誰かが尾鰭をつけた話

片喰 一歌

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第3章 昼下がりの川辺

第15話 声帯/生態

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「えっと、彼らは普段から仲間内で会話をしてるのかな……って思って。基本的に海の中にいるとしたら、情報とか感情とか……伝えたいことがあったとき、会話以外の方法を取ってるかもしれないですよね? 音波の反響とかを利用したりして」 

 『意思の疎通を図ることのできる水中の生きもの』ということで、千鶴が連想したのはイルカでした。

「なるほど。彼らが日常的に会話を行っていない可能性。そして、話すことに向かない可能性、か。面白い視点だね。魚たちも音や動きで互いに意思の疎通を図っているし、人魚たちもそういった手段に加えて、表情なりなんなりで仲間と会話を成立させているかもしれないな」

 紫水は揺らめく炎を見つめ、彼女の発言を吟味します。
 
 彼もまた、人魚が人間よりも魚類に寄っている可能性について考え始めたようでした。

「それなら、最低限の会話で済みますね」
 
「ああ。話せないわけではないとしても、好んで話すことはないかもしれない。口を開くたびに水が入っていては、常に満腹になってしまうしね?」

 という機知に富んだ返しのおかげで、例の人魚の声も姿も、千鶴の記憶から少しずつ薄れていくようでしたが、彼女の伝えたかったことを探る手がかりになりそうな部分まで消し去ってしまってはかないません。

「わたしに話しかけてきた人魚も、ぎこちないというか……話し慣れてない? ように見えたから、そうかなって……」

「だとすれば、千鶴の聞いたも、『知っている人間誰かに似ていると思ったから、意味をなさない連続性のある音か……あるいは、違う意味の違う言語が、たまたま見知った言葉に聞こえてしまった』というだけだったのかもしれないね?」

「ですよね? きっと……」

 千鶴は祈りを込めて、両手を固く結びました。
 
「『幽霊の正体見たり枯れ尾花』なんて諺もあるくらいだ。人間の思い込みの力というのは、なかなか侮れないものだよね。もちろん、勘違いだったなんて無理に思うことはないけれど」

 紫水はその手の上に自身の手を重ねます。

 小さな両手をすっぽり覆う彼の手は、得体の知れない外敵から少女を守る防護壁のようでした。
 
「それから……あと、参考になりそうなことがあるとすれば、生息地か。人魚は、人間の基準で考えたときに、『どうしてそんなところに?』と疑問に思ってしまうような場所で生活していることが多いんだ。水温が低かったり、海流が荒かったりしてね」
 
「そういう……のほうが、人魚は暮らしやすいってことですか?」

 人間ヒトの手の入っていない雄大な自然こそが人魚の居場所であるとするならば、彼らは可視化されている半分以上、自分たちとは別の違う生きもののようだと千鶴は思いました。

「いや…………それはどうかな。確かにそういう側面もないとは言い切れないけれど、なるべく結果、過酷な環境に身を置くことになったのかもしれない。一説によると、人魚は人間を毛嫌いしているらしいからね」

 紫水は感情の読めない目で語りました。

「人魚は人間をよく思ってないんですか?」

 千鶴は『嫌うことができるほどの交流を、人間と人魚は持っているのか』と頭を捻りましたが、その疑問はすぐに解消されました。
 
「そうなんだ。理由ははっきりとはわからないけれど、習性によるものなのかな。……人魚はとても排他的な生きものと言われているし、同族間でも仲間と敵をはっきり分けるそうでね。そんな彼らが見ず知らずの人間に注意を促すとは、正直、考えにくい……」

 人魚の生態について語っていた紫水は、千鶴の受けた警告へと話を戻しました。

 というより、いままでの説明はすべて、ここに繋げるためのものだった――――とするべきなのかもしれません。

 千鶴は、髪に隠れてこっそり微笑みました。 
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