遥かな星のアドルフ

和紗かをる

文字の大きさ
上 下
1 / 35

序1

しおりを挟む
 少女は、何も、見たくは、無かった。
 それまでが幸せではないにせよ、不幸とも思っていなかった現実が壊される瞬間の光景。
 それまで信じていた物。
例えば親への絶対的な信頼だとか、神への愛、遥かの星のかなたからこの星にやってくる技術を持っていたご先祖様の直系子孫だと言う誇りだとか、そんな信じていた物の全てはあっという間に、彼女がどう思っていたか等とは全く関係なく、崩壊した。
 少女が信じてたもの、その全てが、彼女の目の前で暴力と陵辱の中に押し流され、唯一残った親への信頼は、信頼対象たる母親が自らの上で死に絶えるまでは壊れなかったが、その母親の温もりが消え、固くなっていく体を引き剥がした相手が、いつもいつも家の中では威張っていて、でもそれだけじゃなくて、母親と冗談を言い交わしたり、ごく稀に機嫌がいいと、少女をひざの上に乗せて、彼のご先祖である人のやたらと情熱的で一方通行的な書物を読んで聞かせてくれたりもした相手。
 父親の顔が、何かの液体で顔中をぐしょぐしょにぬらし、震える唇からは、何かの単語が繰り返されていた。
 少女にとって父親は勿論、既知の存在だったのだが、その父親の顔を覆っている表情は、彼女にとって未知のものだった。
 ぐっと、少女の体を抱きしめていた元母親と言う名の死体が強引に引き剥がされ、彼女の耳元に、とても人間が発するとは思えない、荷物を置いたような音が響く。
だが、既に少女の中、感情と呼ばれる部分は、簡単に許容量の限界を軽く突破しており、今の悲惨さや、これから起こるであろう無惨さを表情に表すことは無かった。
 ただまっすぐに緑色の瞳が、自分の正面に立つ父親という生き物と、その周囲に立つ、人間じゃない生き物たちを感知していた。
 その人間じゃない生き物は、映画で見るような昆虫のような姿も、リトルグレイの様なつるつるした肌も持っていない。
 どちらかと言えば、人間と同じ哺乳類に良く似ていて、違う所と言ったら、毛深いところと、牙が生えているところ位だと少女は分析した。
 感情を動かさない分、少女は自らの悲鳴を聞くこともなく、彼女の服を剥ぎ取る父親に恐怖することも、それを何か武器で強制させている数名の人間じゃない生き物に怯える事もなく、観察し、分析することが出来ていた。
 それは彼女が大好きな絵本の一ページを、自分が見ているような感覚。
 登場人物は自分と、父親と暴れ者たち数名。
 でも自分は登場人物として名を連ねているだけで、本当の自分はこの絵本を、本の外から見ている筈。だから、この絵本の中で父親に服を剥ぎ取られ、人間じゃない暴れ者にその裸体の全てを視線で犯され、あまつさえ舌でも犯されている八歳の少女は自分ではない。
 父親に体を背後から抑えられ、両足を暴れ者につかまれている哀れな少女は自分じゃないはず。
 本当の自分はこの場所と良く似た、静かで安心できる家の中で、母親の軽い愚痴を聞きながら、どうせ不機嫌な顔して帰ってくる父親を待っているんだ。
 僅かな時間だけ絵本を見て、それですぐに母親に叱られてご飯の準備を手伝うはずなんだ。
 少女はそう思い込み、そして思い込んだとおりに本当の現実の体は無反応になり、そのまま実の父親に押さえつけられながら、哀れ若い命を散らすことが運命として確定しそうなその時、彼女の中の絵本は突然現実となり、痛みも哀しみも、怒りも無力感から来る感情の爆発も一気に噴出した。
 それは彼女が見てしまったから。
 彼女の唯一の親友で、町でしか会うことの出来ない悪がき連中のボス。
 母親からも父親からも付き合うなとか、もう少し考えてとか言われていた対象。
 金色に輝く髪の毛の頂きに、オレンジ色の三角耳を誇らしげに立てて、人類以外であることを主張している親友。
 輝くオレンジの瞳と真っ白な肌を持ち、そしてその瞳から放たれる眼光はいつでも自信に満ち溢れ、そしていつでも強い感情を放っている。
 今は、そう、彼女の瞳は怒りで燃えている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

年下の地球人に脅されています

KUMANOMORI(くまのもり)
SF
 鵲盧杞(かささぎ ろき)は中学生の息子を育てるシングルマザーの宇宙人だ。  盧杞は、息子の玄有(けんゆう)を普通の地球人として育てなければいけないと思っている。  ある日、盧杞は後輩の社員・谷牧奨馬から、見覚えのないセクハラを訴えられる。  セクハラの件を不問にするかわりに、「自分と付き合って欲しい」という谷牧だったが、盧杞は元夫以外の地球人に興味がない。  さらに、盧杞は旅立ちの時期が近づいていて・・・    シュール系宇宙人ノベル。

暴走♡アイドル ~ヨアケノテンシ~

雪ノ瀬瞬
青春
アイドルになりたい高校1年生。暁愛羽が地元神奈川の小田原で友達と暴走族を結成。 神奈川は横浜、相模原、湘南、小田原の4大暴走族が敵対し合い、そんな中たった数人でチームを旗揚げする。 しかし4大暴走族がにらみ合う中、関東最大の超大型チーム、東京連合の魔の手が神奈川に忍びより、愛羽たちは狩りのターゲットにされてしまう。 そして仲間は1人、また1人と潰されていく。 総員1000人の東京連合に対し愛羽たちはどう戦うのか。 どうすれば大切な仲間を守れるのか。 暴走族とは何か。大切なものは何か。 少女たちが悩み、葛藤した答えは何なのか。 それは読んだ人にしか分からない。 前髪パッツンのポニーテールのチビが強い! そして飛ぶ、跳ぶ、翔ぶ! 暴走アイドルは出てくるキャラがみんなカッコいいので、きっとアイドルたちがあなたの背中も押してくれると思います。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

まひびとがたり

パン治郎
歴史・時代
時は千年前――日ノ本の都の周辺には「鬼」と呼ばれる山賊たちが跋扈していた。 そこに「百鬼の王」と怖れ称された「鬼童丸」という名の一人の男――。 鬼童丸のそばにはいつも一人の少女セナがいた。 セナは黒衣をまとい、陰にひそみ、衣擦れの音すら立てない様子からこう呼ばれた。 「愛宕の黒猫」――。 そんな黒猫セナが、鬼童丸から受けた一つの密命。 それはのちの世に大妖怪とあだ名される時の帝の暗殺だった。 黒猫は天賦の舞の才能と冷酷な暗殺術をたずさえて、謡舞寮へと潜入する――。 ※コンセプトは「朝ドラ×大河ドラマ」の中高生向けの作品です。  平安時代末期、貴族の世から武士の世への転換期を舞台に、実在の歴史上の人物をモデルにしてファンタジー的な時代小説にしています。 ※※誤字指摘や感想などぜひともお寄せください!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

【完結】永遠の旅人

邦幸恵紀
SF
高校生・椎名達也は、未来人が創設した〈時間旅行者協会〉の職員ライアンに腕時計型タイム・マシンを使われ、強引に〈協会〉本部へと連れてこられる。実は達也はマシンなしで時空間移動ができる〝時間跳躍者〟で、ライアンはかつて別時空の達也と偶然会っていた。以来、執念深く達也を捜しつづけたライアンの目的とは。

処理中です...