63 / 241
第3章 昼下がりの川辺
第15話 声帯/生態
しおりを挟む「えっと、彼らは普段から仲間内でわたしたちと同じように会話をしてるのかな……って思って。基本的に海の中にいるとしたら、情報とか感情とか……伝えたいことがあったとき、会話以外の方法を取ってるかもしれないですよね? 音波の反響とかを利用したりして」
『意思の疎通を図ることのできる水中の生きもの』ということで、千鶴が連想したのはイルカでした。
「なるほど。彼らが日常的に会話を行っていない可能性。そして、話すことに向かない可能性、か。面白い視点だね。魚たちも音や動きで互いに意思の疎通を図っているし、人魚たちもそういった手段に加えて、表情なりなんなりで仲間と会話を成立させているかもしれないな」
紫水は揺らめく炎を見つめ、彼女の発言を吟味します。
彼もまた、人魚が人間よりも魚類に寄っている可能性について考え始めたようでした。
「それなら、最低限の会話で済みますね」
「ああ。話せないわけではないとしても、好んで話すことはないかもしれない。口を開くたびに水が入っていては、常に満腹になってしまうしね?」
という機知に富んだ返しのおかげで、例の人魚の声も姿も、千鶴の記憶から少しずつ薄れていくようでしたが、彼女の伝えたかったことを探る手がかりになりそうな部分まで消し去ってしまってはかないません。
「わたしに話しかけてきた人魚も、ぎこちないというか……話し慣れてない? ように見えたから、そうかなって……」
「だとすれば、千鶴の聞いたそれも、『知っている人間に似ていると思ったから、意味をなさない連続性のある音か……あるいは、違う意味の違う言語が、たまたま見知った言葉に聞こえてしまった』というだけだったのかもしれないね?」
「ですよね? きっと……」
千鶴は祈りを込めて、両手を固く結びました。
「『幽霊の正体見たり枯れ尾花』なんて諺もあるくらいだ。人間の思い込みの力というのは、なかなか侮れないものだよね。もちろん、勘違いだったなんて無理に思うことはないけれど」
紫水はその手の上に自身の手を重ねます。
小さな両手をすっぽり覆う彼の手は、得体の知れない外敵から少女を守る防護壁のようでした。
「それから……あと、参考になりそうなことがあるとすれば、生息地か。人魚は、人間の基準で考えたときに、『どうしてそんなところに?』と疑問に思ってしまうような場所で生活していることが多いんだ。水温が低かったり、海流が荒かったりしてね」
「そういう……人には優しくない環境のほうが、人魚は暮らしやすいってことですか?」
人間の手の入っていない雄大な自然こそが人魚の居場所であるとするならば、彼らは可視化されている半分以上、自分たちとは別の生きもののようだと千鶴は思いました。
「いや…………それはどうかな。確かにそういう側面もないとは言い切れないけれど、なるべく人間が足を踏み入れることのない場所を選んだ結果、過酷な環境に身を置くことになったのかもしれない。一説によると、人魚は人間を毛嫌いしているらしいからね」
紫水は感情の読めない目で語りました。
「人魚は人間をよく思ってないんですか?」
千鶴は『嫌うことができるほどの交流を、人間と人魚は持っているのか』と頭を捻りましたが、その疑問はすぐに解消されました。
「そうなんだ。理由ははっきりとはわからないけれど、習性によるものなのかな。……人魚はとても排他的な生きものと言われているし、同族間でも仲間と敵をはっきり分けるそうでね。そんな彼らが見ず知らずの人間に注意を促すとは、正直、考えにくい……」
人魚の生態について語っていた紫水は、千鶴の受けた警告へと話を戻しました。
というより、いままでの説明はすべて、ここに繋げるためのものだった――――とするべきなのかもしれません。
千鶴は、髪に隠れてこっそり微笑みました。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン幼馴染に処女喪失お願いしたら実は私にベタ惚れでした
sae
恋愛
彼氏もいたことがない奥手で自信のない未だ処女の環奈(かんな)と、隣に住むヤリチンモテ男子の南朋(なお)の大学生幼馴染が長い間すれ違ってようやくイチャイチャ仲良しこよしになれた話。
※会話文、脳内会話多め
※R-18描写、直接的表現有りなので苦手な方はスルーしてください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる