18 / 49
第2章 【すくった人魚のもどしかた】
第6話 夢に描いた家
しおりを挟む「…………もしそうだったら、どうします?」
青年は『にやっ』という効果音がよく似合う意地の悪い笑みで、案理を見下ろしてくる。
「そうね……。お手紙を食べるヤギさんと同じようなものとして、あなたをもてなすことにするわ。経緯がどうあれ、お招きしたのは私だもの。そのくらいはして当然よ」
だが、その程度のことで動じる案理ではない。少し眠たげな瞳の奥に宿る光は、闇に冴える刃物のよう。
「具体的には?」
「あなたのお食事用に、水風船を用意してあげると言っているの。きっと売っているでしょう。今はネット通販で色々な物が買えてしまう時代だもの。高度な文明を築き上げた先人たちと、私の寛大な措置に感謝することね」
「…………冗談です。すみませんでした。僕が食べてしまったわけではありません」
あっさり白状した青年は色を失っていたが、元の肌も青みの強く出ている肌色をしており、長きにわたって地下室で監禁生活を強いられてきたのだ――――なんて言われたら、うっかり信じてしまいそうなほどに、彼は日焼けとは無縁だった。
「わかればいいの。それで、水風船はどこに消えてしまったの?」
全裸の青年が粛々と謝罪するさまがおかしく、案理はだらしなく緩む口元を必死に押さえた。『本当は勝ち誇った笑みを見せたかった』と、本人も思っているとかいないとか。
「…………さあ、それが僕にもよくわからなくて」
答えるまでには妙な間があった。
「そんなことあるかしら?」
青年はふいっと視線を逸らしたが、案理は一歩、二歩と距離を詰め、彼の視界に入り込む。
「じゃあ、逆に聞きますけど。貴女はお風呂に入るときに、ずっと目を開けてますか?」
開き直った様子の青年は、質問を質問で踏み倒した。
「……うとうとして、湯船に浸かっている時間の半分以上は閉じてしまっているかも……」
素直な性質の案理は、途端に自信なさげに視線を彷徨わせ始めた。
「そういうことですよ」
青年はわざとらしくため息をついたが、その表情は穏やかで、呆れではなく安堵を孕んでいるようだった。
「どうしてあんなものにこだわるんです? ただのがらくたじゃないですか」
棘のある声だ。視覚イメージに起こすのであれば、全面を鋭い棘に覆われているかのような。
案理の関心がひたすらに自分ではなく水風船に注がれていることが気に食わない――――といったような解釈さえ可能かもしれない。
「あんなものって……。そうかもしれないけれど、気に入っていたから残念で…………」
「残念?」
わずかに動いた眉に、瞳の奥を駆けていった閃光。
それは些細な、ほんの些細な変化だった。ここまでの会話をすべて傍受していた者がいたとて、気付いていたかどうか疑わしい。
「ええ。とても素敵な絵柄だったでしょう? 『あんなおうちに住んでみたい』と思ってしまうような、夢に描いていたような……」
胸元で指を組む案理の頬は、薔薇色に染まっていた。
「…………ふふふ。そうですか。よかったですね?」
口元を覆い隠した青年だが、深い笑みは目元にも及んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
七竈 ~ふたたび、春~
菱沼あゆ
ホラー
変遷していく呪いに終わりのときは来るのだろうか――?
突然、英嗣の母親に、蔵を整理するから来いと呼び出されたり、相変わらず騒がしい毎日を送っていた七月だが。
ある日、若き市長の要請で、呪いの七竃が切り倒されることになる。
七竃が消えれば、呪いは消えるのか?
何故、急に七竃が切られることになったのか。
市長の意図を探ろうとする七月たちだが――。
学園ホラー&ミステリー
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
まばたき怪談
坂本 光陽
ホラー
まばたきをしないうちに読み終えられるかも。そんな短すぎるホラー小説をまとめました。ラスト一行の恐怖。ラスト一行の地獄。ラスト一行で明かされる凄惨な事実。一話140字なので、別名「X(旧ツイッター)・ホラー」。ショートショートよりも短い「まばたき怪談」を公開します。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる