誰かが尾鰭をつけた話

片喰 一歌

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第2章 夜明けの海辺

第24話 対象

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「研究?」

 千鶴が『彼の研究対象はなんなのだろう』と考えているうちに、採血は終了していました。

「そうさ。患者さんが来ないときは、もっぱら研究をしているんだよ。この部屋で」 

 最初に彼女の傷口を済ませた紫水は、すでに使用した器具の消毒にかかっていました。

「ここで? ……このお部屋、研究室も兼ねているんですか?」
 
「必要な器具も揃っているし、私がここにいれば、すぐに対応できるからね。症状によっては、たった数秒の遅れが死を招くこともある……」

「そういうことだったんですね」

 千鶴は、改めて研究室兼診療室を見回しました。

「もしかして、最初はただの研究室だったのを……あとから診察もできるように変えたんですか?」

 最初に『一風変わった書斎』という印象を抱いただけあって、診察用器具と書物との総量では、圧倒的に後者が上回っていました。

 尤も外に出ているものを比較しただけなので、実際はその限りではないのでしょうが。

「なぜそう思うんだい?」

「研究のほうが本職っておっしゃってたし、患者さんを診る部屋にしては本が多いから、そうかなって思っただけで……。思いつきで話して、すみません」

「いやいや。会話は双方向性を持っていたほうが楽しいし、思ったことはなんでも口にしてほしい。確かに本置きすぎだよねえ、ここ。患者さんたちも居心地が悪いだろうし、使用頻度の低いものだけでも、近いうちに空き部屋に移してしまおうかな」

 戻ってきた紫水は、数冊の書物を小脇に抱えていました。

「ああ、そうそう。部屋の用途については……ええと、どうだったかなあ……」

 いずれも草臥れてはおらず、ぴかぴかの表紙に包まれています。

「あ、それは別に……別にって言うのも失礼かもしれないんですけど、よかったら、研究のお仕事についてのお話も聞きたいです」 
 
「研究者は医者と違って、接する機会も限られてくるだろうしねえ。そもそも数もいないか……。なんにせよ、興味を持ってもらえるのは嬉しいよ。なるべく横道に逸れないように頑張るとしよう」

 紫水の長話が幕を開ける気配を察知した千鶴は、きっちりと座り直しました。
 
「私は元々、、各地のさまざまな生物を研究していたんだよ。さまざまな……といっても、水生生物に限定しているけれどね」

「だとしても、ものすごい種類いるんじゃないですか?」

「そうだねえ。発見されているだけでも相当な数だ。ぱっと見ただけでは見分けのつかない種類もいるし。発見されていないものも含めると、夥しい数の生きものが存在しているのだろうね。この世界には」

「……そっかあ。だから、紫水さんは海の生きものに詳しかったんですね……」

 千鶴の脳裏には、紫がかった空と海とが印象的な朝の光景がよみがえってきました。
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