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ある船乗りの懺悔
時代の犠牲者たち
しおりを挟むですが、そんな生活にあっては、真っ当に生きようという志も次第に削られていきます。いつまでも続く生き地獄のような暮らしに疲れ果てたそのうちの一人は、悪心を生じ、ついに盗みをはたらいてしまいました。真夏の暑い日の事です。
ここにいる誰にも生まれてこのかた腹が膨れるほど食べた経験などありませんでしたが、工場勤務時は昼食が出されていたため、最低でも一日につき一食の保証がなされていました。その工場に彼らが勤めていた理由のひとつです。親たちも工場で出される食事をあてにしており、食卓に彼らの分の皿が並べられない事もざらにありました。
失職してからは、なにも口にできない日も珍しくはありません。風に揺れる小さな家に押し込められた貧しい大家族たちは、いままで以上にわずかな食糧を分け合って食べましたが、パンのひとかけらに、豆の数粒……くず肉の切れ端などが呼び水となり、飢餓感はますます強まります。その数週間は極めつき過酷なもので、子どもだけの集団は、腹を鳴らしながら仕事を求めて町を歩きました。
命を繋ぐ最低限の食糧も確保できず、判断能力が低下していたせいもあるでしょう。ストリートセラーがひしめく大通り、カートに積まれた真っ赤な林檎がとても美味しそうに見えて、手が伸びてしまったのだとその子は真っ直ぐな目で言いました。
そうはいっても罪は罪。一度の過ちを悔い、そこで引き返す事ができたのならば、未来はまた違うものになっていたことでしょう。しかし、そうはなりませんでした。人間は試練を避け、楽な道を選びたがります。
商人や客に見咎められる事なく、果実を頭陀袋に滑り込ませた彼。ねぐらに帰り、明らかにゴミ箱からくすねた残飯ではないそれを訝しみながら口にした子どもたち。
分別などとうについていましたが、空腹にも喉の渇きにも耐えかねた彼らは、その日、全員仲良く罪人の仲間入りを果たしました。口いっぱいに広がる甘酸っぱさは、林檎の味だったのでしょうか。
労働をしなくとも簡単に食べ物が手に入る快感に魅せられた子どもたちは、仕事を探す事が心底ばからしく思えてきてしまいました。真っ当に働く意志はあったのです。だのに、肝心の仕事がなくては、手の打ちようがありません。彼らは飢えに倦み、自分たちを生み出した社会を憎んでいました。
それでも最初は生き抜くために必要なぶんの食糧だけを拝借していましたが、賢い一人が『盗んだ品物で商売をしよう』と言い出してからというもの、犯行はエスカレートしていきました。要不要を問わず、なんでも掠め取っていく彼らに、商人たちはお手上げです。
やがて、食べ物や生活用品をちまちま盗む事に飽いた少年たちは、手っ取り早く金を騙し取る手法を編み出し、数年後には地元で有名な犯罪グループに成長を遂げていました。被害は全土に及び、世界に殺されかけていた弱者たちは、いつしか世間を騒がす害獣に成り果てていたのです。
被害に遭った人々もいつまでも黙っているわけにはいきません。そこに商人たちも加わり、被害者たちは犯罪グループのアジトを突き止めると、交代制で注意深く監視を続けました。そして、彼らの行動がパターン化されたものであることを割り出し、着々と復讐の準備を整えていきました。
彼らは特定の曜日になると、揃ってどこかへ出かけます。一行を追跡した数名のグループは、辿り着いた場所を見て、口をあんぐりと開ける羽目になりました。曜日から推測できた事とはいえ、行き先があまりに意外なものだったのです。
神に背く行為に手を染めているはずの者たちは、毎週の礼拝を欠かしませんでした。単に死後に受けるであろう罰の軽減を祈るために通っていたとも考えられますが、教会には家族連れで訪れる人も多いので、ひょっとすると泥棒に身を沈めた時点で捨てざるを得なくなった肉親の面影を探していたのかもしれません。人々のあいだでも、さまざまな憶測が飛び交います。
しかし、同情は無用。人々は少年たちが出払っている隙を見計らい、アジトに火を放ちました。よく燃えるようにと建物の周りをぐるりと囲むように置かれた松ぼっくりや水分の飛んだ落ち葉は、まるで結界のよう。一年を通して乾燥しているという気候条件も相俟って、小さな火はぐんぐん成長し、短時間で燃え広がります。
被害者たちの行動もまた非道で許されざるものですが、少年たちも罪を重ねすぎました。彼らが祈りを捧げているあいだにも、アジトは業火に包まれ、一切の思い出を焼き尽くしていきます。そこから一歩でも外に出てしまえば頼れる大人のいない彼らにとって、ここは生活拠点以上の意味を持つ、いわば心の拠り所。
アジトが焼け落ちてしまえば、憎々しい罪人どもに家をなくす以上の苦痛を味わわせてやる事ができるだろうというのが商人たちの考えでした。彼らもまた、厳しい条件で商売を続けるうちに、ひとでなしの思考を身に着けてしまっていたのです。限られた富裕層を除き、皆が時代の犠牲者といえるのかもしれません。
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