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第2章 夜明けの海辺
第7話 感覚
しおりを挟む「あ…………いや、それは私の事情だったね。君はお腹を空かせているだろうし、時間があるとも限らなかった。配慮に欠けていたね。勝手に決めつけているように聞こえただろう。本当に申し訳ない」
千鶴が驚いて目をぱちくりさせているのを見て、意味深長な言い回しを顧みたのでしょう。
彼は膝をつき、彼女に頭を下げました。
ひとつひとつが美しく、洗練された所作でした。
「……いいえ。わたしにも、時間だけは腐るほどありますから……」
千鶴は彼の旋毛に向かって呟きました。
彼女の思考の大半を占めていたのは、これからのこと。
この拷問にも等しい余生はいつまで続くのか――――と。
溜まりに溜まった疲労のせいでしょうか。
過去ではなく未来を見ていることそのものに変化はありませんでしたが、このときの彼女は、今後の人生へかける期待も希望も、ひとつ残らず見失ってしまっていたのです。
「立つのが難しそうなら、おぶさるかい?」
しかし、彼は思いがけず零してしまった寂しげな呟きなど耳に入らなかったかのように、くるりと後ろを向きました。
「いえ、大丈夫です!」
「そう? 遠慮はいらないのに」
振り向いて、不服そうに唇をつんと尖らせた彼はかわいらしく、千鶴の気分も少しだけ上を向いたような気がしました。
「あ、遠慮してるわけじゃないんです。本当に。いままで考えてみたこともなかったけど、わたし、歩くのが好きみたいで」
「ほう。どういうところが好きなんだい?」
ぶんぶんと首を横に振った千鶴に問いかける彼の唇は、元どおりのなだらかな弧を描いていました。
「そうですね……。景色が流れていくのも、空気の匂いや質感が少しずつ混ざって変わっていくのもいいなあと思いますけど、いちばん好きなのは、地面に足を着ける感覚……だと思います」
千鶴は、この海辺に辿り着くまでのことを思い返します。
「感覚?」
「はい。感覚というか感触でしょうか。歩いている場所で、その感触が変わってくるんです。土や草の柔らかさ、砂の細かさ……。感触だけじゃなくて、踏みしめたときの音も全然違って、どこからが国境なのかわからなくても、『さっきと全然違う場所なんだ』ってわかるのが楽しくて。……わたしの場合、いままで村の外に出たことがほとんどなかったから新鮮に感じるだけで、すぐに飽きちゃうかもしれませんけど」
視界のはっきりしないなかで、前へ進む原動力となっていたのは、視覚以外の感覚から得られる情報の数々でした。
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