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第2章 夜明けの海辺
第6話 選択
しおりを挟むしかし、千鶴を見つめるその目に濁りはなく、親切心から出た言葉であろうことはすんなりと理解できました。
「…………人の多い場所は苦手で。お兄さんのおうちにお邪魔してもいいですか?」
逡巡の末、千鶴は遠慮がちに尋ねました。
彼に対するいくばくかの不信感が消えたわけではありませんでしたが、なによりも人目を避けたい気持ちが勝ったのです。
「もちろん歓迎するよ。いやあ、よかった。実は魚を釣りすぎてしまって、ひとりじゃ食べきれないなあ……と思っていたところでね。腐らせてしまうのも、もったいないだろう?」
それまでの優雅で浮世離れした印象を抱かせる微笑みとは別種の、見る者すべてを魅了するような笑顔を見せられ、彼女自身も気付かないうちに、警戒心がまたひとつ緩んでいきます。
「お兄さんは釣りをするんですか?」
透き通るような白い肌をした彼が、長時間、日に当たる活動をしているのは、とても意外なことに思えました。
「するよ。川でも海でも」
なにげない彼のひと言で、千鶴はきっともう二度と帰ることのない故郷を偲びました。
「そう……ですよね。海だけじゃなくて、川でも釣りはしますよね……」
「湖や池なんかでもね」
千鶴のなかで川といえば身近だった龍の名を冠する川ですが、比較的流れの緩やかな場所では釣りが行われていました。
村人たちが生活用水を汲んでいた場所からは距離があったので、彼女自身が釣りをすることはおろか、釣り人を見かけたこともほとんどありませんでしたが。
「よし、そうと決まれば場所を移そうじゃないか。腕が鳴るねえ」
存外、せっかちな性分なのでしょうか。
彼は突然、すっくと立ち上がりました。
それを見た千鶴も慌てて立ち上がろうとしましたが、思うように力が入らず、その場にへたり込んでしまいました。
「……っ! 大丈夫かい?」
彼も支えようとしてくれましたが、間に合わず。
「大丈夫です。ごめんなさい、ちょっとよろけちゃって……」
尻餅をついてしまった千鶴ですが、激しく痛むのはぶつけたお尻ではなく、膝や腰のほうでした。
「謝るべきは私のほうだ。ごめんね。……どうして気付けなかったんだろう。歩き続けたあとは座りっぱなしなんて、負担がかかるに決まっていた。大丈夫、無理に立ち上がろうとしなくていい。時間なら、死ぬほどある…………」
「え?」
彼は、もう一度立ち上がろうとした彼女を手で制しました。
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