5 / 241
第1章 悪夢のはじまり
第5話 居場所
しおりを挟む「ありがとうございます。でも、今日こそは閉館前に声掛けてくださいね!」
千鶴は恒例となった念押しをしました。
管理人の彼は、貸出・返却口の机の上に難しい書物の山を作り、なにやら難しい研究をしているようで、日ごとにその山は形を変えています。
まだ目を通していない書物を左に置き、すでに目を通した書物は右に避け、繰り返し確認する必要のあるものについては手に取りやすい位置に。
彼が図書館の奥で調べものをする千鶴を呼びに来るのは、決まって閉館時間を少し過ぎた頃でした。
「ああ、そうするつもりだが……。こちらはこちらで大事な仕事だからな。というか本業か。……ああ。本業だったな、そういえば。まあ、そんなことはどうでもいい。閉館が遅れるのは、仕事に没頭しすぎる儂の責任だ。声を掛けるまで、存分に励むといい」
彼の集中力が高いのも事実でしょうが、閉館時間を延長しているのが彼女のためであることは明白でした。
「……はい!」
千鶴は、彼の計らいに感謝してもう一度頭を下げ、館内のいちばん奥へ向かいます。
それから、左隅に鞄を置き、昨日途中まで読んでいた書物を取りに行きがてら、目に付いた数冊と一緒に席に着きました。
「今日も頑張ろう」
管理人の言ったとおり、広さや蔵書の数に鑑みると、お世辞にも充実しているとはいえない施設でしたが、誰にも見咎められず行動できる範囲で最も情報収集に適した場所といえば、ここ以外にはありません。
しかし、彼女は仕方なしにここに来ているわけでもありませんでした。
……というのも、通っている学校の生徒、ならびにその親のなかには、彼女の成長速度が大幅に遅れるという奇妙な症状を未知の病ではないかと考える者も少なからずいました。
そして、それが伝染しない保証もないと怯えて彼女を遠巻きにし、心無い言葉の数々を浴びせる者もいました。
決して口には出しませんが、教師たちも彼らと同じ気持ちなのでしょう。見て見ぬふりを続けます。
さらに悪いことには、つい先日、親友の飛鳥が山をいくつも越えた遠くの町へ越して行ったので、いよいよ学校に千鶴の居場所はなくなってしまったのでした。
かといって、家に帰れば、腫れ物を触るかのように接しながらも、時折、得体の知れないものを見るような目で様子を窺ってくる両親と、息の詰まる時間を過ごさなくてはなりません。
十一歳のときに与えられた念願の自室に閉じ籠っていても、暗い雰囲気が家全体を包み込んでいるように感じられます。
以前であれば、このようなことはありませんでした。
千鶴の記憶に残るのは、生活の苦しいときや両親が喧嘩をしているときも、食卓を囲めば、みんなが笑顔になるような平和で明るい家族――――…………。
家にいると、そんな日常のささやかな幸福の影ばかり追ってしまうのが嫌で、なるべく帰宅時間を遅らせたかったのです。
いまや、図書館だけが彼女の安らげる場所でした。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる