胸の前で両手を大きく振りました。
 
、君の疑問ももっともだ。自分の身体に関係することは、どんなことだって、どうでもいいはずはないからね」

 紫水はきゅっと締まった手首をぱしっと取り、慈愛の笑みを湛えます。
 
「直接、見たわけではないから、わからないけれど。私の見立てでは、高齢での妊娠や出産の危険性が、おそらく他の同年代の人たちよりも大幅に下がるだろうね。専門外だけれど、確かな結果を得て安心したいようなら、調べてあげようか?」

「あ、そこまではしなくても大丈夫です! 本当に気になっただけで……。まだまだですし!」
 
「…………へえ。そうかい。確かに、千鶴はまだまだ若盛りだからね。君はきっと、いくつになっても花盛りだろうけれど」

「え? あ、ありがとうございます……?」

 唐突な口説き文句に気を取られていた千鶴が、紫水が髪と同色の神秘的な眉をぴくりと動かしたことに気付くことはありませんでした。



「ああ、そういえば……。私からももうひとつ、話しておくべきことがあったんだった。……実は、明日から、ここを一週間から二週間ほど、空けなくてはならないんだけれど」

 紫水はさらりと言ってのける傍ら、掴んだままの手を揃えた膝に戻しました。

「一週間から二週間? そんなにですか?」

 膝の上の手は、花の蕾のようにぎゅっと握られていきます。
 
「ああ。そんなわけで、お祝いはそのあとになってしまうんだ。忘れていたとはいえ、ぬか喜びさせてしまって、本当にごめんね」

「それは全然いいんですけど…………。どうして?」

 かわいらしい声に、ひとつまみの不信感が混じりました。

 紫水が大好きな旅を中断してまで『この村ここにとどまる理由』を知っている千鶴は、彼が長期間、診療所を留守にすることに対して、少なからず違和感を抱いたのです。
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