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第3章 昼下がりの川辺
第43話 解読不能文字
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時は現在に戻り――――。
その日の千鶴は、紫水に借りていた語学教本と医学書を返すために、使わない本の物置となっている部屋を訪れていました。
(ここにいると、図書館を思い出せて好きだなあ。埃っぽいけど、静かで……本がたくさんあって……)
抱えてきた本を返すためにしゃがみ込んだ彼女でしたが、書棚のぽっかり空いた部分のその奥に引っ掛かっているものを発見し、手を止めました。
(ん? 薄い本?)
折れないように、破れないように。慎重に引っ張り出したそれは、書物でも冊子でもありませんでした。
(…………じゃなくて、帳面だ。どのくらい前のものなんだろう。どんな紙でできて……というか、紙なのかな? 手触りが、わたしの知ってる紙とはちょっと違うような……)
しかし、和紙とは異なる感触の頁を開いて早々、慣れ親しんだ筆跡が彼女を出迎えました。
「紫水さんの字!」
(…………なんて、ここにあるんだから当たり前……でもないか。『他の人の持ち物かも』なんて考えてなかったけど、このおうち自体、最初から紫水さんのものだったわけじゃないんだし……)
千鶴は膝の上にそれを置き、借りていた本を一冊一冊、棚に返していきます。
(『ここにある本は、なんでも好きに使っていいよ。報告もしなくていいからね』って言ってたし、借りていっていいかな……? 厳密には本じゃない気もするけど、生きた言葉に触れられる貴重な機会だし……!)
何冊もの分厚い書物に比べれば、こっそり拝借した帳面はとても軽く、千鶴もそれと呼応するように、足取り軽く自室に戻りました。
「…………どう考えても、ヒルフェギフト語だとは思えない単語がいくつかある……」
通覧を終えた彼女は、小さく書かれた問題の文字を天眼鏡で拡大します。
「落ちてた場所と書き込まれてる内容から考えると、この帳面はきっと、ヒルフェギフト語を勉強中の紫水さんが使ってたもの。……ってことは、これ、紫水さんの故郷で使われてる文字……!?」
以前、紫水は『普段使っているのは、習得する過程で母国語よりも馴染んでしまった医学を学ぶのに必須級の言語だ』と語っていました。
(不思議……。なんて書いてあるか見当もつかないし、字よりも図形とか……ものによっては絵に近い。なのに…………)
「紫水さんの字って、ちゃんとわかる……!」
発見した読解不能文字は、最終的には数十個にものぼりました。
(見れば見るほど、紫水さんの筆跡とは相性がよくなさそう。一画一画、区切っていかないと書けないし、どの字も複雑な図形って感じで、一文字書くのに手間がかかりすぎる。これなら、紫水さんじゃなくても、普段は他の字を使うはず)
千鶴も、いちばん簡単そうな文字を真似てみましたが、正しく書けているのかもわかりません。
(…………だから、こういう文字って、たぶん真っ先に淘汰されるよね。言語の喪失はそのまま、それを使ってた人たちが作ってきた文化の、その人たちが生きた証の喪失だもん。世界全体にとっての損失でもある……。原形をとどめないくらいに簡略化されてでも、残ってくれたら嬉しいけど……。紫水さんのものだからってだけじゃない。貴重な資料になるかもしれないし、元の場所に……今度は後ろに落ちないように戻しておかないと)
すべての解読不能文字の写しを取った千鶴は、両手で帳面を持ち、懐かしい空間に似た部屋に赴きました。
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