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第3章 昼下がりの川辺
第47話 誤算
しおりを挟む「つい最近ですよ」
千鶴が振り返るより早く、紫水が答えます。
(最近っていえるほど最近でもない気がするけど、いつも忙しくしてる紫水さんからしたら、一日なんてあっという間に過ぎちゃうってことかなあ。……じゃないとしても、そういうことにしておいたほうがいろいろと都合がいい?)
「そうなの?」
声と同じく、人の好さそうな眼差しは、千鶴に向けられていました。
(とりあえず、話を合わせたほうがいいのはわかるから……)
「……あ、はい! そうなんです」
「もしかして、紫水くんの妹さんとか?」
千鶴が愛想よく返事すると、その人はさらなる質問をぶつけてきました。
「妹? ふふ、そう見えますか。でも、違うんです」
紫水は随分遠くから、有無を言わさぬ響きを持った声で否定します。
「そうなの? ん……? あ……ああ! そう! そういうこと!! いいわいいわ、わかったから!! やだもう! そうならそうと、最初から言ってくれてたらよかったのに~」
その人は、しばらくふたりを見比べていたかと思うと、薬を持っていないほうの手をひらひらさせました。
(なんだか凄まじく勘違いされてる気がするんだけど……。紫水さんは否定してくれるよね?)
「ええ。おわかりいただけたようで、なによりです」
(え……? 誤解、解かないの? でも、いちいち本当のことを説明するより、そのほうが丸く収まるのかな)
予想を裏切られた千鶴は、軽く肯定した紫水の表情を窺いましたが、薄く笑んだ彼の考えは読み取れませんでした。
「…………なので、おしまさん。このことは、どうかご内密にお願いいたしますね?」
「当たり前じゃない!」
紫水が自身の唇に人差し指を当てると、おしまさんは大きな声でそう言い残して、帰っていきました。
「はあ…………」
診療室の扉が閉まって少ししてから、笑顔のまま固まっていた紫水は、背凭れに思いっきり体重を預けました。
「紫水さん? 珍しいですね。ため息なんて」
(そつなく対応してるみたいに見えたけど、本当は紫水さんも、ああいう人はあんまり得意じゃないのかな。悪い人じゃないのはわかるけど、話すのに体力使うというか……)
「千鶴。君の行いは正しいだけではなく、清く、それでいて尊いものだった。満点以上の対応だよ。あそこまでできる人は、なかなかいないんじゃないかな。これからも、その調子で患者さんに寄り添ってあげておくれ」
「ありがとうございます!」
そのまま裏に戻ろうとしていた千鶴は、手放しの称賛に足を止めました。
「…………しかし、ね」
(しかし? なにか粗相があったかな……)
彼女は固唾を呑んで言葉の続きを待っていましたが、紫水の口から出てきたのは、先ほどの行動に対する注意や叱責ではありませんでした。
「今回は、相手が…………。そう、相手があまりよろしくなかった。……君はきっと、人前に出ざるを得なくなるだろうなあ……」
「人前に?」
千鶴は、要領を得ない予言じみた物言いを復唱してみましたが、それでなにかが掴めるわけもなく。
「まあ……明日以降には、嫌でもわかるんじゃないかなあ」
「そうなんですか? …………とりあえず、失礼しますね」
物憂げな紫水を残し、業務の続きに戻りました。
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