うつろな夜に

片喰 一歌

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ある船乗りの懺悔

海の女神の加護

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「簡易的ではあったんですけど、作業場のすぐそばに二人を埋葬して、お葬式をしました。海が見える場所がいいだろうって全会一致で」
 
「そうか。それでお前は人間の弔われ方を知ってたんだな」 

「はい、そのときに知りました。でも、いまでも不思議だなぁって思います。だって、土に埋められちゃったら、そのあともずっとずっと地中深くに閉じ込められそうなのに、あなたたちは天国に……高い高いこの空の上に行くんでしょ?」

 と、人魚の男は頭上に手をかざします。わずかに開いたままの口は、なにかを言いかけたせいだったのでしょうか。

「……そういえばそうだ。言われるまで気付かなかったよ。人間の考える事ってのは面白いな。その点、人魚の死生観はシンプルだ。海の底に招かれて、そこで安寧を得るって話だったじゃねえか」
 
「はい。海の女神の腕のなかで安らかに……」

「海の女神? さっきも話に出てきたな。死を司ってるとしたら、随分と多忙な神様なんだろう」
 
「あ、もしかして興味ありますか?」

 と人魚の男はいたずらっぽく問いかけました。
 
「ああ。……人間の信仰にも詳しくねえくせして、なに言ってるんだって感じだが」

「そんな事ないですよ。僕は嬉しいです! あなたは本当に海が好きなんですね」 
 
「そうみたいだ、自分でも思ってた以上に。海中で暮らせるお前がすごく羨ましいよ」

 癖毛の男の視線は、華やかな金色の鰭に注がれています。少し考えて、人魚の男は言いました。

「海上と海中の生活はだいぶ違うと思いますけど……でも、そうですね。好きなものには近付きたくなっちゃうものなんでしょう、たぶん。僕が陸の生活を体験してみたいのと同じで。だけど、さすがにあなたの熱量には負けるかなぁ」

 彼は尾鰭を両手で軽く引っ張って、『いち、に、いち、に』とまるで歩行しているかのように動かします。その様子を見ていた癖毛の男は、人間はずるい生きものだと思いました。人魚の陸上における活動は『不可能』ですが、人間の海中における活動は『困難』ではあるものの『不可能』というわけでは決してないからです。

「お前の言うとおり好きだからってのもあるだろうし、新しい知識を取り込むのも俺にとっては『冒険』みたいなもんだからなのかもしれねえな」
 
「あぁ! すごくしっくりきました。あの高揚感は冒険に近いですね」

「だろ? ってわけで、早速ナビゲートしてほしい」

 癖毛の男は待ちきれないといった風に、そわそわと体を左右に揺らしています。

「はい、精一杯務めさせていただきます」

 と、おどける人魚の男。

「えぇっと……まずなにから話そうかな…………。あ、そうだ。ひとつ質問スルーしちゃってたんで、そこから。海の女神は死単体じゃなくて生と死の両方を司ってます」

「そうなのか。神ってのは専門がひとつ決まってるんじゃなく、真逆の概念を併せ持つ事もあるんだな」

 癖毛の男は早速感心しています。彼の知っている生き方は、専門分野を極め、ただがむしゃらに突き進むといったものだったので、神という偉大な存在が複数の分野を担う事の苦労を一瞬にして想像したのでした。

「はい。そっちの世界でも結構あるパターンだったと思いますよ。生と死を正反対の事象と見なす場合もあれば、表裏一体のものとして判断する場合もあるって事でしょうね」

「……まぁ、そうか。生きてるからこそ、その先には死がある。で、死んで別の奴の糧になったときは……。ああ! そうなると、そいつを生かす事になるもんな」

 癖毛の男は喋りながら知識を頭に叩き込んでいきます。学校に通った経験はほぼないと言っていいほど学習とは疎遠な彼でしたが、理解力に乏しいという事はなく、むしろ飲み込みは早いほうでした。

「そうそう。そういう風に、視点を変えると一見意外な組み合わせのものも同一視されるっていうか……大雑把に合一された結果、いろんな権能が一柱の神に集中するケースもあります」
 
「生と死なんざ、その代表格みたいなものじゃねえか?」

「はい、まさに。多種多様な神の中でもトップクラスに強いとされてますね。そして、僕の見立てでは、あなたは海の女神の加護を少なからず受けてます」
 
「俺がか?」

 いきなり自身が話題の中心になり、癖毛の男は素っ頓狂な声を上げました。

「そんなに驚きます? 僕にはそうとしか思えないんですけどね」

「ひょっとして『魔の海域』での事を言ってるのか」

 彼は軽い調子で言う人魚に問います。

「そうです。魔の海域から生還できる人なんて、そうそういるものじゃないんで。僕の知る限り、たった一人ですし。っていうか、あの一帯に限った事じゃなかったですね。浜辺に打ち上げられた人魚ぼくたちほどじゃないとはいえ、人間あなたたちは海の中じゃほとんど無力ですから」
 
「そう言われてもな。やっぱりお前のおかげだとしか思えねえが、まあ……思うくらいなら自由か。そいつがどうしようもねえ妄想だとしてもさ」

「はい。そうじゃなかったとしても、それはそれですごいですよね。加護もなしに生き残ったって事ですから、生命力がすごく高い事の証明とも言えます」

 本人でもないのに自信たっぷりな人魚の男がおかしくて、癖毛の男は噴き出します。

「ははっ、そうか。えらく前向きな解釈だが、嫌いじゃねえよ。お前のそういうところ」
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