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ある船乗りの懺悔
強くなるために
しおりを挟む癖毛の少年と傷痕の少年は、毎日毎日飽きもせず夢について語り合います。想像の翼を大きく羽搏かせる二人の少年は、この船でいちばん自由でした。これはそんなある日の会話。
「初めて喋ったときから思ってたんだけど、君の言葉遣いってものすごくかっこいい。なんていうか……そう! とっても強そうなんだ」
「そうかよ。かあちゃんには、よく『またそんな乱暴な言葉ばかり使って!』って怒られてたけどな。……へへ、そっか。お前にはかっこよく聞こえてるのか……」
傷痕のある少年は、はにかんだあと、なにかを偲ぶように目を閉じて俯いたかと思うと、すぐに勢い良く顔を上げました。そして、新しいいたずらを思い付いた子どもの表情で続けます。
「……よし、特別だ! お前も俺の喋り方、真似していいぞ」
「え? 確かにかっこいいとは言ったけど……僕は君になりたいわけじゃないよ?」
唐突に意味不明な許可を与えられた少年は、声にも顔にも疑問符を浮かべて言いました。
「わかってる。でも、たぶんお前は強くなりたいんだろ」
「どうしてわかったの?」
「ただの勘だよ」
少年は右腕の傷痕をさすります。肘よりも少し手首寄りにあるその傷痕は完全に塞がっていましたが、大きな怪我をした事のない癖毛の少年にはとても痛々しく見えました。
「そっか……。でも、それがなんで口調を真似するって話になるの? 君は自分の考えをしっかり持ってるから、その口調が似合うんだろうし、実際に強いんだろうけど……弱い僕が形だけ真似したって、なんにも意味ないよ……」
「おいおい、いつ俺がそんな生ぬるい事言ったよ? 真似しただけで満足しちまうような奴はお呼びじゃねえ。最初にやるべき事を提案しただけだ」
傷痕の少年は鼻で笑います。
「最初にやるべき事が口調を変える事なの? 本当に?」
眉を顰めた癖毛の少年。彼には口調ひとつ変えた程度でなにかが変わるとは到底思えませんでした。ですが、傷痕の少年は、彼の向ける疑いの目も気にせずに堂々と話を続けます。
「おうよ! あくまでも俺のやり方だけどな。なんつったか……ああ、まじないみてえなもんだ。強くなりたきゃ鍛えるしかねえ。そんな事ァわかりきってる。喋り方いじくっただけで変わるなら簡単でいいけどよ、実際そうはいかねえだろ」
「そうだね」
「けどな、わかるか? 鍛えるってのは、自分の弱さと向き合い続けるって事なんだよ。途中、何度も投げ出したくなる……。って、俺の場合はそうだったってだけだけどさ。でも、挫けるわけにもいかねえだろ。こっちは自分に向かって啖呵切ってんだからよ、『この言葉遣いが似合うような強い奴にならねえと!』って嫌でも思う。どんなに苦しいときでもな。そうやって俺は自分を励ましてきた」
傷痕の少年の話が進むにつれ、癖毛の少年の眉は目から離れていきます。先ほどまでの怪訝そうな顔の彼は、もうどこにもいませんでした。掠れる声でただひと言尋ねるのが、いまの彼には精一杯。傷痕の少年が真剣に実体験から得た教訓を共有してくれようとしていたからです。
「君が……?」
「ああ……。ごめんな、嘘吐いて。俺、たぶんいまも全然強くなんかねえんだ。頑張って鍛えても、ガキは大人に敵わねえ。俺が本当に強けりゃ、ここが海の上だろうがどこだろうが、みんなの事解放してやれたのに……。お前一人さえ逃がしてやれねえ、これが現実だ」
そう語る彼の声は震えていました。癖毛の少年は確信します、しょっちゅう権力者を扱き下ろす彼が最も憎んでいるのは、他ならぬ己の無力さであるという事を。
「……僕、わからない事ばっかりだけど、君がとっても強い心を持ってる事はわかるよ。確かに子どもは大人に敵わないかもしれないけど、僕たちは成長する。これからもっと強くなれるよ。それに、君はいまのままでも優しくてすごい人だ。僕は君を尊敬してる。だから、そんな風に自分の事を悪く言わないで……」
癖毛の少年は必死に語りました。内側にある言葉を搔き集めて、独り戦い続けた彼を称える気持ちが伝わるように。
「…………わかった。もう言わねえ。励ますつもりが励まされちまったな……。ありがとよ」
「ちょっと、まだ話は終わってないってば」
長い息を吐いて、すっかりひと段落ついた気分でいる傷痕の少年に、不満そうに頬を膨らませる癖毛の少年。
「え? ああ、そうだったのか。ごめんな。続き聞かせてくれ」
「うん、大した事じゃないんだけどさ。一緒に強くなりたいから……俺もそのおまじない、使ってみようと思ってな」
「……ははっ。そりゃいいな。でも、惜しかった。正しくはこうだぜ、よく聞いとけ……。『俺もそのまじない、使ってみようと思ってな』、だ」
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