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第2章 夜明けの海辺
第8話 変容
しおりを挟む「そうだねえ。確かに飽きない保証はない。……けれど、同時に飽きる保証もないんじゃないかな。それがなんであれ、興味が薄れてしまうのは悲しいことだけれど、そのときにはまた別のものを好きになっているかもしれないよ? 違うものに強く興味を引かれたからこそ、それまでに好きだったものに傾けていた情熱が埋もれて見えにくくなってしまうこともあるしね。順序が逆、というわけさ」
彼は、自嘲の裏に潜ませた憂いを見通したかのように持論を展開し始めました。
「……お兄さんも、そうでしたか?」
「どちらも経験があるとも。私もこれまでに、いろんなものを好きになって、そして飽きてきた……。でも、好きなものがひとつもなくなってしまうなんてことはなかったよ」
何十年と時を重ねた賢者のごとき口ぶりです。
千鶴は罪悪感をおぼえつつ、眼前の景色の一部としてではなく、彼という人物のみに焦点を合わせました。
やはり皺が目立つということはなく、肌にも十分張りがある彼は、高く見積もってもせいぜい三十代半ばといったところでしょう。
それ以上、上の年代には見えません。
「……そういうもの、なのかなあ。わたしにも、たくさんできますかね? 好きなもの……」
本当のところ、千鶴には、いまの話の半分も理解できていなかったかもしれませんが、彼が自分を励まそうとしてくれていることはよく理解できました。
彼が何歳に見えようと、そして何歳であろうと、自分より長く生き、広い世界を知る大人であることは疑う余地もありません。
「ああ、きっと。この世界には素晴らしいものがたくさんあるからね、そのなかには、君の心を掴むものもあるだろう。もちろん、感覚を研ぎ澄ませていなければ見逃してしまうから、出会いを待っているだけではいけないよ。話を聞く限り、君はとても五感が優れているようだから、そう難しいことではないだろうけれど」
しっかり頷いた彼の言葉は、見失っていた未来への希望を再び呼び戻しましたが、いずれ興味が移ろってしまうことを否定してはくれなかったので、千鶴はそれが気がかりでした。
「好きなものができるのはいいけど、減っちゃうのは……寂しいなあ……」
千鶴の脳裏には、遠く離れた町に行った飛鳥の顔が掠めます。
かつては親友と呼べる間柄であった彼女との再会が叶ったとしても、向こうは年頃の美しい娘に成長していることでしょう。
好い人だっているかもしれないし、話が合わなくなっているだけならきっとまだいいほうで、千鶴のことなどとうに忘れていたとしても、なにも不思議なことはないのです。
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