誰かが尾鰭をつけた話

片喰 一歌

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第3章 昼下がりの川辺

第49話 人気

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 ところが、噂が沈静化し、健康な人が診療所の門を叩くことがなくなったあとも、千鶴の人気は高まる一方で――――。
 
「今日は千鶴ちゃんはいねえんですかい?」

「千鶴なら、今日も裏で大忙しです」

「んじゃ、顔が見られねえのも仕方ねえな」

「ええ。申し訳ございません」

 ――――彼女に淡い好意を寄せているとおぼしき青年や。

「千鶴ちゃん!! ……は、表には出てないか~……」

「入ってきて早々、熱烈ですね。彼女になにかご用件でしたら、私が取り次ぎますよ」

「この前のお薬! すっごくよく効いたんだ! だから、直接お礼が言いたかったんだけど……。千鶴ちゃん、とっても忙しいだろうから、紫水先生、あたしの代わりに伝えておいてくれる?」
 
「必ず伝えておきます。彼女も、さぞかし喜ぶでしょう。……というわけで、診察に入っても?」 

 ――――直接、礼を述べたいと申し出る患者など、彼女目当ての客は後を絶ちません。

「…………妬けてしまうなあ」

 昼食をとったあと、紫水はぼそりとひと言、漏らしました。

「え? なにがですか?」

 しかし、その場にいない千鶴は、状況を少しも把握できてはおらず、大きな瞳をさらに大きくさせて、尋ねます。

「最近、千鶴目当ての患者さんが多くここを訪れているんだよ。午前にきたふたりもそうだったし。相変わらず、大人気だね」 

「わたしに? でも、紫水さんのほうが、ずっと人気なんじゃないですか?」 

「そうかなあ。まあ、いいんだけれどね。……いれば、それだけで」
 
「え……?」

 低い呟きは、千鶴の心に波紋を広げていきました。

「…………いや、なんでもないさ。ご馳走様」

 それ以上語るつもりはない様子の紫水は、席を立ち、食器の片付けをしに行きました。

(わたしは患者さんたちに直接なにかをしてあげられるわけじゃないし、みんなわざわざ言わないだけで、紫水さんのこと大好きだと思うんだけどなあ。ふふ。かわいい……)

 残された千鶴は、呑気に食事を続けるのでした。
 



 その日の会話が千鶴の記憶から薄れてきたある日のことです。
 
「あら、先生? そちらの方は? 新しい先生かしら」

 訪れたのは、珍しく千鶴の存在さえも知らない人でした。

「先生といえば、先生か。……ええ。主に薬の調製を担当している者です。以後、お見知りおきを」

「千鶴です。初めまして」

 会話を中断したふたりは、示し合わせたわけでもないのに、同時に会釈をしました。

(よそ行きの紫水さんには、いつまでたっても慣れないかも……。でも、威張らないだけで、すごいお医者様なんだもんね。このくらいの切り替え、意識しなくてもできちゃうんだろうなあ)

 敬語を使っているだけでなく、日常会話よりも無駄のない会話をするよう努める彼は、少し遠く感じられました。

「まあ、ご丁寧に。長いこと募っていたものね。本当におめでとう」 

「ありがとうございます。千鶴と一緒に働き出して、結構経つ気もしますが、普段は裏で調整に励んでいるので、ご存知ない方は他にもいらっしゃると思います。早まって決めずに空席にしておいて、本当によかった」

「…………嘘。志願者なんていたの? ?」

 散々な言われようです。
 
 いよいよ笑いを堪えきれなくなった千鶴は、俯き加減に口元を押さえました。
 
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