11 / 34
第3章 妖精女王と幼女の謁見
3-2
しおりを挟む
それから数分。
鬱蒼とした森の木々がいきなり途切れ、頭上にポボスとデイモスの放つ白銀の光が満ちるころ、学校のプールよりもわずかに小さい円形の泉が現れた。
泉の周りは背の低いやわらかそうな草に覆われ、背後の木の根がぼこぼことしている歩きにくい場所とは大違いだ。
暗闇に突然白銀の光が降り注いだ様な、幻想的な光景に私だけじゃなく、ユルヘンもほぉっと息を吐いて見とれている。
「女王がいらっしゃるわ、人間、心をしっかりと持ちなさい」
フィの声と同時かそれよりわずかに後、それまで何も無い泉の中に突然四角い無骨な岩が現れた。まるで今まで画像の消しゴム機能で消されていたかのように、何の予兆もなくだ。
その岩に注意を向けていると、今度はリィイン、リィインと金属製の風鈴の様な音が最初は小さく、次第にうるさいぐらいに響き、最後には顎が揺れて歯が勝手に音を出すくらいの波動の様なものになった。耳は同じ音ばかり聞いたせいでとっくに馬鹿になりかけている。
うるさ~いと、怒鳴ってやりたいけど、口をあけて喋っているつもりなのに、声を発している感覚が無い。なんだろうこれ?静寂の魔法でもかけられた?
「女王陛下のお出ましであるっ、みなのもの頭を垂れよ、心に賛美を持ち、謁見を喜ばれん事を」
腹の底に響く重低音の男の人の声だった。
いつの間にか、金属製風鈴みたいな音は止んでいた。
音のせいで自然に下がっていた首を少しだけ動かすと、泉の周囲に八人、子供が護衛をする様に水を背にして立っている。
手にはそれぞれ槍とか旗とか持っていて、本当の護衛兵みたいに見える。
子供じゃなければ、だけどね・・・。
そして、中央の先ほど見た岩の上には薄い布を幾重にも重ねた服を着た、裸足の人がいた。これ以上首を動かせば護衛兵の人に怒られてしまうだろうから、見えたのは足だけだ。
「女王、フォンタインフィ様、賢き世界の賢者、大いなる力の調整者様、ここにお伝えしておりました人の子を連れてまいりました」
先ほどまで、どこか軽い雰囲気を持って道案内をしてくれたフィも、厳かな語り口で女王に話しかけている。前の世界でこんな光景は見た事がないから、ドギマギだ。偉い人とか言っても校長とか父兄にぺこぺこしていたし、議員さんとかも選挙カーから降りて普通のおじさん、おばさんにぺこぺこして握手していたのしか見たことがない。
つまり、これが女王ってことなんだろう。
「人の子、名はなんと言う?」
深く柔らかく、その言葉はすっと私の中に入ってきた。人ならユルヘンもいるからもしかしたら私が聞かれたのでは無いかもしれないけど、私は自然に口を開いていた。
「じょ、女王様、わたしは、ハルと言います、人間です・・・」
「・・・」
顔を上げずに答えたから、私の返答に妖精女王がどんな表情をしたかまったくわからない。沈黙が重い。護衛兵の皆さんも道案内してくれたフィも、女王の質問に言葉を挟めるはずも無く、場がピーンとした静けさに包まれる。
も、もう、この沈黙、神経が辛い・・・。
「あの、妖精女王?」
「ふむ、面白きかな人よ、お前はハルと言う名だと言っておるが、それは必ずしも真実ではない、真実ではないならばこの私を謀った罪で万死を与えるところだけど、全部が全部嘘でもない、面白きかな人よ」
妖精女王が何を言っているのか最初意味がわからなかったがけど、つまり、私の体はハルで間違いないけれど、中身が違うって言っているんだと思う。
さすが妖精女王。どこかのラノベでも読んだ事の無いキャラだけど、女王って言うくらい凄いんだ。
この世界に来て、まだ私が私であることを誰にも気づかれていない。ユルヘンにはちょっと失敗してバレそうだけど・・・。
それでも会って一分でバレるなんて。
「えっと、そ、その事について、じゃない、つきましてわ、自分でも良くわからないっ、わからないのです女王」
「・・・、ふふっ、良いよ人間、もう頭を上げなさい、そんなに緊張していると話もろくに出来ないではないか、そちの名、ハルがまがい物では無いことは我にはわかるしの」
「女王?少しは威厳を保ちませぬと・・・」
横の護衛兵さんにたしなめられる妖精女王だったが、軽く手を振って制す。
「あ、あの、よろしいのですか?」
「構わないわよ、本当はね、この堅物たちが言うからやっただけでね、我は最初から貴方を恩人として遇するつもりだったのだから、ほらほら顔を上げて?」
「はい・・・」
なんか事情は判らないけど、促されて顔を上げてみる。
視線の先には大きな黒目と長いウェーブのかかった黒髪が腰まで伸びている。幾重にも重ねた布はきっちりと体を覆うのではなく、肩にかけたような状態で、合わせ目から白い肌が見え隠れしている。
「綺麗・・・はっ、すみません」
つい見とれてしまった。
絵画の世界というか、つまり幻想的過ぎてもう凄い。厳かな雰囲気と茶目っ気ある笑顔で、男の人だけじゃなく、女の人だって簡単に魅了出来そうだ。
「うふふっ、良い良い、本当に面白きかな人よ、便宜上はハルと呼んだがよいか?」
「はいっ妖精女王様」
「女王様は止めて、恩人であるからハルには私をフォンと呼んでよいぞ」
「ありがとうございます、フォン様」
いくら女王様は止めてといわれたからって、フォンといきなり呼び捨ては難しい。
「ここで、ハルには小さきフィを助けてもらった礼をしたいと思う、しかしその前にハルは自身の状態を聞いておいてもらいたい」
「お願いいたします」
ぜひ聞いておきたい。
なんかのスーパーパワーで私の状況が判るのなら知りたいし、帰れるなら早く帰りたいんだ。
「まず、ハルよ、そなたの本当の名を持つ魂は、すでにこの世界に定着を始めておる、体の器をなくしたとて、この世界に留まることになる」
死んだら元の世界に戻れるんじゃないかって思ってたけど、駄目でした・・・。
本当、元の世界に戻る方法は無いのかな?
「次にその体の魂であるが、まだその体の中にいるぞ、黒くて小さく硬い壁に覆われて、石粒のようではあるが、まだ体の中にいるのは間違いない」
あれ~ハルの魂もまだ体の中にいるんだ。それって私が眠りについたりとかしたら出てくる感じなのかな?夜と昼で人格違う的な二重人格とか?
「それはない、この石粒の様な魂は世界の理を拒否しておる、もしこの魂に体を預けたとて、すぐに死してしまうであろうな、だが未だに本能の一部が体に影響を与えているのう」
やっぱり。私の異常な飢餓感はこのハルの魂の欠片のせいって事だ。
彼女がこの体を使っていたころの強い想いとかが残滓として体に影響を与えているって事か・・・。
「そんなぁ、じゃあもうその魂は助けられないの、ですか?」
「わからぬな、本来であれば体に残っているのがおかしな現象での、消えるのか、ずっと残るのか皆目検討がつかぬよ」
そっか、妖精女王をしても判らないなら、私程度に判るはずも無い。間借りしている私としては気まずいけど、とりあえずこのままやっていくしかなさそうだ。死んでも元の世界に戻れないなら、とにかく生きるしかないし。
「えっと、ハル、それってどういう?」
背後で私と妖精女王の会話を聞いていたユルヘンが、勇気を出して聞いてきた。彼の性格上、他人が話している所に口を出すなんて出来ないだろうに、あえてそれをやるにはかなりの勇気が必要だったろう。
「ごめんね、ユルヘン、私はユルヘンの知っている私じゃないの、ハルはね、まだいるけど体を動かしたくないからって隅っこで小さくなっちゃって、だから今は私がハルの体を借りているんだ」
隠しても仕方が無い。私にも良く判らなかったけど妖精女王の言葉で判った事もある。この体の元の持ち主であるハルの魂がなくなっていない事と、私がやっぱり異世界から来たって事だ。可能性の一つとして、これはハルである私があまりの暮らしの辛さに狂ってしまい、一人夢で、私うという人格を作り出したのかもしれないとか、そんな事も考えていたんだ。
「そんな、ハル、じゃあ、ハルはもうハルじゃないの?」
「そう、だね、ユルヘンが知っているハルって事なら、今日から違う」
「今日から?」
「今日ユルエンに会った時はもう私はハルじゃなかったの、彼女がどうして体の中に引きこもったかは知らないけど、いつの間にか私は彼女の体を借りていた・・・」
「そう、なんだ・・・」
う~ん、やっぱりって言うか当たり前って感じでユルヘンを落ち込ませてしまった。本当にそうはさせたくなかったけど、嘘はいやだ。
ユルヘンは私から力なく離れると、一人で膝を抱いて蹲ってしまった。
「良いか?すでにその体の支配権はソナタだ、もし望むなら前の持ち主の魂をこちらで預かることも出来るぞ?」
「それって・・・」
「そうすればソナタの体に対する影響は無くなる、体の支配権を確実にするということだな」
そうなれば体から発する飢餓感はだいぶマシになるだろう。少なくとも道端の草を食べようとは思わないかもしれない。
「どうする?」
「すみません、フォン様、それは遠慮しておきます」
「よいのか?」
「ええっ、私は所詮間借りしている異世界の人間ですから、本来の持ち主がいるなら彼女が出てきて、返せ~!って言ってきたら考えます、それまでは私が借りて生きていきます」
いくら体の支配権を他人に譲り、魂の隅っこに引きこもったとしても、この体の持ち主はハルであって私ではないんだから。
「ねぇ、ユルヘンそれじゃあ駄目かな」
未だに膝を抱いているユルヘンに語りかける。ぴくっと動いたから聞いていないわけではないようだ。
「私が今は、ハルの体を借りているんだけど、彼女が表に出たくなるまでって事でいいかな?私も今の今、ハルを見捨ててどっかに行こうってのもなんか無責任な気がするの、私はわたしが出来る限り、今は彼女のためにも私のためにも、生きようと思うんだ」
私も彼女と同じように生きるのをあきらめたら、このハルという体と魂はなくなってしまう。だから、とにかく生きようと思うんだ。彼女の飢餓感を乗り越えて腹一杯ご飯が食べれるようになったら、彼女も表に出ようかなって思うかも知れないし。
「・・・・・・う、うん・・・」
か細い声だったけど、しっかりと私の耳には聞こえた。
「ありがとうユルヘン」
「昔のさ、ハルだったら、スヒァーと睨み合いとか、妖精食いに立ち向かったりさ、しなかったんだ、でも今のハルはした、凄いなって思うし、今はもっと凄い妖精女王様とか会ってるし、知らないだろうから教えておくけど、妖精女王様ってね世界に魔法を伝えた十三人のうちの一人なんだよ」
「前のハルのが良かったの?」
「いいや、今のハルも魂のどっかは前のハルなんでしょ、ならそのハルを蹴飛ばして起こすくらい美味しい物をおなか一杯食べれる様になったら、きっと、ずるいよぉとか言って出てくるかも?」
「あぁ、やっぱりハルってそんな感じの子」
「うん、そんな感じの子さ」
鬱蒼とした森の木々がいきなり途切れ、頭上にポボスとデイモスの放つ白銀の光が満ちるころ、学校のプールよりもわずかに小さい円形の泉が現れた。
泉の周りは背の低いやわらかそうな草に覆われ、背後の木の根がぼこぼことしている歩きにくい場所とは大違いだ。
暗闇に突然白銀の光が降り注いだ様な、幻想的な光景に私だけじゃなく、ユルヘンもほぉっと息を吐いて見とれている。
「女王がいらっしゃるわ、人間、心をしっかりと持ちなさい」
フィの声と同時かそれよりわずかに後、それまで何も無い泉の中に突然四角い無骨な岩が現れた。まるで今まで画像の消しゴム機能で消されていたかのように、何の予兆もなくだ。
その岩に注意を向けていると、今度はリィイン、リィインと金属製の風鈴の様な音が最初は小さく、次第にうるさいぐらいに響き、最後には顎が揺れて歯が勝手に音を出すくらいの波動の様なものになった。耳は同じ音ばかり聞いたせいでとっくに馬鹿になりかけている。
うるさ~いと、怒鳴ってやりたいけど、口をあけて喋っているつもりなのに、声を発している感覚が無い。なんだろうこれ?静寂の魔法でもかけられた?
