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第2章 夜明けの海辺
第35話 仕事内容
しおりを挟む「千鶴がふたつの意味で私の手伝いをしてくれることになったところで、もう一度、さっきの話に戻ろうか。どうだろう。ここにいる理由としては十分すぎるほどになったと思わないかな。住み込みの仕事って、別に珍しいものでもないだろう?」
紫水は長い脚を組み、両手の先を合わせました。
「わたしのいた村だと、滅多にありませんでした」
千鶴のなかで、住み込みの仕事といえば宿泊業でしたが、彼女の故郷があったのは、山と山のあいだ。
それだけ聞けば、中継地点としての役割を期待され、旅宿も点在していそうな印象を受けますが、大体の家庭は家族単位で農業を営んでいることに加え、村人たちは掟により満十七歳までには婚姻関係を結ぶことを義務付けられていました。
そのため、結婚相手が村内の者であれば、その村人は自動的に農家を継ぐことになり、村外の者であったのなら、他の職に就く可能性もありますが、近隣の町村も似たり寄ったりで、食事処や商店がたまにある程度です。
したがって、その辺り一帯に宿泊業など発達しようはずもなく、彼女は生活圏内で住み込みの求人をお目にかかったことはありませんでした。
「おや、そうなのかい?」
「はい。わたしの故郷は――――」
話を聞き終えた紫水は、眉を上下に動かしました。
「なるほど……。そういう村って、まだあるんだねえ」
「はい、残念ながら。でも、他の地域ではよくあるらしいっていうのは知ってます。住む場所にも食べるものにも困らないし、確実に村を出られるのがいいなあと思って、お仕事は住み込み中心で探してましたから……」
感想を述べたに過ぎないのかもしれませんが、どことなく棘のある物言いだと感じた千鶴は、彼に調子を合わせました。
「ちなみに、紫水さんは……どんなお仕事を任せてくれる予定でいますか?」
「最初にお願いしようと思っているのは、仕事仲間の一人に同行してもらっての採取かな。……ああ。言うまでもないことだけど、足がよくなったらね」
屋敷内でできる仕事を想定していた千鶴にとっては、まさに吉報でした。
「それまでは座ってできる仕事をしてもいいし、数年間の疲れを癒すために、思いっきり好きなことをしたっていい。いい仕事をするためには、休んだり遊んだりする時間も大事だからね。そこは君に任せるよ」
「休むのも遊ぶのも、あとでいいです!」
「そう? まあ、数日ごとに休みは入れるしね。君がそう言うのなら、治り次第、仕事に入ってもらうことにしようか」
「はい! 採取ってことは、最初のお仕事は研究のお手伝いってことですよね?」
話が進むにつれ、千鶴の瞳は輝きを増していきます。
「うん。最近はこれといった流行り病もなくて、診療は比較的余裕を持って行うことができていることだしね。相当余裕があったはずなんだけれど、いまとなっては急務にまで昇格してしまった案件をお願いしたいと思って」
「わたしは構わないんですけど……急務なのに、足が治るのを待ってて大丈夫なんですか? たぶん明日にはよくなってるでしょうし、もしだめでも明後日には元どおりに動かせるとは思いますけど……」
「いい質問だ。でも、数日だったら問題ない程度には、遅れてしまっているんだよねえ」
紫水は慌てる様子もなく、のんびり脚を組み替えました。
「だめじゃないですか、一日でも早く仕上げないと!」
対する千鶴は、さっと青褪めます。
「あはは。はっきり言うね」
「生意気って思われても、言わなくちゃいけないことは言いますよ。でも、いまはそれよりも……。その方とどちらまで行けばいいのかと、そこまで遅れることになった理由を聞きたいです」
「行き先は、以前、調査したときにはいなかった魚の目撃証言が相次いでいる場所でね。行こうと思えばいつでも行ける距離だからと、つい後回しにしてしまっていたんだ」
紫水は頬をぽりぽりと掻きました。
「そういう事情が…………」
「他に聞いておきたいことがあれば、言っておくれ」
「出発までに、なにを準備しておけばいいですか?」
と千鶴が尋ねると、紫水は彼女に筆記用具を渡し、必要なものを並べていきました。
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