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ある船乗りの懺悔
『形だけの平和』
しおりを挟む「為政者同士が険悪なのか?」
「そうなりますね。両国とも王政を敷いてますし。王だけじゃなくて王族同士でいがみ合ってて……」
「そいつらの負の感情が国全体に伝播してる感じか。自分らの支持を落とすわけにもいかねえだろうし、対立を煽るように裏で工作してるんじゃないか? そういう事情を抜きにしても、外交とか防衛とかそのへんが心配になるな。敵国が隣にあるんじゃ、おちおち眠れねえだろうよ」
「ああ。それなら、国境がしっかりしてるんで問題ないんです。いまは関係修復……とまでは言えないにしても、武器とか海獣とか持ち出して死者が出るような争いはずっとしてませんし」
「しっかりした国境ってなんなんだ?」
癖毛の男は咄嗟に熱水噴出孔を思い浮かべます。彼が知っている海中の構造物はそう多くはありませんでした。
「公園です。いくら争いが続いてるっていっても、全員が全員血気盛んなわけじゃなかったし、近所なんで親戚や友達がいる事もありました。……だから、本当は戦いたくないひともいたんです。少数ではあったんですけどね。そこで、両方の国で有志を集って公園を造設したんです。線よりもっと確かな国境で国同士を隔てればいいんじゃないかって事で」
「へえ……。確かに顔も見たくない相手はいても、会わないでいりゃ、それなりに腹の虫もおさまるもんだしな。理に適った策だ」
「そうなんです。元々、二つの国は領土をめぐって衝突してきたから、平和な国以上に明確な国境が必要だったんですよ。公園の敷地内は私闘を含めた戦闘が全面的に禁止されてる不戦地帯でしたし、効果は覿面でした。目に見えて国民同士のぶつかり合いも減って……。公園の設置がきっかけで二国間の対立は解消されたって見方をするひともいます」
と、不服そうに尖らせた唇はすべてを物語っていました。気の済むまで思う存分吐き出させてやろうと思った癖毛の男は、それとなく促します。
「だが、お前はそうは思ってない、と」
「それはそうですよ。……戦いに巻き込まれて命を落とすひとがいなくなったのは、本当にいい事だと思います。『平和』になったって満足するべきなんだとも。何千年続いた争いに決着がついたんですから。それも勝った負けたじゃない形で。快挙です。わかってるのに…………。でも、こんなの……絶交して、強制的に関係を凍結させただけじゃないですか……。戦争は終わってなんかない。顔を合わせる機会も減って、僕たちの関係改善は前よりもっと難しくなっちゃったんです。いまの状態は『形だけの平和』。『本当の平和』なんかじゃありません」
人魚の男は悔しさで顔を思いきり歪めていましたが、それでもその煌びやかな美貌は少しも損なわれることなく健在でした。
「そうだな……。国境があっても近所に住んでる事には変わりない。国が違うからってだけで一切接触しないなんて変な話だ。ところで、いつから『本当の平和』を望むようになったんだ? 初対面の俺にも『人間』って種族で括ろうとしないで個人として接してくれたお前の事だから、最初からでもおかしくねえが」
「僕たちは、大人たちに隣国の悪口を吹き込まれて育ちました。学校で学ぶ歴史でも、向こうが完全に悪いって教わるんです。僕も小さい頃はそれを全部信じてました。だから、隣の国の人魚に……特にアイツにきつく当たっちゃって……。でも、だんだん僕たちの習った歴史を疑うようになったんです。本当に正しいのかな、そんなにこっちに都合のいい事あるのかな……って。周りの人魚に言っても取り合ってもらえなかったんですけどね」
あえて突っ込みはしませんでしたが、またしても登場した『アイツ』という単語を癖毛の男は聞き逃しませんでした。
「大人たちは、子どもたちに渡す情報を取捨選択できるしな。予め操作されてた……都合の悪い事実は全部伏せてたって考えるのが妥当だろう。最悪、『敵国が全面的に悪い』っていう自分たちの思い込みにすら気付いてない場合も考えられるが……まあ、その線は薄いか。もしそうなら、徹底的に国を潰すはずだ。すぐそばにある脅威の排除を躊躇う理由がない」
「僕もそう思ったんです。習わされたのは、こっちに都合よく歪められた嘘の歴史で……わざと教えてない部分があるだけじゃなくて、あちこち捻じ曲げられてるんじゃないかなぁ……って。でも、それはまだ仕方ないと思えました。全然納得はしてないけど、そうしないといけなかった事情もきっとある。わかりたくはないですけど」
人魚の男はなおも不満な様子で口籠もります。
「そこまで念入りに隠されて捏造されても、お前の他にも気付いた奴はいるだろうしな。思想統制なんてのは大抵うまくいかねえもんだ。他人の感情を操ろうなんざ傲慢にも程がある」
「そうでしょ……そうなんです…………。おかしいんです、なにもかもが!」
喉の底からの涸れた叫びは波間に響き渡ります。人魚の男の憤怒は最高潮に達しているようでした。
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