遥かな星のアドルフ

和紗かをる

文字の大きさ
上 下
17 / 35
第4章「ハンガリー戦線」

4-2

しおりを挟む
重砲部隊の援護とは言っても、敵に砲弾を放ったわけではない。盛大に空砲を撃っただけだ。何処を狙っているのか分からないが、何処からか砲声が聞こえると言うのは不気味な物で、それだけで敵の動きを少しは制約できるだろう。
 敵も先ほどの煙幕弾のおかげで、自分達が攻撃した相手が傭兵集団だけではないことに既に気づいていることだろう。空砲と併せて警戒して行動が慎重になれば儲け物だ。
「とにかく目的は救出、それだけだ、それ以外やってる余裕ないからな!」
 フェネとリス種、イタチ種、アナグマ種がそれぞれうなづく。傭兵団の連中は背中に分解した迫撃砲を背負ってもらい、弾薬はフェネが運ぶ。ユリウスは当初身軽であったが、目的地に着くまでの間に簡易的な担架を作ってそれを背負うことにした。
 四人で一チーム。速度が命だ。ユリウスは憲兵士官学校で習った事を思い出す。戦場では黄金よりも時間のほうが貴重で価値があると。失った拠点、失った武器、または失った仲間は補充が利くし、戦争をしていればそんなものは消費して当たり前だ。だが時間は補充が利かない上に、この時間の一分一秒で戦局が変わることが往々にしてある。
 だから過去にいたる全ての名将と呼ばれる存在は、時間を大事にし、また時間をコントロールして勝利を得てきた。
 今回ユリウスに求められる条件は敵に対する勝利ではない。傭兵団の代表、ヴァレンシュタイン傭兵将軍を救いだし、その後協力させる事が勝利条件だ。
「よっしここらで迫撃砲準備してくれ、傭兵団の連中は準備できたら出発する、フェネは俺達が目標に接触したら合図するから煙幕で支援してくれ」
「りょうかいです!」
 早速自分よりガタイも年齢も上の傭兵たちを急かしてフェネが迫撃砲を組みたてる。先ほどとは違い、扱いなれていない傭兵たちのため手間取るが、それでもフェネの指導の下、六分で設置完了した。
 迫撃砲設置を確認したユリウスは三人の傭兵を従えて、今度は姿勢を低くし、ゆっくりと哨戒しながら進む。
 各々の距離は七メートルほど。もう少し離れても視界は確保されているが、これから日が沈むことを考えての距離だ。
 声を出さずに手信号だけで背後につき従う傭兵達に合図を出す。さすがに傭兵、こちらの動きに即座に合わせてくる。こういったところは黒の家旅団の少年少女たちより明らかに経験が上だ。
 最新兵器は使えないかもしれないが、長い時間、戦場を往来している経験は伊達じゃない。ドイツ連邦の手信号もいつ学んだのか完璧に対応してくる。
 しかし、さすが傭兵だとユリウスは思わざるえない。実力も何も分からない初めて組む相手の動きにこうまで合わせてくるのだから。常備軍が常識になり傭兵という職業は根絶に向かってまっしぐらだが、こんな練度の高い連中、転換訓練を行えば相当な戦力になるんじゃないだろうか?
 がさっ
 低い姿勢で動いていたユリウスの左斜め前、十一時の方向に派手なハンガリー同盟を表す緑色軍服を着た正規兵の姿が現れた。
 向こうも散開して索敵しているようで、最初に見つけた正規兵から十メートル程はなれた場所に一人、更に十メートルで一人と、軍事教練マニュアル通りの展開をしている。
 やるか?
 目でこちらに合図をしてくる傭兵たち。見敵必殺が彼らの信条なのだろうが、今回は目的が違う。あくまで目的は救出がメインだ。
 駄目だ
 意思を込めて首を振る。背後で傭兵達がぐっと何かをこらえるように喉を鳴らす音が聞こえるが、それは無視する。
 彼らにしたって、団長であるヴァレンシュタイン傭兵将軍を助けることが一番だとは分かっているはずだ。だが、もしヴァレンシュタイン傭兵将軍が殺されていたり、攫われたりしていた場合、彼らの行動をとめる自信はユリウスには無かった。
 それは命令よりも大事な何かが、彼らとヴァレンシュタイン傭兵将軍との間にあるだろうから。
「お~い、何かいたか?」
「こっちはもういない、どうせ逃げたんだろう?頭目はあっちで確保したし、もう戻ろうぜ」
「だなぁあいつだけでも戦果になるだろう、ランテンベルグ子爵もこんな小物に拘って憂さ晴らししなくても」
「黙ってろ、俺達徴兵組はとにかく上に睨まれずに二年間を無事に過ごせばいいんだから、それに死者も居ない、こんな戦争ごっこなら気分転換になるだろう?」
「ははっ、違いない」
 正規兵たちがクルリと方向転換すると、そのままの警戒態勢で戻っていく。
 彼らの話を総合すると、この部隊の指揮官はハンガリー同盟の貴族様で、あまり人気は無いって事。それとこの部隊は徴兵された新兵が多く歴戦の部隊って訳じゃない事
 それに、最も重要だが、既にヴァレンシュタインはこの正規兵部隊に発見されていると言う事。
 おそらく彼らが向かう先に、ヴァレンシュタインが居る。
 前進して、相手を包囲する形に変更する合図を出す。傭兵達が頷き、僅かな草の音と共に動き出す。ユリウスは懐から、これは傭兵団から借りた発光信号弾を確認する。
 これは所謂狼煙がその運用効率から不便である為、火薬に顔料を混ぜたものを打ち上げる機械だ。
 形は拳銃に似ているが、その先端は指ならば四本は入りそうな空間に信号弾がつめてある。統一規格なんか無い時代の代物だから、弾と銃口の間に隙間があるのが非常に不安だが、やるしかない。
 信号弾を打ち上げれば、その場所にフェネは煙幕弾を投下してくるし、煙幕が展開したら傭兵達は一目散にヴァレンシュタインの元へと向かうことになっている。
 タイミングが全てだ。
 タイミングをはずしたら煙幕にまかれ、ヴァレンシュタインを捕捉することも出来ずに逃げるか、最悪は死ぬか捕まってしまう事もあるかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔術師のロボット~最凶と呼ばれたパイロットによる世界変革記~

MS
SF
これは戦争に巻き込まれた少年が世界を変えるために戦う物語。 戦歴2234年、人型ロボット兵器キャスター、それは魔術師と呼ばれる一部の人しか扱えない兵器であった。 そのパイロットになるためアルバート・デグレアは軍の幼年学校に通っていて卒業まであと少しの時だった。 親友が起こしたキャスター強奪事件。 そして大きく変化する時代に巻き込まれていく。 それぞれの正義がぶつかり合うなかで徐々にその才能を開花させていき次々と大きな戦果を挙げていくが……。 新たな歴史が始まる。 ************************************************ 小説家になろう様、カクヨム様でも連載しております。 投降は当分の間毎日22時ごろを予定しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

❤️レムールアーナ人の遺産❤️

apusuking
SF
 アランは、神代記の伝説〈宇宙が誕生してから40億年後に始めての知性体が誕生し、更に20億年の時を経てから知性体は宇宙に進出を始める。  神々の申し子で有るレムルアーナ人は、数億年を掛けて宇宙の至る所にレムルアーナ人の文明を築き上げて宇宙は人々で溢れ平和で共存共栄で発展を続ける。  時を経てレムルアーナ文明は予知せぬ謎の種族の襲来を受け、宇宙を二分する戦いとなる。戦争終焉頃にはレムルアーナ人は誕生星系を除いて衰退し滅亡するが、レムルアーナ人は後世の為に科学的資産と数々の奇跡的な遺産を残した。  レムールアーナ人に代わり3大種族が台頭して、やがてレムルアーナ人は伝説となり宇宙に蔓延する。  宇宙の彼方の隠蔽された星系に、レムルアーナ文明の輝かしい遺産が眠る。其の遺産を手にした者は宇宙を征するで有ろ。但し、辿り付くには3つの鍵と7つの試練を乗り越えねばならない。  3つの鍵は心の中に眠り、開けるには心の目を開いて真実を見よ。心の鍵は3つ有り、3つの鍵を開けて真実の鍵が開く〉を知り、其の神代記時代のレムールアーナ人が残した遺産を残した場所が暗示されていると悟るが、闇の勢力の陰謀に巻き込まれゴーストリアンが破壊さ

関西訛りな人工生命体の少女がお母さんを探して旅するお話。

虎柄トラ
SF
あるところに誰もがうらやむ才能を持った科学者がいた。 科学者は天賦の才を得た代償なのか、天涯孤独の身で愛する家族も頼れる友人もいなかった。 愛情に飢えた科学者は存在しないのであれば、創造すればいいじゃないかという発想に至る。 そして試行錯誤の末、科学者はありとあらゆる癖を詰め込んだ最高傑作を完成させた。 科学者は人工生命体にリアムと名付け、それはもうドン引きするぐらい溺愛した。 そして月日は経ち、可憐な少女に成長したリアムは二度目の誕生日を迎えようとしていた。 誕生日プレゼントを手に入れるため科学者は、リアムに留守番をお願いすると家を出て行った。 それからいくつも季節が通り過ぎたが、科学者が家に帰ってくることはなかった。 科学者が帰宅しないのは迷子になっているからだと、推察をしたリアムはある行動を起こした。 「お母さん待っててな、リアムがいま迎えに行くから!」 一度も外に出たことがない関西訛りな箱入り娘による壮大な母親探しの旅がいまはじまる。

惑星保護区

ラムダムランプ
SF
この物語について 旧人類と別宇宙から来た種族との出来事にまつわる話です。 概要 かつて地球に住んでいた旧人類と別宇宙から来た種族がトラブルを引き起こし、その事が発端となり、地球が宇宙の中で【保護区】(地球で言う自然保護区)に制定され 制定後は、他の星の種族は勿論、あらゆる別宇宙の種族は地球や現人類に対し、安易に接触、交流、知能や技術供与する事を固く禁じられた。 現人類に対して、未だ地球以外の種族が接触して来ないのは、この為である。 初めて書きますので読みにくいと思いますが、何卒宜しくお願い致します。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...