誰かが尾鰭をつけた話

片喰 一歌

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第2章 夜明けの海辺

第32話 検査結果

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「難しさでいうのなら、どの強度の皮膚を作るのも変わらないし、私も最初はそう考えていたよ。『人間の皮膚そのものや、限りなく似せたものでいいんじゃないか』と。だけど、人間の皮膚というのは、通常、そこまで頑丈なものではないよね?」

 紫水は、千鶴の血液が入った容器を机の上に戻しました。
 
「そ……うですね。少しぶつけただけでも皮が剥けたりしますし、本を読んでて指を切ったり、乾燥したり……」

 来る日も来る日も頁を繰っていた千鶴の手指には細かい傷が刻まれ、人差し指と親指は荒れが目立ちます。
 
「そうそう。人間の皮膚は、日常の些細な刺激で簡単に損傷してしまうものだ」

 紫水も小さな両手に視線を落としました。
 
「そんなものを手術で移植するとなると、途中で万全な状態ではなくなってしまう可能性が高い。よりわかりやすい表現に直すなら、『移植手術の最中に傷んでしまうおそれがある』……といったところかな。だから、できれば人間の皮膚よりも丈夫なものを用意したいんだよね」

「なるほど……。そういうことだったんですね。せっかく移植してもらえたのに、最初から破れてるところがあったら、素直に感謝できないかもしれませんし」

「あはは、千鶴は本当に正直だねえ。でも、まさにそういうことなんだ。いま言ってくれたように患者さんの気持ちの問題もあるし、そこから感染症にかかってしまってもいけないし。不器用だと自己申告しているようで恥ずかしいんだけれどね。いまだって、成分分析に随分手間取ってしまって…………。他の人なら、もっと早く終わっていただろうに」

「全然そんなふうには見えませんでした」

 千鶴は意外そうに目を丸くして、器用そうに見える紫水の両手を覗き込みました。

「……あ。そういえば、血液検査の結果って、もう出てますか?」

「ああ、出ているよ。いま言っても大丈夫かい?」

「! お願いします」

「『異常なし』だ。普通の健康な人たちとの違いは見つからなかったよ。少しでも違いがあった点を挙げるとすれば、凝固が始まるのが少し早かったくらいかな。でも、元々、個人差があるものだしね。神経質になる必要はないと思うよ」

 紫水は、背筋を伸ばした千鶴と机の上の走り書きを見比べて、検査結果を報告しました。

「そうでしたか……。普通は喜ぶところだと思うんですけど、上手に喜べなくてすみません。急なお願いだったのに、すぐに調べてくださって……本当にありがとうございました」

 自分でも驚くほどの平常心でその結果を受け入れることのできた千鶴は、立ち上がって丁寧にお辞儀をしました。

 『振り出しに戻ってしまった』という気持ちが彼女に芽生えなかったのは、これまでの医者との対応の差でしょうか。 
 
「力及ばず、申し訳ないね。でも、まだまだ試せることはある。粘膜の一部や髪の毛からもわかることはあるし、君が望むなら他の検査もしてみようか。もしそれらの結果がいまと同じでも、潜伏期間が十年くらいある病原体もあるし、その想定で時間を置いて同じ検査をしてみてもいい」

 紫水はなんてことのないように言ってのけましたが、そこまでの長期間、彼の世話になるわけにはいきません。

「他の方法でも、調べてほしいです! ええと、でも……。再検査する場合、数年後になりますよね?」
 
 千鶴が暗にそのことを仄めかすように問いかけると――――。
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