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ある船乗りの懺悔
仲間と悲劇
しおりを挟む「面白い奴だな! お前の存在には気付いても、正体までは気付いてねえとは」
「笑っちゃいますよね。でも、仕方のない部分もあるんですよ。僕たち人魚の存在については、全国的に見ても徹底的に隠されてる地域が過半数なんで、知らなくて当たり前っていうか。あと、僕たちに会ったとしても、そのあと遭難したりして海で亡くなるとかして、話が伝わっていかないんじゃないかなぁ。たぶんですけど。人魚が多く生息してる場所って、あなたたちにとってはあんまり住みやすい環境じゃない事が多いんですよね。水温が低いとか、海流が荒いとかで。僕の国と隣の国の二つも、それぞれ『魔の海域』と海底火山のある場所ですしね」
人魚の考察に、癖毛の男は納得の呻きを漏らします。
「ああ……。知ってる奴が他の奴に伝える前に死ぬ、か……。確かにそういう事情もあるだろうな。まぁ、俺だってお前と会うまでは人魚が実在するとは思ってなかったけどさ。実在非実在問わず、場合によっちゃ伝承や伝説まで秘匿されてる場合もあるのか。それ相応の理由もあるんだろうが、『存在してるものをないもののように扱う』ってのは、いただけねえな……。個人的な蟠りだけどよ」
彼は、奴隷制度の成立と発展に寄与した政府機関の面々や貴族たちに対する怨恨が黒い霧のように心に立ち込めていくのを感じました。
「はい。そういうわけなんで、その人に正体を明かしていいものか迷ったんですけど、隠せるものじゃありませんしね。尾鰭を見せて『僕にもできる事があれば、やってみたいです』って言いました。追い返されるかもって覚悟しましたけど、そんな事はなくて……。微笑んだその人は『もちろんですよ』って手を差し出してくれました」
「そうか。お前はそいつのおかげで輪に入れたんだな」
「はい! でも、その人だけじゃありませんよ。ここで働いてた船大工さんたち、みんないい人でした。持ってる技術を惜しみなく教えてくれた事もそうですし、他の人に接するのと同じようにしてくれましたから」
人魚の男は跳ねた声で嬉しそうに話します。彼の出自を思えば、海にある彼の国においても、彼と対等に接する人魚はそう多くはないのでしょう。
「いい仲間に出会えたようでなによりだ」
「本当に……。ただ、そんな優しい人たちだったからこそ起きた悲劇もありましたね」
一気に沈んだ声に、癖毛の男は反応します。
「悲劇…………?」
「はい。その頃は修理依頼が多くてごたついてて、みんな連日の作業でへとへとに疲れ切ってました。ある日、一人の船大工さんが足を踏み外しちゃったんです。助けようとした近くの船大工さんがその人の腕を掴んだところまではいいんですけど、その衝撃で足場が崩れちゃって……。二人は地面に叩き付けられて亡くなりました。足場はもちろんしっかり組んであったはずなんですけどね、『絶対安全』なんて事はありません。でも、痛ましい事故でした……」
人魚の男の重々しい語り口調からは、現場の凄惨さが伝わってくるようでした。
「悲劇ではあるが、優しいからこそ起きたってのはどういう事だ?」
「あぁ、その説明はまだでしたね。なにが優しかったかっていうと、その二人は休憩時間も返上して作業を続けてたんです。ここの人たちは作業員さん同士の関係もよかったんで、食事の休憩だけは全員で同時に取ってたんです。他の人も二人の体を心配して説得したんですけどね……それでも二人は手を止めませんでした。少しでもみんなの負担を減らそうとして」
「……お前もその場に?」
「はい。足場の崩れる大きな音のあとに悲鳴が上がって、僕たちが駆け付けたときにはもう……。即死だったのはせめてもの救いだったのかもしれませんね。もし生き残っても、他のメンバーに迷惑を掛けたと思い込んだり後遺症が残ったりして、つらかったんじゃないかって……そう思うしかなかったです。当時は」
「そうだな。死んだほうがかえっていいなんて事も実際にある……」
癖毛の男は、奴隷として輸出される前に要塞で幾人もの仲間を見送っていた日々の事を思い返します。いまでこそ生ある事に感謝している彼ですが、あのときは未来に希望など抱けるはずもなく、延々と続く人生をこのまま虐げられて過ごすよりも、いまのうちに死んでしまえたら幸せかもしれない……と考えた事が一度ならずありました。
「そんな事思っちゃいけないってわかってはいるんですけどね。それから僕たちは二人の遺体を運んで、散らばった資材を片付けたり足場を組み直したりしたあと…………」
言葉に詰まってしまった人魚の男は、数回深呼吸をして再び語り始めます。
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