遥かな星のアドルフ

和紗かをる

文字の大きさ
上 下
18 / 35
第4章「ハンガリー戦線」

4-3

しおりを挟む
一応クローネには、もし自分達が捕まったら交渉なんかしないで一目散に本隊と合流するようには言ってある。
 あのクローネのことだから冷静な顔して頷いていたが、下手したら救出隊の救出なんて馬鹿な真似をやりかねない。
「お~い、俺一人でこんな重そうなおっさん運べないよ!早く戻れ戻れ!」
 声の主は、ユリウスの位置からはまだ見えない。だが、重要な情報を二つ手に入れた。ヴァレンシュタインの大まかな位置と、彼の周囲に居る敵の数だ。
 おそらくヴァレンシュタインの近くには一人、周囲の警戒に出した兵士が通常なら三方向に出すので三人の三組で九人。全部で十人の偵察分隊といったところか。
 ハンガリー同盟軍も地に落ちたもんだ。大戦中最強だったのは勿論ドイツ連邦だが、一度だけ共同戦線を張ったことがあるハンガリー同盟軍も、ドイツ連邦軍とタメを張る精強さだったのだが。
 もしかしたらこいつらは、正規兵とは名ばかりの、貴族の私兵か何かなのかと疑ってしまいたくなる。もしくは最悪の予想として、こいつらは只の囮で、本当に精強な部隊が周囲を確保していたとか。
 いや、それはありえない。グリュネルの話からも、最初の襲撃の仕方が稚拙すぎる。脅すだけならばありなのだろうが、それならわざわざ林の中に偵察分隊を派遣する意味が分からない。
「考えても始まらないか」
 状況はこれ以上良くはならず、悪くなる可能性のほうが高い。ならばやるべきだ。
 ユリウスは膝立ちの姿勢のまま、上空に向かって信号弾を発射する。甲高い音と共に、三十メートル上空に赤い煙が立ち上る。この煙は第一部隊からも見えているし、勿論敵からも見えている事だろう。
 この信号弾を確認して、フェネが迫撃砲を発射するのに、何秒だ?そして着弾して煙幕が広がるまでは・・・・・・。
 信号弾を発射して三秒後には、ユリウスの周辺に銃弾が飛んでくる。
「なかなかやるな」
 信号弾発射から僅か三秒後には相手の位置をおおよそ特定して射撃してくるとは。先ほどの雰囲気では信号弾を見てもオロオロして少しは時間が稼げるかと思ったのだが。
 ちっと舌打ちするとユリウスは腹ばいの匍匐状態で銃弾を避ける。地面に張り付いた敵を倒すには経験が必要で、訓練でどうにかなるものではない。
「まだか・・・・・・」
 煙幕弾が飛来するまでの時間が永遠のように長く感じられる。敵も兵士としての訓練を受けているのならば、そろそろ制圧射撃だけじゃなく、銃剣を装備しての接敵行動に移るだろう。こっちは匍匐状態、一人二人ならば何とかなるかも知れないが、三人目に突き刺される運命が垣間見える。
「いたか?」
「いや、こっちには・・・・・・」
 敵の足音が近づく、後五歩の距離にいる。幸い大きな木の影と下生えの草に隠れてまだ発見されていないが、注意してみれば誰でも気付けるはずだ。
「んん?」
 敵の顔がこちらに向く。ふらふらとしていた視線が段々とこちらに固定されてくる。
 くっそ!
 こいつらなんなんだ?普通この距離なら発見してるだろう?なんで撃ってこない、演技か?誘ってるのか、こちら耐え切れず立ち上がった瞬間に何かするつもりなのか?
 ユリウスが両手に拳銃を握り、意を決して飛び出そうとした時、ついに待望のものがやってきた。
「おわっ!」
 それはユリウスの居た位置に一番近い兵士の頭の上に落下。ヘルメットの上から頭蓋骨を強打した。
 ヘルメットが無ければこの兵士は即死していただろうが、それでも寿命が若干延びたことが彼にとって幸せなことかどうかはわからない。
 ヘルメットと自分の頭皮との間から大量の血を流して倒れた兵士の横で、煙幕弾が本来の機能通りに煙幕を排出し始めた。
 一気に周囲が白い煙に覆われる。
 この瞬間を待ち受けていた三人の傭兵が即座に飛び起きて、あらかじめ狙いをつけていただろう間抜けな兵士を掃射する。
 悲鳴もそこそこに、ユリウスはさきほど当たりをつけたヴァレンシュタインの場所へと走る。
 煙を割って目的の場所に到着すると、既にリス種がヴァレンシュタインの体を支えて立ち上がっていた。
「行くぞ!」
 ぱっと見たところ、ヴァレンシュタインの体は血だらけで、生きているのか死んでいるのか分からない。だが先ほどの兵士の話では生きているのだろう。
 とにかく死体を届けるのか、それとも死にそうな奴を届けるのかでは、大分結果が変わってくる。
 クローネの甘ちゃんが、成功報酬を匂わせたせいで苦労する。
「ほらっ早くいけよ!」
 傭兵達をせかしては知らせようとするが、大柄なヴァレンシュタインをリス種とイタチ種が両脇から支えている為、速度が出ない。
「敵襲か!」
「奇襲だぞ!」
「どうせ相手は傭兵だ、数は多くても武器は少ない、軽機をもってこい!遮蔽物と一緒になぎ倒してやる!」
「まずい!」
 軽機とは、機関銃の種類のことで、重機関銃と、軽機関銃に分けられる。大砲と同じ様な分類の仕方が、簡単に言って重機関銃は陣地や要塞に固定して使用し、軽機関銃は軽砲と同じ様に持ち運んで使う機関銃の事だ。
 破壊力に重と軽の違いは若干あるが、重機関銃を越える性能の軽機関銃も無いわけじゃない。そしてここからが重要な事だが、ハンガリー同盟最大大手の兵器メーカー、ワルター&ステアー社は大戦時重機関銃の生産で大きく業績を伸ばした企業だが、大戦後には持ち運べる重機関銃をコンセプトにして、その開発に成功していた。
 弾数はベルト二段式の百発装備で、その破壊力は大戦時の重機関銃であったワルツローゼ重機関銃を越える性能を示したと発表。
 今、ユリウスたちを狙うべく運ばれている軽機関銃こそ、そのワルター&ステアー社が大戦後の世界を見据えて開発したMG9/A1、ヴィントヘルム軽機関銃だった。
「機関銃が来たら全滅だっ、お前らは直線距離で逃げろ、こっちは囮をやる!」
 あえて囮になる為に再度信号弾を発射する。
 最初の信号弾以外の合図は決めていないから、この信号弾でフェネが援護してくれる予定は無い。
 ただ、ヴァレンシュタインを逃がす為には、こっちに敵をひきつける必要があった。
「かかった!」
 煙幕を切り裂いて飛ぶ信号弾を見つけて、その発生源に発砲してきた。反射的に撃ってるだけかも知れないが、相変わらず反応速度は早い。
 ピシピシと周囲の木や葉に弾丸が当たる音がする。今はまだ小銃弾だが、これが機関銃の弾となるとピシピシなんて可愛い音ではなく、ドドドと言う破壊音に変わり、この辺りの木なんか打ち抜いてくる。
「あっちは、なんとかなると、いいな」
 既に煙幕のおかげで、傭兵達とヴァレンシュタインの姿は見えない。最悪一人の犠牲で、傭兵団を仲間に引き込むことが出来れば黒の家旅団としても、得な取引となるだろう。それに元々俺は黒の家とは関係の無い、しがない憲兵だしな。
 とは言いつつも、黒の家で教官家業をやっていた頃の事がユリウスの脳裏に思い出される。
「みんな素直で良い奴らばっかりだったな、リッヒはちょっとあれだけど、アドルフもまじめな奴だし、何とかなるだろう、ミントも手伝ってくれてるし」
 先ほどまでの小銃弾の音が消え、今度は重い音が戦場音楽を奏で始め、それに伴い、バキバキと樹木がなぎ倒される音が重奏し始める。
「狙いは、まぁ正確か」
 懐の拳銃で狙ってみようかとも思ったが、どう見ても機関銃手は百メートル以上の距離から撃ってきている。
 反撃は、するだけ無駄だった。
しおりを挟む

処理中です...