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序1
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少女は、何も、見たくは、無かった。
それまでが幸せではないにせよ、不幸とも思っていなかった現実が壊される瞬間の光景。
それまで信じていた物。
例えば親への絶対的な信頼だとか、神への愛、遥かの星のかなたからこの星にやってくる技術を持っていたご先祖様の直系子孫だと言う誇りだとか、そんな信じていた物の全てはあっという間に、彼女がどう思っていたか等とは全く関係なく、崩壊した。
少女が信じてたもの、その全てが、彼女の目の前で暴力と陵辱の中に押し流され、唯一残った親への信頼は、信頼対象たる母親が自らの上で死に絶えるまでは壊れなかったが、その母親の温もりが消え、固くなっていく体を引き剥がした相手が、いつもいつも家の中では威張っていて、でもそれだけじゃなくて、母親と冗談を言い交わしたり、ごく稀に機嫌がいいと、少女をひざの上に乗せて、彼のご先祖である人のやたらと情熱的で一方通行的な書物を読んで聞かせてくれたりもした相手。
父親の顔が、何かの液体で顔中をぐしょぐしょにぬらし、震える唇からは、何かの単語が繰り返されていた。
少女にとって父親は勿論、既知の存在だったのだが、その父親の顔を覆っている表情は、彼女にとって未知のものだった。
ぐっと、少女の体を抱きしめていた元母親と言う名の死体が強引に引き剥がされ、彼女の耳元に、とても人間が発するとは思えない、荷物を置いたような音が響く。
だが、既に少女の中、感情と呼ばれる部分は、簡単に許容量の限界を軽く突破しており、今の悲惨さや、これから起こるであろう無惨さを表情に表すことは無かった。
ただまっすぐに緑色の瞳が、自分の正面に立つ父親という生き物と、その周囲に立つ、人間じゃない生き物たちを感知していた。
その人間じゃない生き物は、映画で見るような昆虫のような姿も、リトルグレイの様なつるつるした肌も持っていない。
どちらかと言えば、人間と同じ哺乳類に良く似ていて、違う所と言ったら、毛深いところと、牙が生えているところ位だと少女は分析した。
感情を動かさない分、少女は自らの悲鳴を聞くこともなく、彼女の服を剥ぎ取る父親に恐怖することも、それを何か武器で強制させている数名の人間じゃない生き物に怯える事もなく、観察し、分析することが出来ていた。
それは彼女が大好きな絵本の一ページを、自分が見ているような感覚。
登場人物は自分と、父親と暴れ者たち数名。
でも自分は登場人物として名を連ねているだけで、本当の自分はこの絵本を、本の外から見ている筈。だから、この絵本の中で父親に服を剥ぎ取られ、人間じゃない暴れ者にその裸体の全てを視線で犯され、あまつさえ舌でも犯されている八歳の少女は自分ではない。
父親に体を背後から抑えられ、両足を暴れ者につかまれている哀れな少女は自分じゃないはず。
本当の自分はこの場所と良く似た、静かで安心できる家の中で、母親の軽い愚痴を聞きながら、どうせ不機嫌な顔して帰ってくる父親を待っているんだ。
僅かな時間だけ絵本を見て、それですぐに母親に叱られてご飯の準備を手伝うはずなんだ。
少女はそう思い込み、そして思い込んだとおりに本当の現実の体は無反応になり、そのまま実の父親に押さえつけられながら、哀れ若い命を散らすことが運命として確定しそうなその時、彼女の中の絵本は突然現実となり、痛みも哀しみも、怒りも無力感から来る感情の爆発も一気に噴出した。
それは彼女が見てしまったから。
彼女の唯一の親友で、町でしか会うことの出来ない悪がき連中のボス。
母親からも父親からも付き合うなとか、もう少し考えてとか言われていた対象。
金色に輝く髪の毛の頂きに、オレンジ色の三角耳を誇らしげに立てて、人類以外であることを主張している親友。
輝くオレンジの瞳と真っ白な肌を持ち、そしてその瞳から放たれる眼光はいつでも自信に満ち溢れ、そしていつでも強い感情を放っている。
今は、そう、彼女の瞳は怒りで燃えている。
それまでが幸せではないにせよ、不幸とも思っていなかった現実が壊される瞬間の光景。
それまで信じていた物。
例えば親への絶対的な信頼だとか、神への愛、遥かの星のかなたからこの星にやってくる技術を持っていたご先祖様の直系子孫だと言う誇りだとか、そんな信じていた物の全てはあっという間に、彼女がどう思っていたか等とは全く関係なく、崩壊した。
少女が信じてたもの、その全てが、彼女の目の前で暴力と陵辱の中に押し流され、唯一残った親への信頼は、信頼対象たる母親が自らの上で死に絶えるまでは壊れなかったが、その母親の温もりが消え、固くなっていく体を引き剥がした相手が、いつもいつも家の中では威張っていて、でもそれだけじゃなくて、母親と冗談を言い交わしたり、ごく稀に機嫌がいいと、少女をひざの上に乗せて、彼のご先祖である人のやたらと情熱的で一方通行的な書物を読んで聞かせてくれたりもした相手。
父親の顔が、何かの液体で顔中をぐしょぐしょにぬらし、震える唇からは、何かの単語が繰り返されていた。
少女にとって父親は勿論、既知の存在だったのだが、その父親の顔を覆っている表情は、彼女にとって未知のものだった。
ぐっと、少女の体を抱きしめていた元母親と言う名の死体が強引に引き剥がされ、彼女の耳元に、とても人間が発するとは思えない、荷物を置いたような音が響く。
だが、既に少女の中、感情と呼ばれる部分は、簡単に許容量の限界を軽く突破しており、今の悲惨さや、これから起こるであろう無惨さを表情に表すことは無かった。
ただまっすぐに緑色の瞳が、自分の正面に立つ父親という生き物と、その周囲に立つ、人間じゃない生き物たちを感知していた。
その人間じゃない生き物は、映画で見るような昆虫のような姿も、リトルグレイの様なつるつるした肌も持っていない。
どちらかと言えば、人間と同じ哺乳類に良く似ていて、違う所と言ったら、毛深いところと、牙が生えているところ位だと少女は分析した。
感情を動かさない分、少女は自らの悲鳴を聞くこともなく、彼女の服を剥ぎ取る父親に恐怖することも、それを何か武器で強制させている数名の人間じゃない生き物に怯える事もなく、観察し、分析することが出来ていた。
それは彼女が大好きな絵本の一ページを、自分が見ているような感覚。
登場人物は自分と、父親と暴れ者たち数名。
でも自分は登場人物として名を連ねているだけで、本当の自分はこの絵本を、本の外から見ている筈。だから、この絵本の中で父親に服を剥ぎ取られ、人間じゃない暴れ者にその裸体の全てを視線で犯され、あまつさえ舌でも犯されている八歳の少女は自分ではない。
父親に体を背後から抑えられ、両足を暴れ者につかまれている哀れな少女は自分じゃないはず。
本当の自分はこの場所と良く似た、静かで安心できる家の中で、母親の軽い愚痴を聞きながら、どうせ不機嫌な顔して帰ってくる父親を待っているんだ。
僅かな時間だけ絵本を見て、それですぐに母親に叱られてご飯の準備を手伝うはずなんだ。
少女はそう思い込み、そして思い込んだとおりに本当の現実の体は無反応になり、そのまま実の父親に押さえつけられながら、哀れ若い命を散らすことが運命として確定しそうなその時、彼女の中の絵本は突然現実となり、痛みも哀しみも、怒りも無力感から来る感情の爆発も一気に噴出した。
それは彼女が見てしまったから。
彼女の唯一の親友で、町でしか会うことの出来ない悪がき連中のボス。
母親からも父親からも付き合うなとか、もう少し考えてとか言われていた対象。
金色に輝く髪の毛の頂きに、オレンジ色の三角耳を誇らしげに立てて、人類以外であることを主張している親友。
輝くオレンジの瞳と真っ白な肌を持ち、そしてその瞳から放たれる眼光はいつでも自信に満ち溢れ、そしていつでも強い感情を放っている。
今は、そう、彼女の瞳は怒りで燃えている。
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