「女王陛下のお出ましであるっ、みなのもの頭を垂れよ、心に賛美を持ち、謁見を喜ばれん事を」
腹の底に響く重低音の男の人の声だった。
いつの間にか、金属製風鈴みたいな音は止んでいた。
音のせいで自然に下がっていた首を少しだけ動かすと、泉の周囲に八人、子供が護衛をする様に水を背にして立っている。
手にはそれぞれ槍とか旗とか持っていて、本当の護衛兵みたいに見える。
子供じゃなければ、だけどね・・・。
そして、中央の先ほど見た岩の上には薄い布を幾重にも重ねた服を着た、裸足の人がいた。これ以上首を動かせば護衛兵の人に怒られてしまうだろうから、見えたのは足だけだ。
「女王、フォンタインフィ様、賢き世界の賢者、大いなる力の調整者様、ここにお伝えしておりました人の子を連れてまいりました」
先ほどまで、どこか軽い雰囲気を持って道案内をしてくれたフィも、厳かな語り口で女王に話しかけている。前の世界でこんな光景は見た事がないから、ドギマギだ。偉い人とか言っても校長とか父兄にぺこぺこしていたし、議員さんとかも選挙カーから降りて普通のおじさん、おばさんにぺこぺこして握手していたのしか見たことがない。
つまり、これが女王ってことなんだろう。
「人の子、名はなんと言う?」
深く柔らかく、その言葉はすっと私の中に入ってきた。人ならユルヘンもいるからもしかしたら私が聞かれたのでは無いかもしれないけど、私は自然に口を開いていた。
「じょ、女王様、わたしは、ハルと言います、人間です・・・」
「・・・」
顔を上げずに答えたから、私の返答に妖精女王がどんな表情をしたかまったくわからない。沈黙が重い。護衛兵の皆さんも道案内してくれたフィも、女王の質問に言葉を挟めるはずも無く、場がピーンとした静けさに包まれる。
も、もう、この沈黙、神経が辛い・・・。
「あの、妖精女王?」
「ふむ、面白きかな人よ、お前はハルと言う名だと言っておるが、それは必ずしも真実ではない、真実ではないならばこの私を謀った罪で万死を与えるところだけど、全部が全部嘘でもない、面白きかな人よ」
妖精女王が何を言っているのか最初意味がわからなかったがけど、つまり、私の体はハルで間違いないけれど、中身が違うって言っているんだと思う。
さすが妖精女王。どこかのラノベでも読んだ事の無いキャラだけど、女王って言うくらい凄いんだ。
この世界に来て、まだ私が私であることを誰にも気づかれていない。ユルヘンにはちょっと失敗してバレそうだけど・・・。
それでも会って一分でバレるなんて。
「えっと、そ、その事について、じゃない、つきましてわ、自分でも良くわからないっ、わからないのです女王」
「・・・、ふふっ、良いよ人間、もう頭を上げなさい、そんなに緊張していると話もろくに出来ないではないか、そちの名、ハルがまがい物では無いことは我にはわかるしの」
「女王?少しは威厳を保ちませぬと・・・」
横の護衛兵さんにたしなめられる妖精女王だったが、軽く手を振って制す。
「あ、あの、よろしいのですか?」
「構わないわよ、本当はね、この堅物たちが言うからやっただけでね、我は最初から貴方を恩人として遇するつもりだったのだから、ほらほら顔を上げて?」
「はい・・・」
なんか事情は判らないけど、促されて顔を上げてみる。
視線の先には大きな黒目と長いウェーブのかかった黒髪が腰まで伸びている。幾重にも重ねた布はきっちりと体を覆うのではなく、肩にかけたような状態で、合わせ目から白い肌が見え隠れしている。
「綺麗・・・はっ、すみません」
つい見とれてしまった。
