遥かな星のアドルフ

和紗かをる

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第5章「戦塵の風が起きる時」

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彼女が見つめるその建物の奥まった一室。
 司令室ではなく、作戦室と言う名称が部屋の入り口に飾ってある、十㎡の部屋で会談が行われていた。
 片方は、この黒の家旅団の旅団長であるアドルフ少佐、参謀役のハインリッヒ大尉、そして客将として完全回復はしていないが、ヴァレンシュタイン傭兵将軍も、車椅子で参加している。
 対しているのは憲兵隊司令官であるフリードリッヒ・ノイバンシュタイン大佐、その他に二名の重要人物がこの場には居た。
 一人は女性。
 年齢であれば、そろそろアドルフと同年齢ぐらいの子供が居てもおかしくない位だろうか?深い緑色を基調とした、目立たないドレスを着込んでいるが、良く見ればその生地に刻まれた微細な刺繍が、金銭の多寡で得られるものではない事が分かるだろう。
 栗色の豊かな髪の毛を、ゆるくウェーヴさせて右前に流している様は、良家の所属であることを物語っている。
 もう一人は、この三名の一行のうち、一番冴え無い風貌をしており、やや長めの頭の頂点に申し訳程度の頭髪を乗せ、身長の割りには針金の様な体は、軍服を着せるとこうまでだらしなく見える兵士が居るのか?と言う見本のようだった。その男の肩にはドイツ連邦の所属を表す紋章と、その部隊、銀匙銀刺しの紋章が兵站を扱う部署の所属である事を示していた。
「まずはご紹介させていただこう、こちらのご婦人がエーデルマイヤー・ペーネミュンデ婦人、一般的には、まぁペーネミュンデ大公爵夫人といえば、ヴァレンシュタイン殿でしたら理解される名前かと思います」
 ペーネミュンデ大公爵。四半世紀以上前まではハプスブルグ大皇家と対をなすほどの勢力を誇った大貴族で、国家を超えた貴族の枠組みをハプスブルグ大皇家と共同で樹立。
一度ならず国家間戦争を回避させた立役者の貴族として歴史の教科書にも載る家である。本家があったポーランドが立憲君主制から共和制、合衆国体制へと移行していく中で、没落して行ったと世間では認識されていたが、それでもその世界中に散らばった封土を集めればポーランド合衆国の半分に匹敵すると言われている一族である。
 合衆国体制でありながら、いまだに貴族としてポーランドに存在することが出来ているのはそれなりの影響力があるからだろう。
「そしてこちらの吾人は、まぁ同期のよしみで連れてきた、はっきり言っておまけなので気にしなくても良い奴だよアドルフ少佐」
「おまけはひどいですね大佐、こう見えても連邦軍の腹と尻を支えているのは私たちですよ?それにここの物資集積率の異常さを認めているのもね、申し遅れた、自分はドイツ連邦兵站部、首都方面兵站課長、ハンス・ゲオルグ・ローエングリン中佐だ、先ほど言ったが今現在、兵站部はこの首都方面兵站部で成り立っている、味方にしておくと有利だよ君たち」
 にんまりと笑うハンス中佐。本人は知的な会話に朗らかな笑いを含めて話しただけなのだが、他人から見れば悪巧みしていた悪の幹部が、罠に落ちた正義の味方を嬲っているのを観賞しているような笑いで、思わずアドルフ等は失礼だとは思いつつも背筋が寒くなってしまった。
「それで大佐?そんなすごい人たちがボク達に何をお願いがあるのさ?」
「・・・・・・アドルフ、前にも言ったかも知れないけど、大人にはプライドって物があるんだよ、助けて欲しくても、僕らみたいに、助けて!と大声を出せる人は少ないんだ、だからその辺りを尊重しないと交渉にならないと何度も・・・・・・」
