誰かが尾鰭をつけた話

片喰 一歌

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第4章 夕べの調べ

第3話? ■■の××について<Ⅲ>

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 早い話、美酒のようなものなんだ。■■の××が持つ催眠作用というのは。

 彼らの××は……なんと言えばいいか、『聴く者に極度の心地好さを与え、思考をまるごと奪取してしまう』んだ。

 等価交換にしては、天秤が傾きすぎていると思わないか?
 
 僕だからこそ、わかる。
 
 え? 

 …………ああ。僕はまた、自分から余計なことを。

 なんてことはない。向こう見ずな人間の犯した愚行だが、ここまで話して、残りは内緒……というわけにもいかないか。

 間違っても、彼女の独断で催眠を強行してしまったわけではない。

 当時、懇意にしていた■■に『僕に催眠をかけてみてくれないか』と頼んだことがあって…………。
 
 変に濁すのをやめろと言われても、実際、交際に発展する前の出来事だったよ。誤読を誘う表現をしたつもりはない。

 彼女とは、『それがきっかけで、ことになった』と言い換えられなくもないが……。

 こんなつまらない男の恋愛遍歴を探るために、これを開いたわけではないはずだ。君は。

 いま論ずるべきは、そこではないな。
 
 ……というわけで、話の続きに戻るが、当時の僕は仕事が立て込んでいて、身体が疲れ切っているにもかかわらず、寝付けない日もざらにあった。
 
 たまさか寝付くことができたかと思えば、悪夢を見る始末で……。
 
 そんな折、■■の××が持つ効果について、研究者仲間から情報が入ったんだ。

 ――――なんでも『■■の××を聴けば、望みが叶う』とか。
 
 普通に考えて、大法螺だ。普段から話を盛る癖のある男だったしな。
 
 睡眠に問題を抱えてさえいなければ、そんな話に飛びつくこともなかったろうが……ちょうど、ひとりの■■と知り合ったばかりで、これも天啓かと、その■■に頼むだけ頼んでみることにしたんだ。
 
 気立てのいい彼女は、快諾してくれたよ。

 そして、善は急げとばかりに、人間でいうところの膝枕のような形で、美しい鱗を持つ下半身に僕の頭部を乗せてくれて――――。

 あの体勢で女性を見上げた経験はあまり多くはないが、いいものだな。あれは。

 胸部は控えめだったが、その分、彼女のおっとりした顔がよく見えた。

 眉毛と同じ角度で垂れた目に、ふっくらした唇に見惚れていたら、彼女は小さく息を吸って、異邦の旋律を奏で始めた。
 
 その声は、僕の知っている彼女とは別人のよう…………あ。いや、違うんだ。

 話しているときの声が悪いということはないんだが、歌っているときの声は筆舌に尽くしがたい美しさで……。

 聴いていると、心のどこかに芽生えた幸福感が限界まで引き上げられて――――いつのまにか瞼が落ちていたよ。

 寝入りばなに限って、その日の反省の止めどきを見失ってしまったり、起床後の予定について考えてしまったりするものではないかと思うが、そのときは思考回路そのものが遮断されてしまったかのように、難なく眠ることができた。

 ちょうど海の上だったし、座ったままだったら、ことになっていただろうな。
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