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第4章 夕べの調べ
第10話 齢/麗(前)
しおりを挟む「千鶴先生がここにいてくれるようになって、どのくらい経つのかしら」
診察を終えた夫人が、しみじみと呟きます。
「二年……か、三年…………くらいかな? いや、もっと前……? 千鶴は覚えているかい?」
独り言だったのかもしれませんが、紫水はその言葉を拾い上げました。
「え? ええと……。すみません。わたしも覚えてないみたいで、何年前かはまでは……」
話を振られた千鶴の隣には、出会った頃から変わらない穏やかな紫水が、対面には腰の曲がってきた患者がいます。
「そうだよねえ。でも、突然そんなことを訊くなんて、どうかされましたか? 千鶴の調製した薬に変わってから、お身体の調子がいいとか? だとしたら、嬉しいですねえ」
「いえね、大したことじゃないのよ。…………千鶴先生だけじゃなくて、紫水先生も……というより、紫水先生と周りの方は、みんないつまでもお若くて素敵だと思ったの。たまにこちらにいらっしゃる、華やかな髪の方や寡黙な方も、とってもお綺麗で」
「ふたりに伝えたら、きっと喜ぶでしょう。私は年齢に対して、威厳が足りない気がしますが……」
苦笑を漏らす紫水でしたが、その声は明るいものでした。
(威張らないのが紫水さんのいいところだし、みんなもそういうところが好きで……たぶん、自分でもそういう自分が嫌いじゃないんだろうなあ)
「ぜひお伝えしてちょうだい。ああ、だけど…………千鶴先生は印象が変わったかもしれないわ?」
「わたしの印象……ですか?」
「ええ! すっかり大人の女性という感じで、いまお召しになっているお着物もよくお似合いよ。べっぴんさんには、無駄に主張の激しい柄も、派手な色味も、なーんにも必要ないのよねえ」
「ありがとうございます」
(よく見てるなあ。紫水さんが見立ててくれた着物はわたしも気に入ってるし、いいけど。それより、この人が言ってる『紫水さんの周りの方』って、花笠さんと……もうひとりは……昔、夜遅くにきたあの人のこと?)
以前、この夫人が紫水の年齢を尋ねてきたことを、千鶴は記憶していました。
(花笠さんとは顔を合わせることもあるけど、あの人とは会ったことも話したこともないなあ。診療所が閉まってる時間にきてるのかもしれないし、物静かだから奥にいるわたしが気付けないだけだと思うけど、どんな人なんだろう?)
「『いつまでも変わらない』なんて、すごいわ。なにか美貌を保つ秘訣でもあるの?」
「!」
紫水は夫人に気取られぬよう、物憂げに千鶴を一瞥しましたが、彼女がけろりとしているのを見て、ほっと息をつきました。
「美の秘訣ですか。強いて言えば……『美しい女性に、そばにいてもらうこと』でしょうか?」
「まあ、そうなの。千鶴先生は?」
「わからない……です。というか、その…………『見た目が何年も同じ』なのって、気持ち悪く……ない、ですか?」
しかし、紫水の懸念は的中していたようで、千鶴の口端はひくひくと引き攣っています。
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