うつろな夜に

片喰 一歌

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ある船乗りの懺悔

金か、命か

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「ここまで来たのはいいけど、操縦なんてできるのか?」
 
「それを聞くって事は、お前もできねえって事だよな。……まあ、物は試しだ。やってみようぜ!」 

 と、その直後。ばたばた、どすどすと駆けてくる足音。逃げる間もなく、唯一の出入り口を塞がれました。

「お前たち、そこでなにをしている!」

「…………見ねぇ顔だが」

 細身で長身の男と体格が良く顎髭を伸ばした男が少年たちに近付いてきます。彼らは船内に居残って見張りをしていました。少年たちは逃げるのに必死で、ろくに確認もしないまま船に乗り込んでしまったのです。また、広大な敷地を出て警戒心が緩んでいた二人の声量は必要以上に大きくなっていました。

「ああ。この船の者ではないようだ」

「汚れたガキどもだ……。まさか俺様の船を盗もうってんじゃねぇだろうな? え?」

 いつもは強気の傷痕の少年ですが、顎髭の男の強面と地の底から響くようなドスの効いた声に圧倒され、歯をガチガチ言わせながら首を横に振る事しかできません。ようやく自由になった手足も再び拘束されてしまいました。

「そうか。勘違いして悪かったなぁ……。だがな、この船は俺様の家でもある。お前らは人様の家に無断で侵入したって事だ。それも立派な罪だよなぁ。わかるだろ? でも安心していい、俺様は優しいから選ばせてやる。金か、命か……。さぁ、好きなほうを選べ!」

 言うまでもなく、顎髭の男は少年たちの手持ちがない事をわかったうえで問うていました。二人が観念して命を差し出そうとしたそのとき、黙って聞いていた細身の男が口を開きます。

「なぁ、キャプテン。うちは人手が足りてなかったよな?」

「……あぁ。お宝持ってばっくれやがった奴らのせいでな。ったく、恩を仇で返すたぁ良い度胸だ。今度会ったらただじゃおかねぇぞ……」
 
 キャプテンと呼ばれた顎髭の男は細身の男の唐突な質問に首を傾げていましたが、たくわえた髭を撫でて考えるうちになにか思い当たる事があったようで、彼の手が顎髭を離れる頃には、その怒りは二人の子どもから財宝を持って逃げ出した元団員たちへと向かっていました。そこへ細身の男が畳み掛けます。

「この二人、即戦力になりそうだと思わないか?」

「あぁ? 急になにを言い出しやがる」

 キャプテンは顔の全体を使って会話する癖があり、不快そうに顰めた顔も迫力満点でしたが、そんな事は気にも留めずに細身の男は話を続けます。

「急でもない。さっきから考えてたんだ。……この子たちの足首を見てほしい。手首でもいいが」

 実はこの男、二人を拘束する際、彼らの肉体に刻まれた枷の痕に気付いており、ロープで隠れてしまわぬように少し位置をずらして縛っていたのです。

「手首と足首だぁ?」
 
「ああ。あざがあるだろう。おそらく沿岸の農場から逃げてきたんじゃないかと思ったんだが……違ったか?」

 細身の男は少年たちに問いかけました。二人はこくこくと何度も頷いて答えます。

「やっぱりな。……って事はだ、この子たちは朝から晩まで休みなく働かされてきたわけだ。でも、こうして生き延びてる。体力と根性は折り紙付きだ」

「あぁ、言われてみりゃそうだが……私情か? お前は貴族連中が嫌いだもんなぁ」

 虫唾の走るいやらしい笑みを浮かべているキャプテンとは対照的に、細身の男はわなわな震え、青筋を立てて吐き捨てます。

「私情なのは確かだが、俺が憎んでいるのは貴族というより奴らの主導した奴隷制度だ。あいつらがなにを基準に思い上がってるかはわからないが、どうせ金だろう。稼げる奴が偉いだなんだのたまって民から吸い上げるしか能のない連中め……。そんなのは稼いだとは言えない! 奪ってるだけだ!」

「あぁ、本当にな。お前の話は嫌いじゃねぇぜ。海賊なんざまだましなもんだと思える……。クズにも上がいるってな。でも、そいつら置いてけぼり食らってねぇか?」
 
「……そうだな、熱くなってすまないが、もう少しだけ聞いてほしい。とにかくだ、実際に身を粉にして働いているのは奴隷と呼ばれる人々だ。本当にその利益を手にするべきも彼らだ。それなのに、彼らには最低限の生活費どころか少しの自由も与えられる事はない。こんなおかしな話があるか?」

 少し冷静さを取り戻した細身の男は、少年たちのほうへ向き直ります。彼は二人に誰を投影していたのでしょう、彼らは悲しげであたたかな炎を揺らめかせる瞳を見つめ返しました。

「この子たちもそういった者たちの一部なんだろう。あんな糞野郎どもの支配からやっとのことで逃げられたと思いきや海賊に捕まって殺される……なんて、そんな人生はあんまりじゃないか」
 
「お前の言いてぇ事はよーくわかった。……まぁ、俺も奴らとは気が合わねぇしな。いいぜ、見逃してやっても」

 キャプテンは相変わらずにたにたと笑っています。
 
「さすが俺たちのキャプテン。懐が深いな」

「ただし、客人としてのもてなしが受けられると思うな。この船にゃ、いろんな事情で海賊じゃねぇ奴らも乗せてる。そいつらにも乗せてやる見返りに雑用をさせてる事だしな。当然の対価だろ?」

「文句はねえよ」

「…………それだけじゃないんだな?」

 間髪入れずに答えたのは傷痕の少年。一方、癖毛の少年は探るように訊きました。
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