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第2章 夜明けの海辺
第11話 関心
しおりを挟む「あの、実はもうひとつお聞きしたいことがあって……」
千鶴は、ゆっくりと歩き出した男の半歩ほど後ろから、声を掛けました。
脇道の一本もないのに、隣に並んでいないのは、彼とはぐれてしまうことを恐れていたからではありません。
「うん? なにかな」
「……えっと。いまさらかもしれないんですけど、私は千鶴って言います。心細いところに話し掛けてくださって、本当にありがとうございました。助けていただいたのに、名乗るのが遅くなってしまって、ごめんなさい」
次の行き先が決まったはいいものの、恩人である彼には、まだきちんとした礼を伝えておらず、名前を明かしてもいなかったことに思い至り、どう切り出したものかと思案していたためです。
いまの千鶴には、歩いている道の感触を楽しんでいる余裕もありませんでした。
「そんなに畏まらなくても大丈夫だよ。私たちは何時間も話し込んだ仲じゃ……いや、ほとんど私が一方的に喋っていたんだったか。友人にも会うたびに窘められるんだ。『そろそろ会話の主導権を渡したらどうだ?』、とね。二時間も三時間も話したあとにようやくそんなことを言い始めるんだから、彼は本当にいい奴だよ」
千鶴の頭の片隅には、きまって閉館時間を遅らせてくれていた管理人の顔が浮かんできました。
来る日も来る日も、なんの得にもならないことをしてまで、千鶴に少しでも長く家の外で過ごせる時間を与えようとしてくれていた彼は、眼鏡の奥に柔らかな眼差しを隠していました。
奇妙な症状に悩まされる以前から、村に対する思い入れは皆無に等しかった彼女ですが、育ててくれた両親のみならず、お世話になった人たちにも感謝と別れを伝えずに出てきてしまったことだけは、唯一の心残りとして刻まれていました。
「いえ。わたしも、お兄さんに聞いてもらって楽になりましたから!」
千鶴は、滲んできた涙を零すまいと、しきりにまばたきをしながら、やや強引に話に割り込みます。
彼の長話は、鬱陶しいどころか好ましく感じるほどでしたが、今回ばかりは話が逸れていくのも長引いてしまうのも、望ましくありません。
彼女には、それほどまでに聞きたいことがあったのです。
「ともあれ、その『ちゃんとしておこう』という気持ちは嬉しいし、とてもいい心がけだと思うよ。君のそういう真面目なところは、この先何度でも君を助けてくれることだろう。素直で礼儀正しい人間を疎むのなんて、性根の腐ったヒトくらいさ」
彼は、それまで傾聴の姿勢を崩すことのなかった千鶴の意図に気付いたのか、そこで口を噤みました。
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