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第3章 昼下がりの川辺
第19話 変生
しおりを挟む「いや? 教えてくれたよ?」
――――しかし、その期待は見事に打ち砕かれました。
「…………え。そう、でしたっけ……?」
「覚えていないのも仕方ないね。『ただ説明するだけでは手落ち。必ず信じてもらう必要がある』……。そういう話を、千鶴は私にしていたんだから」
声を震わせる千鶴に対し、紫水は顔色ひとつ変えずに会話を続行します。
(※そのときの紫水の反応につきましては、『第2章 夜明けの海辺 第5話 行くあて』https://kakuyomu.jp/works/16818023212349346950/episodes/16818023213312254616よりご参照いただけます。)
「じゃあ、どうして……?」
しかし、彼女には『手入川の調査に同行させたのは、わざとだったのか』と問い質す勇気はありませんでした。
彼の横顔から窺える情報や感情も――――同じく、なにもありません。
幾度問いかけても、なにも語ってはくれない海のごとき瞳は、場面場面で多様な表情を見せているはずですが、反映されるものといえば見つめる者自身の心情であり、そこに彼自身の内面を映し出すことは稀でした。
「『地名を覚えるのは得意じゃない』と言っただろう? 忘れてしまっていたんだよ……。それに加えて、あのときは『むてきむら』と音で聞いたものだから、文字で『無笛村』と見ても、一度で両者が結びつかなくて」
それとは引き換えに、彼の口元は非常に雄弁でした。
そこから発せられる言葉でも声でもなく、口角が――――彼の落ち込み具合を如実に表しています。
「ああ、わかるかもしれません。久しぶりに文字で見ると『どう読むんだっけ?』って思うし、音で聞いても『どう書くんだっけ?』ってなっちゃいます。……それと同じ感じってことですよね。よかったあ……」
千鶴はというと、疑心の霧の晴れたあとの笑顔で、ほうっと息を吐き出しました。
「そう。君たちの報告を聞いているときに気付いて、なんてひどいことをしてしまったんだと後悔した……」
地図のある一点を認め、彼の眉がわずかに動いた瞬間の映像が、千鶴の瞼の裏を通り過ぎていきます。
「あ、あのとき……!」
「新しい環境に馴染んできて、覚えることもたくさんで、せっかく記憶も薄れてきたところだったろうに。本当に…………すまなかった」
しばしの沈黙ののち、千鶴が大きく頷くのを視認した紫水は、自身の過失を断ち切るように両頬を叩きました。
「……ありがとう。ここからが本題だ。地図で確認した限り、無笛村の主な水源は、青龍川をおいて他にない。村の人たちは、あの川の水を日常的に使用しているんじゃないかな?」
「そうです。生活に必要なお水は、あそこから汲んできてました。それを訊くってことは……。紫水さんは、あのウグイたちと私になにか関係があるんじゃないかと思ってるんですね? 同じ水を取り込んでるから……」
青龍川と手入川という、名前の違うふたつの川。
自然のなかにあって、ふたつはひとつ。それらは同一の川であり、流れる水もまた同じです。
「そのとおりだよ。他の人の身に同様のことが起きていないというのは…………うん、そこを指摘されると反論できないけれど、私としては完全に無関係だとは思えない。なにせ、ウグイは通常、淡水でも海水でも生きていけるような強い魚だ。水質が少し変わっただけで、あれよあれよという間に調子を崩してしまうような魚がいることを考えるとね」
「川で釣ったほうがおいしいって聞きますけど、人が食べておいしいと思うかどうかなんて、ウグイにとってはどうでもいいことですもんね」
「ふふふ、そうだね。でも、そんな彼らの身体にも異変が起きているということは、『彼らを取り巻く環境そのものが著しく変化してきている』というふうには考えられないかな? たとえば、水質とか。彼ら、水の影響をもろに受けるわけだし。そういえば、水質についての記述が見当たらなかったんだけれど、調べ忘れてしまったのかな?」
「……あ。すみません、肝心なことなのに書き忘れちゃってて。『水質に変化はなかった』そうです。確かにこの耳で聞きました」
「そうかい。いま付け足しておくから大丈夫。……ありがとう」
すらすらと報告書の隅に書かれた崩し字のごとき異国語は、千鶴には、どうあっても解読不能なものでした。
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