79 / 193
第3章 昼下がりの川辺
第31話 音なき者の訪いのあと
しおりを挟む「この私が完成を待てずに事を起こすとでも? これでも、辛抱強さには自信も定評もあるんだけれどねえ」
「『そうだな。しかし……どんな奴にも、気が急いてしまう時期というのはある。なにかをなす一歩手前などは、その最たるものではないか? いま言ったことの意味もわからないほど、貴様は愚鈍な者ではなかったはずだ』」
紫水は俯き加減に文字を追っていましたが、咀嚼を終えると、感心したように天を仰ぎました。
「『神をも恐れぬ大それた計画に協力しているのは、貴様が同様の事態を引き起こさないためだ。“おひいさん”のためではあるが、決して貴様のためなどではない。勘違いするなよ』」
「……ふふ、そうかい」
彼女がこうして警告を寄越すのは、今回がはじめてではありません。
「ありがとう。嘘でも本当でも、君が長いあいだ協力してくれているのは事実だから、そのあたりはなんだっていいさ」
『決して二の舞を演じるな』という再三にわたる念押しは、紫水のためでもあると言っているも同然です。
「『わかっているのなら、言葉ではなく行動で示してほしいものだな。証明してほしい。――が違えども、――――ことはあるのだと……』」
いまの彼女が押さえるものは、帳面ではなく荒ぶる自身の袖でした。
「『このところ、そんなものは幻想だったのではないかと弱気になっていたが、貴様らが想い合い、慈しみ合う光景をこの目で見ることができたのならば、再び心から信じられるようになる気がする』」
淀みなく綴られた文面からは、時に辛辣な彼女が彼の純愛を誰より信じているのだということが見て取れます。
「“真実の愛”とやらを? お前も案外、情緒豊かで愛情深い性質みたいだね。私よりもよほど、無害で純粋で…………。いやはや、なんとも麗しいね?」
「『茶化すな。貴様らが幸せにならないのであれば、容赦はしないぞ』」
堅苦しい口調はそのままに、彼女は人差し指と中指を組み、照れた様子の友人に向けました。
「……!」
それを見た紫水は、目頭を押さえます。
「本当に、君には感謝しきれないな……。必ず幸せになってみせるよ。ふたりで、永遠に……ね…………」
彼が固く誓いを立てると、隣の友人は静かにひとつ頷きました。
******
「…………おや? もしかして、お茶を届けにきてくれたのかな。かわいいことをしてくれるじゃないか。来客のことを忘れていて、遠慮して引き返してしまったとか? だとしても、声くらい掛けてくれてよかったのに」
深夜の訪問客を無事に見送った紫水は、千鶴の忘れ物を発見し、整った顔を綻ばせました。
「いや……違うな。今朝の言付けなど消え去ってしまうほど、集中していたということか。頑張りすぎじゃないかとは思うけれど、君は言っても聞かないだろうなあ」
温度の高すぎるものが得意でない彼は、湯呑に手を翳します。
大丈夫そうだとわかると、縁に口をつけ、極上の美酒を堪能するかのように出っ張った喉を鳴らしました。
「渇いた喉を潤すには、このくらいが飲み頃なのかもしれないな。ありがとう、千鶴。お返しはなにがいいかな……」
冷えきった茶が滑り落ちていくにつけ、あたたかいもので満たされていく心地の彼でしたが、底に目を遣ったが最後、柔らかな笑みは失われてしまいました。
「………………」
取り残された沈殿物は、さながらその身に巣喰う悍ましい欲のよう。
「…………君には、上澄みしか見えていないんだろうね。私が……それ以外を見せていないから……」
紫水は、ほとんど中身の入っていない湯呑に口をつけ、苦い苦いそれを流し込みました。
「ん?」
湯呑を片付けに行ったあと、紫水は身体の一部に違和感をおぼえました。
唐突に彼を苛み始めたそれに、自室を目指す足が止まります。
「……男の身というのも、厄介だね」
彼は苦笑したのち、来た道を引き返しました。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
【R18】短編集【更新中】調教無理矢理監禁etc...【女性向け】
笹野葉
恋愛
1.負債を抱えたメイドはご主人様と契約を
(借金処女メイド×ご主人様×無理矢理)
2.異世界転移したら、身体の隅々までチェックされちゃいました
(異世界転移×王子×縛り×媚薬×無理矢理)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる