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第3章 昼下がりの川辺
第44話 新たな役割
しおりを挟む「人前に出るなと言うつもりはないし、外出も好きにしてくれて構わない。けれど、同じ人の前に頻繁に姿を見せるのだけは、避けたほうがいいかもしれないね。はじめは小さな違和感でも、次第に大きくなっていく……なんてことは珍しくない」
今後の方針について話し合っている最中に、紫水はそんなひと言をこぼしました。
「…………あ。そういえば、そうですよね。村から出たからって安心して、無計画に人前に出たら、同じことの繰り返しになるかもしれないのに……」
千鶴の瞳が悲しみに歪みます。
「まあ、私も村の人たちとの交流が盛んなほうではないからね。そこまで神経質にならなくても、基本的にはのびのび過ごせると思うし、そうしてほしいな。ここは立地的にも、他の人家からは離れているだろう?」
「……ってなると、気を付けなきゃいけないのは、『ここにくる人』だけですね」
「ああ、そのとおりだよ。診療所に足繫く通わなければならないような人もいないから、気を付けるべき対象なんて存在しない……とも言い換えられるかもしれない。…………ここを出ない限りは、ね?」
「……!」
同意を求める紫水の目の奥に渦巻くなにかを感じ取った千鶴の背を、冷たいものが伝っていきました。
「そこでひとつ、提案なんだけど……。『診断結果や症状に合わせた薬を調製する仕事』というのは、どうだろうと思ってね」
「薬を?」
彼女は偉大なる先駆者の背中を追うあまり、彼と同じ道を歩む以外の目標が持てず、視野が狭まっていたのかもしれません。
「うん。……というのも、私はなにを隠そう、薬は専門外でね。もちろん、いい加減なものを作っているわけではないけれど、得意分野とは言い難いんだよねえ」
新しい道への希望が込められた問いかけを受け、紫水はその詳細を語り始めます。
「そうなんですか?」
「まどろっこしいというか……間接的すぎる気がするというか。内側から働きかけるんだから、本当は直接的も直接的な方法のはずなんだけれど……。少し即効性に欠けるとは思わないかな?」
紫水は組んだ両手の上に顎を乗せました。
「…………。『向いてない』というか、『そんなに興味が持てない』ってことですよね?」
相対する千鶴は、腕を組み、疑惑の眼差しを向けています。
「あはは、見事に言い当てられてしまったねえ。そうそう。おおむね、そんな感じだよ。だけど、気乗りしない仕事を押し付けようというわけじゃない。本当に面倒だったら、とっくに委託しているよ」
「ああ、言われてみれば……!」
「そうしたら、あまり人目に触れずに済むし、頑張って得た知識も活かせる。せっかくヒルフェギフト語の勉強がひと段落ついたというのに、また違う勉強をしてもらうことになってしまうんだけれどね……」
「いえ、やってみたいです。そのほうが患者さんの待ち時間も減りますし、紫水さんの負担も少しは軽くなりますよね?」
紫水は、躊躇わず名乗りを上げた彼女の丸い頭を撫でました。
「君は本当に優しいね。じゃあ、最初のうちは、私が調製するところを横で見ていてもらって……。簡単なものから、いずれはすべて。徐々に任せていくとしよう」
という経緯で、薬剤の調製を担当することになった千鶴がその修業を終えるまで、そう時間は掛かりませんでした。
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