37 / 241
第2章 夜明けの海辺
第24話 対象
しおりを挟む「研究?」
千鶴が『彼の研究対象はなんなのだろう』と考えているうちに、採血は終了していました。
「そうさ。患者さんが来ないときは、もっぱら研究をしているんだよ。この部屋で」
最初に彼女の傷口を済ませた紫水は、すでに使用した器具の消毒にかかっていました。
「ここで? ……このお部屋、研究室も兼ねているんですか?」
「必要な器具も揃っているし、私がここにいれば、すぐに対応できるからね。症状によっては、たった数秒の遅れが死を招くこともある……」
「そういうことだったんですね」
千鶴は、改めて研究室兼診療室を見回しました。
「もしかして、最初はただの研究室だったのを……あとから診察もできるように変えたんですか?」
最初に『一風変わった書斎』という印象を抱いただけあって、診察用器具と書物との総量では、圧倒的に後者が上回っていました。
尤も外に出ているものを比較しただけなので、実際はその限りではないのでしょうが。
「なぜそう思うんだい?」
「研究のほうが本職っておっしゃってたし、患者さんを診る部屋にしては本が多いから、そうかなって思っただけで……。思いつきで話して、すみません」
「いやいや。会話は双方向性を持っていたほうが楽しいし、思ったことはなんでも口にしてほしい。確かに本置きすぎだよねえ、ここ。患者さんたちも居心地が悪いだろうし、使用頻度の低いものだけでも、近いうちに空き部屋に移してしまおうかな」
戻ってきた紫水は、数冊の書物を小脇に抱えていました。
「ああ、そうそう。部屋の用途については……ええと、どうだったかなあ……」
いずれも草臥れてはおらず、ぴかぴかの表紙に包まれています。
「あ、それは別に……別にって言うのも失礼かもしれないんですけど、よかったら、研究のお仕事についてのお話も聞きたいです」
「研究者は医者と違って、接する機会も限られてくるだろうしねえ。そもそも数もいないか……。なんにせよ、興味を持ってもらえるのは嬉しいよ。なるべく横道に逸れないように頑張るとしよう」
紫水の長話が幕を開ける気配を察知した千鶴は、きっちりと座り直しました。
「私は元々、全国を渡り歩いて、各地のさまざまな生物を研究していたんだよ。さまざまな……といっても、水生生物に限定しているけれどね」
「だとしても、ものすごい種類いるんじゃないですか?」
「そうだねえ。発見されているだけでも相当な数だ。ぱっと見ただけでは見分けのつかない種類もいるし。発見されていないものも含めると、夥しい数の生きものが存在しているのだろうね。この世界には」
「……そっかあ。だから、紫水さんは海の生きものに詳しかったんですね……」
千鶴の脳裏には、紫がかった空と海とが印象的な朝の光景がよみがえってきました。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる