19 / 35
第4章「ハンガリー戦線」
4-4
しおりを挟む
一方、空砲で支援を行っていた第一部隊も窮地に追い込まれていた。
ドイツ国境側から空砲を撃っていたのだが、それを怪しんだハンガリー同盟国境警備騎兵隊五十騎を呼び寄せてしまっていた。
茶色の中型の馬体は、速さよりも持久力に特化した軍馬で、第一部隊に配属されている輸送用の馬とは用途が違うとはいえ、迫力が違っていた。その軍馬の集団の中から一騎だけ国境線の真上まで来て声を張り上げてくる。おそらくこの騎兵部隊の指揮官だろう。
「貴隊は何を意図してここに展開しているのか!返答次第では国境を侵す不埒物として掃討させていただく!見たところドイツ連邦正規軍では無いようだしな」
騎兵の指揮官がそういうのも無理は無い。この時第一部隊はドイツ連邦の軍服ではなく、例の暗緑色がまだらに染め込まれた戦闘服を着用していたし、その周囲には傭兵集団が点でばらばらの状態で座り込んでいたりしたから、只の無法者の集団に見えてたことだろう。
「おい、だれか、あのおっさんの相手しないのか?」
第一部隊から誰も返答しないのを心配したのかグリュネルがクローネに聞きに来た。今まさに彼女の父親の救出作戦を展開しているだが、遠慮とか心配とかはしていないようだ。
もう、助かると決め付けているのかもしれない。
「誰が相手するんだ?こんな時せめて教官が居ればまともな対応できるかも知れないけどね、僕が出て行ったところで、年齢的に馬鹿扱いされるだけで、もっと怒らせちゃうだろう、ここはそっちから適当に、偉そうに見える人出して時間稼ぎしてくれないか?」
「はぁ?真剣に言ってるのか?」
少年少女しか居ない黒の家旅団第一部隊の士官や兵士よりも、傭兵団、狼牙の塔の団員の方がずいぶんと年齢層は高い。詰問に来ている騎兵指揮官より年齢が上の団員もごろごろいる。そういった連中はそれこそ大戦の全期間をとおして激戦を経験していたりして、確かに迫力は半端ない。
「まじめだよ、とにかく今こちらに必要なのは時間だ、もう煙幕弾も晴れる、そろそろ救出隊も戻る頃だ、それまで時間を稼げれば良い」
「ちっ、わかったよ、でも、どうなっても知らないからな、お~いセルゲイ、後はそうだな、ピエトロ神父!」
傭兵集団の中から、のっそりと大男が立ち上がってグリュネルの背後に立つ。巨人族の血でも引いているのかと思われるほどの大男で、三メートル近いのではないだろうか?高さだけでなく厚みもしっかりとあり、重厚な戦士である。
手に持っているのはこれまた異様で、マスケット銃を五丁、一括りにしたような武器を片手に軽々と持っている。一回の射撃で五発同時に弾を発射する武器だ。
それなら一回撃ったら、それでもう弾込め出来なさそうな武器だが、背中にこれまた五本に分かれた棒とその先にマスケット用の早合が仕込まれていることから、最低でも二回は銃撃できるのだろう。
腰には、普通一人で扱うのがやっとと言うくらいの諸刃の斧が、左右に一本ずつ装着されている、
「お嬢、用事か?そろそろ糧食の手配をしないと餓えて動けなくなる奴らが出てくるぜ」
「分かってる、だが契約はまだだ、親父が帰ってきたらすぐに交渉して夕飯にする、だけどその前に野暮用をかたづける」
「野暮用とはあちらの方々ですかお嬢?」
大男のインパクトが強すぎて第一部隊の面々は気付かなかったが、いつの間にかグリュネルの横には真っ黒いローブで全身を覆った男が並んでいた。身長はそれほどでもない。低めのグリュネルを、少し見下ろすくらいの身長差でしかない。
武器も見える所には装備していない。そう武器は
「いい加減、お前はその背中の物は止められねぇのか?」
「止めるとはなんて事を言うんですセルゲイさん、私は真実正しい神にお仕えしてるんです、これは止めるとか、そういうものではなく、もはや私の体の一部、それはいつか現れる救世主に対して、自らの行いを恥じない為の免罪符です」
「あ~うるせぇ、全く宗教家か傭兵屋か、どっちなんだお前は・・・・・・」
「どちらもです、私は神に恥じない為に心を宗教に捧げ、現世で生きるために、おやっさんに身を捧げる傭兵になったんです、この生き方は誰にも否定させません」
「ちょっとピエトロ黙って、あっちの指揮官があからさまに怪しんでるんだから」
騎乗したままこちらを睨みつけてくる。誰も応答しないので、背後の騎兵達に合図を出そうとしていたところ、変な三人組がこちらに向かってきた。
「お前ら、なんだ、道化師か?」
一瞬でセルゲイの手が動き、マスケット銃の化け物を騎兵指揮官に向けるが、すぐにグリュネルの黄色い瞳でで睨みつけられる。一番身長は小さく、一番幼く見えるグリュネルだが、腕力は熊種の力で、セルゲイと同等だ。
「いきなりは駄目、交渉する余地が有るなら交渉する、親父も言ってただろ?」
「そうですよセルゲイさん、ここは私にお任せ下さい、私が信奉する神について語れば、何処の国のどんな人とだって仲良くなれるはずですから」
ピエトロが自信満々に騎兵指揮官に歩みよる。指揮官は指揮官で、先ほどのセルゲイの動きに気付いていなかったようで、眉間に皴をよせたままピエトロを睨んでいる。
道化師風情が何を直訴するのだろうか?とでも思っていたのかもしれない。ただこの指揮官にとって不幸だったのは、彼は宗教というものはあまり信じていない性質で、メジャーな宗教であればまだ名前や風俗なんかも少しは知っていただろうが、ピエトロが信仰していた宗教は、今のこの星ではマイナーもマイナー。知っている種族の方が少ない新興宗教レベルの知名度しかなかった。だがその歴史は古く、この星に現存するどんな宗教よりも古代に生まれた物だった。
だが、そんな事を知る由もない指揮官は、なにげなく言ってしまったのだ。
「お前、なんでそんな重そうな物背負ってるんだ?それが芸風か?」
その言葉が口から放たれて四秒もかからなかっただろう。彼は自分が何で死んだか、その死の瞬間まで分からなかったに違いない。
何か黒っぽいものが視界の隅に写ったのが、彼がみた最後の物で、それはピエトロにとって聖遺物と呼ぶ重要なものだった。普段は彼の背中に背負われ、彼と共に寝食を共にしたそれは、十字の形をしており、ピエトロ曰く、これは死と再生の象徴なのだそうだ。
だが、セルゲイも、グリュネルもこの人間大の十字架にそんな奇跡の力が半分しか宿っていないことを知っている。
つまりこの十字架は、今の様に死を振りまくだけ振りまいて、再生のほうはそっちのけなのだ。ちなみにこの十字架の事をグリュネルは只の撲殺武器だとついこの間まで思っていた。
「お~いピエトロ・・・・・・、幾らなんでも手が早すぎるだろう?セルゲイとめたのに、ピエトロがやっちゃうんだもん」
「ですがお嬢、こちらの方は神を冒涜したんですよ?これは神罰であって、私とはなんら関係が有りません、悪魔のような所業を行おうとした堕落した存在に対し、神が鉄槌を下したんです、きっと」
「いいや、鉄槌下したのは間違いようも無くお前だ、お前、お嬢、どうするよ?お嬢の考えだと多分俺で脅して、ピエトロの与太話で時間稼ぎをする予定じゃなかったのか?」
「そうなんだけどぉ、ピエトロの馬鹿が・・・・・・」
「なんですか、悪いのは私ですか?」
叫ぶピエトロの前後左右で傭兵達が一斉にピエトロを指差して、頷く。それはまるで道化師集団演じる、喜劇の一幕みたいだ。
その為、指揮官を殺された騎兵部隊の反応が遅れた。まず何が起きたのか良く分かっていないというのが一番なのだろう。目の前でまさか騎兵が神父然とした男に十字架で撲殺されるとは想像もしていなかったに違いない。
それは第一部隊の面々も同じで、まさか交渉すると思っていた傭兵たちが、交渉のこの字も出さずに相手を撲殺するとは思っていなかった。特にそれを依頼したクローネは、下手をしたら指揮官を殺された騎兵隊よりも事態を把握していなかったかも知れない。
しかし、この場にあって、そんな茫然自失の状態に陥らなかった集団が居る。
そう、喜劇の担い手傭兵集団だ。
彼らはセルゲイの力も、その性格が短気な事も、ピエトロが聖職者だと自称している割に、切れやすく、必殺の十字架攻撃を持つ事も知っていた、だから彼らが呼ばれた時に既に結果をいくつか予測していた。
そしてこの結果は彼らが予測した中で、確立の高い方の出来事だった。だから誰一人動揺することなく、ちらりと全員がお嬢、グリュネルの表情を見る。傭兵将軍ヴァレンシュタインの秘蔵っ子を。
「あ~あ、仕方がないな、いっちゃって!」
気の無いそぶりでグリュネルが手を振ると、一気に時が動き出した。いつの間に、準備していたのか、無数のボウガンの矢が騎兵隊の最後尾に居た数名を襲う。
まずは、相手の退路を塞ぐ。
続いてセルゲイが、先ほどの五丁分のマスケット弾を発砲。通常の五倍の轟音と共に弾丸が飛ぶが、至近距離だったにもかかわらず、命中したのは二発のみ。命中率の高くないマスケット銃を五丁まとめても、当たるのはそんなものだ。だから彼は躊躇することなく、両腰に装備してある諸刃の斧を握り締め、手近にいた騎兵の首を飛ばす。さながらその姿は古代中国の豪傑のようだった。
さて、騎兵と言う、かかる経費の割に防御力の薄い兵種がまだ、この時代でも運用されているには訳がある。つまりは誇りとそれなりの運用方法だ。
中世であるような騎士同士の一騎打ちなど、小銃全盛のこの時代には起きるわけが無い。騎兵突撃も歩兵一人に小銃を持たせればそれだけで数騎が倒されてしまう。そんな費用対効果が悪い事はもう出来ない。
ならば騎兵の運用とは、広い範囲の斥候と、その機動力を生かした迂回擾乱攻撃、もしくは警戒行動だ。
主戦力が歩兵へと移っている今、騎兵は補助戦力として重宝していたし、やはり戦争と言えば馬を連想する貴族階級の者も多かった。その為に騎兵という兵種は生き残っていたのだ。
だが先ほども言ったとおり、防御力は思いっきり低い。しゃがんで被弾面積を少なくすることも、遮蔽物に隠れて反撃することも出来ない。出来る事と言えばその機動力で逃げるかかく乱するかだが、既に逃げ道は塞がれてしまった。
なまじ警戒態勢で、一塊になっていたのが災いした。だが国境の警備巡回行動を散開して行えというのも無理な話だ。
結果として、この騎兵隊は数分の時間で一気に傭兵団に殲滅された。爆発的な近接戦闘能力を見せ付けられて、第一部隊の兵士たちは戦慄する。
たかが中世の傭兵と侮る無かれ。戦場は彼らこそを祝福しているのだと。
ドイツ国境側から空砲を撃っていたのだが、それを怪しんだハンガリー同盟国境警備騎兵隊五十騎を呼び寄せてしまっていた。
茶色の中型の馬体は、速さよりも持久力に特化した軍馬で、第一部隊に配属されている輸送用の馬とは用途が違うとはいえ、迫力が違っていた。その軍馬の集団の中から一騎だけ国境線の真上まで来て声を張り上げてくる。おそらくこの騎兵部隊の指揮官だろう。
「貴隊は何を意図してここに展開しているのか!返答次第では国境を侵す不埒物として掃討させていただく!見たところドイツ連邦正規軍では無いようだしな」
騎兵の指揮官がそういうのも無理は無い。この時第一部隊はドイツ連邦の軍服ではなく、例の暗緑色がまだらに染め込まれた戦闘服を着用していたし、その周囲には傭兵集団が点でばらばらの状態で座り込んでいたりしたから、只の無法者の集団に見えてたことだろう。
「おい、だれか、あのおっさんの相手しないのか?」
第一部隊から誰も返答しないのを心配したのかグリュネルがクローネに聞きに来た。今まさに彼女の父親の救出作戦を展開しているだが、遠慮とか心配とかはしていないようだ。
もう、助かると決め付けているのかもしれない。
「誰が相手するんだ?こんな時せめて教官が居ればまともな対応できるかも知れないけどね、僕が出て行ったところで、年齢的に馬鹿扱いされるだけで、もっと怒らせちゃうだろう、ここはそっちから適当に、偉そうに見える人出して時間稼ぎしてくれないか?」
「はぁ?真剣に言ってるのか?」
少年少女しか居ない黒の家旅団第一部隊の士官や兵士よりも、傭兵団、狼牙の塔の団員の方がずいぶんと年齢層は高い。詰問に来ている騎兵指揮官より年齢が上の団員もごろごろいる。そういった連中はそれこそ大戦の全期間をとおして激戦を経験していたりして、確かに迫力は半端ない。
「まじめだよ、とにかく今こちらに必要なのは時間だ、もう煙幕弾も晴れる、そろそろ救出隊も戻る頃だ、それまで時間を稼げれば良い」
「ちっ、わかったよ、でも、どうなっても知らないからな、お~いセルゲイ、後はそうだな、ピエトロ神父!」
傭兵集団の中から、のっそりと大男が立ち上がってグリュネルの背後に立つ。巨人族の血でも引いているのかと思われるほどの大男で、三メートル近いのではないだろうか?高さだけでなく厚みもしっかりとあり、重厚な戦士である。
手に持っているのはこれまた異様で、マスケット銃を五丁、一括りにしたような武器を片手に軽々と持っている。一回の射撃で五発同時に弾を発射する武器だ。
それなら一回撃ったら、それでもう弾込め出来なさそうな武器だが、背中にこれまた五本に分かれた棒とその先にマスケット用の早合が仕込まれていることから、最低でも二回は銃撃できるのだろう。
腰には、普通一人で扱うのがやっとと言うくらいの諸刃の斧が、左右に一本ずつ装着されている、
「お嬢、用事か?そろそろ糧食の手配をしないと餓えて動けなくなる奴らが出てくるぜ」
「分かってる、だが契約はまだだ、親父が帰ってきたらすぐに交渉して夕飯にする、だけどその前に野暮用をかたづける」
「野暮用とはあちらの方々ですかお嬢?」
大男のインパクトが強すぎて第一部隊の面々は気付かなかったが、いつの間にかグリュネルの横には真っ黒いローブで全身を覆った男が並んでいた。身長はそれほどでもない。低めのグリュネルを、少し見下ろすくらいの身長差でしかない。
武器も見える所には装備していない。そう武器は
「いい加減、お前はその背中の物は止められねぇのか?」
「止めるとはなんて事を言うんですセルゲイさん、私は真実正しい神にお仕えしてるんです、これは止めるとか、そういうものではなく、もはや私の体の一部、それはいつか現れる救世主に対して、自らの行いを恥じない為の免罪符です」
「あ~うるせぇ、全く宗教家か傭兵屋か、どっちなんだお前は・・・・・・」
「どちらもです、私は神に恥じない為に心を宗教に捧げ、現世で生きるために、おやっさんに身を捧げる傭兵になったんです、この生き方は誰にも否定させません」
「ちょっとピエトロ黙って、あっちの指揮官があからさまに怪しんでるんだから」
騎乗したままこちらを睨みつけてくる。誰も応答しないので、背後の騎兵達に合図を出そうとしていたところ、変な三人組がこちらに向かってきた。
「お前ら、なんだ、道化師か?」
一瞬でセルゲイの手が動き、マスケット銃の化け物を騎兵指揮官に向けるが、すぐにグリュネルの黄色い瞳でで睨みつけられる。一番身長は小さく、一番幼く見えるグリュネルだが、腕力は熊種の力で、セルゲイと同等だ。
「いきなりは駄目、交渉する余地が有るなら交渉する、親父も言ってただろ?」
「そうですよセルゲイさん、ここは私にお任せ下さい、私が信奉する神について語れば、何処の国のどんな人とだって仲良くなれるはずですから」
ピエトロが自信満々に騎兵指揮官に歩みよる。指揮官は指揮官で、先ほどのセルゲイの動きに気付いていなかったようで、眉間に皴をよせたままピエトロを睨んでいる。
道化師風情が何を直訴するのだろうか?とでも思っていたのかもしれない。ただこの指揮官にとって不幸だったのは、彼は宗教というものはあまり信じていない性質で、メジャーな宗教であればまだ名前や風俗なんかも少しは知っていただろうが、ピエトロが信仰していた宗教は、今のこの星ではマイナーもマイナー。知っている種族の方が少ない新興宗教レベルの知名度しかなかった。だがその歴史は古く、この星に現存するどんな宗教よりも古代に生まれた物だった。
だが、そんな事を知る由もない指揮官は、なにげなく言ってしまったのだ。
「お前、なんでそんな重そうな物背負ってるんだ?それが芸風か?」
その言葉が口から放たれて四秒もかからなかっただろう。彼は自分が何で死んだか、その死の瞬間まで分からなかったに違いない。
何か黒っぽいものが視界の隅に写ったのが、彼がみた最後の物で、それはピエトロにとって聖遺物と呼ぶ重要なものだった。普段は彼の背中に背負われ、彼と共に寝食を共にしたそれは、十字の形をしており、ピエトロ曰く、これは死と再生の象徴なのだそうだ。
だが、セルゲイも、グリュネルもこの人間大の十字架にそんな奇跡の力が半分しか宿っていないことを知っている。
つまりこの十字架は、今の様に死を振りまくだけ振りまいて、再生のほうはそっちのけなのだ。ちなみにこの十字架の事をグリュネルは只の撲殺武器だとついこの間まで思っていた。
「お~いピエトロ・・・・・・、幾らなんでも手が早すぎるだろう?セルゲイとめたのに、ピエトロがやっちゃうんだもん」
「ですがお嬢、こちらの方は神を冒涜したんですよ?これは神罰であって、私とはなんら関係が有りません、悪魔のような所業を行おうとした堕落した存在に対し、神が鉄槌を下したんです、きっと」
「いいや、鉄槌下したのは間違いようも無くお前だ、お前、お嬢、どうするよ?お嬢の考えだと多分俺で脅して、ピエトロの与太話で時間稼ぎをする予定じゃなかったのか?」
「そうなんだけどぉ、ピエトロの馬鹿が・・・・・・」
「なんですか、悪いのは私ですか?」
叫ぶピエトロの前後左右で傭兵達が一斉にピエトロを指差して、頷く。それはまるで道化師集団演じる、喜劇の一幕みたいだ。
その為、指揮官を殺された騎兵部隊の反応が遅れた。まず何が起きたのか良く分かっていないというのが一番なのだろう。目の前でまさか騎兵が神父然とした男に十字架で撲殺されるとは想像もしていなかったに違いない。
それは第一部隊の面々も同じで、まさか交渉すると思っていた傭兵たちが、交渉のこの字も出さずに相手を撲殺するとは思っていなかった。特にそれを依頼したクローネは、下手をしたら指揮官を殺された騎兵隊よりも事態を把握していなかったかも知れない。
しかし、この場にあって、そんな茫然自失の状態に陥らなかった集団が居る。
そう、喜劇の担い手傭兵集団だ。
彼らはセルゲイの力も、その性格が短気な事も、ピエトロが聖職者だと自称している割に、切れやすく、必殺の十字架攻撃を持つ事も知っていた、だから彼らが呼ばれた時に既に結果をいくつか予測していた。
そしてこの結果は彼らが予測した中で、確立の高い方の出来事だった。だから誰一人動揺することなく、ちらりと全員がお嬢、グリュネルの表情を見る。傭兵将軍ヴァレンシュタインの秘蔵っ子を。
「あ~あ、仕方がないな、いっちゃって!」
気の無いそぶりでグリュネルが手を振ると、一気に時が動き出した。いつの間に、準備していたのか、無数のボウガンの矢が騎兵隊の最後尾に居た数名を襲う。
まずは、相手の退路を塞ぐ。
続いてセルゲイが、先ほどの五丁分のマスケット弾を発砲。通常の五倍の轟音と共に弾丸が飛ぶが、至近距離だったにもかかわらず、命中したのは二発のみ。命中率の高くないマスケット銃を五丁まとめても、当たるのはそんなものだ。だから彼は躊躇することなく、両腰に装備してある諸刃の斧を握り締め、手近にいた騎兵の首を飛ばす。さながらその姿は古代中国の豪傑のようだった。
さて、騎兵と言う、かかる経費の割に防御力の薄い兵種がまだ、この時代でも運用されているには訳がある。つまりは誇りとそれなりの運用方法だ。
中世であるような騎士同士の一騎打ちなど、小銃全盛のこの時代には起きるわけが無い。騎兵突撃も歩兵一人に小銃を持たせればそれだけで数騎が倒されてしまう。そんな費用対効果が悪い事はもう出来ない。
ならば騎兵の運用とは、広い範囲の斥候と、その機動力を生かした迂回擾乱攻撃、もしくは警戒行動だ。
主戦力が歩兵へと移っている今、騎兵は補助戦力として重宝していたし、やはり戦争と言えば馬を連想する貴族階級の者も多かった。その為に騎兵という兵種は生き残っていたのだ。
だが先ほども言ったとおり、防御力は思いっきり低い。しゃがんで被弾面積を少なくすることも、遮蔽物に隠れて反撃することも出来ない。出来る事と言えばその機動力で逃げるかかく乱するかだが、既に逃げ道は塞がれてしまった。
なまじ警戒態勢で、一塊になっていたのが災いした。だが国境の警備巡回行動を散開して行えというのも無理な話だ。
結果として、この騎兵隊は数分の時間で一気に傭兵団に殲滅された。爆発的な近接戦闘能力を見せ付けられて、第一部隊の兵士たちは戦慄する。
たかが中世の傭兵と侮る無かれ。戦場は彼らこそを祝福しているのだと。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
魔術師のロボット~最凶と呼ばれたパイロットによる世界変革記~
MS
SF
これは戦争に巻き込まれた少年が世界を変えるために戦う物語。
戦歴2234年、人型ロボット兵器キャスター、それは魔術師と呼ばれる一部の人しか扱えない兵器であった。
そのパイロットになるためアルバート・デグレアは軍の幼年学校に通っていて卒業まであと少しの時だった。
親友が起こしたキャスター強奪事件。
そして大きく変化する時代に巻き込まれていく。
それぞれの正義がぶつかり合うなかで徐々にその才能を開花させていき次々と大きな戦果を挙げていくが……。
新たな歴史が始まる。
************************************************
小説家になろう様、カクヨム様でも連載しております。
投降は当分の間毎日22時ごろを予定しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
❤️レムールアーナ人の遺産❤️
apusuking
SF
アランは、神代記の伝説〈宇宙が誕生してから40億年後に始めての知性体が誕生し、更に20億年の時を経てから知性体は宇宙に進出を始める。
神々の申し子で有るレムルアーナ人は、数億年を掛けて宇宙の至る所にレムルアーナ人の文明を築き上げて宇宙は人々で溢れ平和で共存共栄で発展を続ける。
時を経てレムルアーナ文明は予知せぬ謎の種族の襲来を受け、宇宙を二分する戦いとなる。戦争終焉頃にはレムルアーナ人は誕生星系を除いて衰退し滅亡するが、レムルアーナ人は後世の為に科学的資産と数々の奇跡的な遺産を残した。
レムールアーナ人に代わり3大種族が台頭して、やがてレムルアーナ人は伝説となり宇宙に蔓延する。
宇宙の彼方の隠蔽された星系に、レムルアーナ文明の輝かしい遺産が眠る。其の遺産を手にした者は宇宙を征するで有ろ。但し、辿り付くには3つの鍵と7つの試練を乗り越えねばならない。
3つの鍵は心の中に眠り、開けるには心の目を開いて真実を見よ。心の鍵は3つ有り、3つの鍵を開けて真実の鍵が開く〉を知り、其の神代記時代のレムールアーナ人が残した遺産を残した場所が暗示されていると悟るが、闇の勢力の陰謀に巻き込まれゴーストリアンが破壊さ
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
関西訛りな人工生命体の少女がお母さんを探して旅するお話。
虎柄トラ
SF
あるところに誰もがうらやむ才能を持った科学者がいた。
科学者は天賦の才を得た代償なのか、天涯孤独の身で愛する家族も頼れる友人もいなかった。
愛情に飢えた科学者は存在しないのであれば、創造すればいいじゃないかという発想に至る。
そして試行錯誤の末、科学者はありとあらゆる癖を詰め込んだ最高傑作を完成させた。
科学者は人工生命体にリアムと名付け、それはもうドン引きするぐらい溺愛した。
そして月日は経ち、可憐な少女に成長したリアムは二度目の誕生日を迎えようとしていた。
誕生日プレゼントを手に入れるため科学者は、リアムに留守番をお願いすると家を出て行った。
それからいくつも季節が通り過ぎたが、科学者が家に帰ってくることはなかった。
科学者が帰宅しないのは迷子になっているからだと、推察をしたリアムはある行動を起こした。
「お母さん待っててな、リアムがいま迎えに行くから!」
一度も外に出たことがない関西訛りな箱入り娘による壮大な母親探しの旅がいまはじまる。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる