誰かが尾鰭をつけた話

片喰 一歌

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第3章 昼下がりの川辺

第33話 ◎除けの帽子

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「外へ出る前に、これを君に」

 どんな気難しい人でもつられてしまいそうな笑顔に見惚れているあいだに、千鶴の丸い頭には、ぽすん、とが置かれました。

「……うん。やっぱり、よく似合っているね」

 紫水は満足そうに笑みを深めます。

「? 一回、取って見てみてもいいですか?」

 千鶴は頭に乗せられたものをぺたぺた触ってみましたが、その正体は掴めませんでした。

 頭皮に感じるがさがさしたした感触と、視界上部に映り込んだ素材から察するに笠……でしたが、彼女の知っているものとは形状が大きく異なっていたので、どうにも確信が持てなかったのです。

「もちろん」

「…………うわあ! かわいい!」

 手のなかの贈り物を認めた千鶴の表情は、あまり日の当たらない室内を照らすかのように、ぱあっと明るくなりました。

「そうだろう? この前、外国の装身具に詳しい友人に頼んで、特別に取り寄せてもらったんだ。気に入ってくれたようで安心したよ」

 鍔の大きな帽子をさまざまな角度から眺めてはしゃぐ千鶴の年相応の少女らしい様子は、紫水にはとても眩しく見えました。
 
「これって、日除けの笠……ですか? こんなお洒落なの、見たことない……!」

「そうそう。そんな感じさ。日差しから君を守ってくれて、しかも、可憐さを引き立ててくれる。素晴らしい道具だと思わないかい?」 
 
「………………」

「千鶴?」

 突然、黙り込んだ彼女を心配して、紫水が身を屈めると。

「これ、紫水さんにも似合いそう……」
  
 贈られたばかりの麦わら帽子を両手で大事そうに抱えた千鶴は、彼と目を合わせて言いました。

「ええ? 私が被るには、かわいらしすぎるのではないかと思うよ? これは、千鶴に合うように、作ってもらったものだ。大人の男が被ったら、笑われてしまうんじゃないかな」

 紫水は、きらきらした純粋な眼差しを向けてくる少女を、やんわりふんわり、のらりくらりと、いつものように躱したつもりでした。
 
「そんなことないですよ! 紫水さん、女の人より綺麗ですから」

「それは…………喜んでいいのかなあ……。いや、褒めてくれているのはわかるんだけど、私としては…………」

「絶対似合います! ……えいっ」
 
 しかし、眉を下げ、困り笑いを浮かべた紫水の複雑な心境など欠片も知らない無邪気な少女は、かわいらしい意匠の帽子を彼の頭にちょこんと乗せました。
 
「やっぱり! すごく似合ってます、紫水さん!」

「おや。油断していたら、いたずらされてしまったねえ」
 
 彼が被るには小さすぎる帽子を落とさないように片手を添え、紫水は細めた目の奥から、はしゃぐ彼女に愛情のこもった眼差しを向けました。

「もう、取ってもいいかい?」

「はい!」

「じゃあ、これは元の持ち主にお返ししよう」 
 
 無駄のない動作で帽子を返し、立ち上がった紫水は、彼女の頭が以前より高い位置にあることに気が付きました。
 
「…………ん?」

「どうかしたんですか?」

「千鶴。もしかして、君……少し背が伸びたんじゃないかい?」

「え? ほんとですか!?」

 待ち侘びた吉報を受け取った千鶴は、普段よりも大きい声で聞き返します。
 
「私がそう感じただけだから、まだなんとも言えないけれど」
 
「そういえば、かなり長いあいだ、測ってなかった気がします」

「じゃあ、少しも変化なし……なんてこともないんじゃないかな。測ってみようか、久しぶりに」

 男に手を引かれ、居間のいちばん立派な柱の前にやってきた少女は、背筋を伸ばし、声が掛かるのを待ちました。

「……ご覧よ。これが前に測ったときの身長。そして、いまの君は……」

「!」

 柱の傷は、直近のものよりも一寸と三分ほど高い位置に刻まれていました。

「おめでとう。私も、自分のことのように嬉しいよ」

「…………紫水さん……!」

 感極まった千鶴が紫水に抱き着くと、彼の香りが以前よりも強く、彼女の鼻腔を満たしました。
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