「ああ、まぁハインリッヒ君、そこらへんで、こちらがお願いに来たのは、その通りなんだから」
「しかし、大佐?こんな子供たちに何が出きるんだってんだ?兵站部としちゃ、今回のポーランド併合については白だとも黒だとも言ってないんだぜ?そこを俺の独断と、大佐との同期のよしみでここまで来たけど、併合反対派ってレッテルを今付けられても困るんだけどなぁ」
「ハンス中佐は、ポーランドとドイツの併合に賛成なのですか?」
「ああ?ハインリッヒだっけか?そうだなぁ、ポーランドは戦勝国だし、国境を接している中ではまぁ強い方だ、そりゃ色々な内政干渉や面倒くさい事も言ってくるが、併合されたら自国になるわけだし、環境も変わるだろう、第一今現在でも併合されているようなものが、表看板を変えるだけで得られるものがあるなら、貰っとけってのが個人的意見だ」
「でも、それだけじゃないですよね中佐」
 リッヒとハンスが、テーブルを挟んでにらみ合う。
この二十人が一度に座れるテーブルはミュンヘン家具共同共栄会の寄贈によるものだが、様々な密談や、作戦会議に参加した由緒あるテーブルとして後の世に知られ、そこで交わされた言葉と共に人々の記憶に残っていくことになる。
 その一番最初の言葉が
「お前、ちっこいのに嫌なやつだなぁ?」
 であった。
「ああ、確かに、それだけじゃないさ、それだけだったら俺がこの場所に、幾ら誘われたからって来る訳ないしな、そんなの見抜いて当然、んで、だ、俺は兵站やってるから判るがタダで物を恵んでくれる相手ほど油断のならねぇ相手はいない、口では貴国のためです、共に発展しましょう、無償で見返りなんか求めてませんって言う奴に限って、下心は汚ねぇもんだ、ポーランドで言わせりゃ、あいつらは西側に対する盾にドイツを遣って、東側、特にひと悶着あったハンガリー同盟を何とかしておきたいってのが腹だ、それで東をまとめたら、晴れて素晴らしい民主国家を輸出しますとか何とか言って、西側に攻め寄せるんだろうぜ、その時にもドイツは盾と一番槍を強制されることになる、つまりはポーランドのためにドイツ国民が血を流すって事だ、なにより俺はそれが気にくわねぇ、血は放っておいても流れるもんだが、俺たち軍人の血は、やっぱり生まれ故郷であるこの大地のタメに流したいじゃねぇか?」
「・・・・・・」
「なんだよ?意外か?俺がこんな熱血な事を言うなんて、自分でも恥ずかしいけどよ」
  やや顔を赤らめて、鼻の頭を掻くハンス中佐。照れているのだろうが、やはりそうは見えないのが、可愛そうな所か。
 パチパチパチ
「ん?」
「私感動しましたわ中佐さん、ドイツ連邦の軍人さんにも色々お会いしましたが、私の前でそんな熱弁をふるったお人は初めてです、今までの方々は志を同じくするとおっしゃいましたが、結局のところ、綺麗な言葉の羅列でしたのよ?」
 ハンス中佐の熱弁に、すぐに反応したのは意外にも今まで話しに全く参加せず、聞いているのかも不明だったペーネミュンデ公爵夫人だった。
「あっ、ああ、まぁ俺は駆け引き苦手でよ、本音しか言えねぇからよ」
「性根が捻じれまくってるお前も、真っ直ぐな賞賛には弱いのか、初めて気付いたぞ」
「黙ってろ憲兵司令官!だいたい俺の演説をこんなガキ共と、貴族様に聞かせる為の席じゃねぇだろうが!とっとと本題に入りやがれよ」
「ああ、すまない、お前が先走るもんだからなつい聞き惚れてしまっていたよ、さて、では本題だ、これからのドイツ連邦と起こるべき困難に如何に立ち向かうか、意見を述べさせてもらおう」
 それから約二時間半。
 中天に輝いていた太陽が、地面に沈み始めるまで会談は続けられた。
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