絵画の世界というか、つまり幻想的過ぎてもう凄い。厳かな雰囲気と茶目っ気ある笑顔で、男の人だけじゃなく、女の人だって簡単に魅了出来そうだ。
「うふふっ、良い良い、本当に面白きかな人よ、便宜上はハルと呼んだがよいか?」
「はいっ妖精女王様」
「女王様は止めて、恩人であるからハルには私をフォンと呼んでよいぞ」
「ありがとうございます、フォン様」
いくら女王様は止めてといわれたからって、フォンといきなり呼び捨ては難しい。
「ここで、ハルには小さきフィを助けてもらった礼をしたいと思う、しかしその前にハルは自身の状態を聞いておいてもらいたい」
「お願いいたします」
ぜひ聞いておきたい。
なんかのスーパーパワーで私の状況が判るのなら知りたいし、帰れるなら早く帰りたいんだ。
「まず、ハルよ、そなたの本当の名を持つ魂は、すでにこの世界に定着を始めておる、体の器をなくしたとて、この世界に留まることになる」
死んだら元の世界に戻れるんじゃないかって思ってたけど、駄目でした・・・。
本当、元の世界に戻る方法は無いのかな?
「次にその体の魂であるが、まだその体の中にいるぞ、黒くて小さく硬い壁に覆われて、石粒のようではあるが、まだ体の中にいるのは間違いない」
あれ~ハルの魂もまだ体の中にいるんだ。それって私が眠りについたりとかしたら出てくる感じなのかな?夜と昼で人格違う的な二重人格とか?
「それはない、この石粒の様な魂は世界の理を拒否しておる、もしこの魂に体を預けたとて、すぐに死してしまうであろうな、だが未だに本能の一部が体に影響を与えているのう」
やっぱり。私の異常な飢餓感はこのハルの魂の欠片のせいって事だ。
彼女がこの体を使っていたころの強い想いとかが残滓として体に影響を与えているって事か・・・。
「そんなぁ、じゃあもうその魂は助けられないの、ですか?」
「わからぬな、本来であれば体に残っているのがおかしな現象での、消えるのか、ずっと残るのか皆目検討がつかぬよ」
そっか、妖精女王をしても判らないなら、私程度に判るはずも無い。間借りしている私としては気まずいけど、とりあえずこのままやっていくしかなさそうだ。死んでも元の世界に戻れないなら、とにかく生きるしかないし。
「えっと、ハル、それってどういう?」
背後で私と妖精女王の会話を聞いていたユルヘンが、勇気を出して聞いてきた。彼の性格上、他人が話している所に口を出すなんて出来ないだろうに、あえてそれをやるにはかなりの勇気が必要だったろう。
「ごめんね、ユルヘン、私はユルヘンの知っている私じゃないの、ハルはね、まだいるけど体を動かしたくないからって隅っこで小さくなっちゃって、だから今は私がハルの体を借りているんだ」
隠しても仕方が無い。私にも良く判らなかったけど妖精女王の言葉で判った事もある。この体の元の持ち主であるハルの魂がなくなっていない事と、私がやっぱり異世界から来たって事だ。可能性の一つとして、これはハルである私があまりの暮らしの辛さに狂ってしまい、一人夢で、私うという人格を作り出したのかもしれないとか、そんな事も考えていたんだ。
「そんな、ハル、じゃあ、ハルはもうハルじゃないの?」
「そう、だね、ユルヘンが知っているハルって事なら、今日から違う」
「今日から?」
「今日ユルエンに会った時はもう私はハルじゃなかったの、彼女がどうして体の中に引きこもったかは知らないけど、いつの間にか私は彼女の体を借りていた・・・」
「そう、なんだ・・・」
う~ん、やっぱりって言うか当たり前って感じでユルヘンを落ち込ませてしまった。本当にそうはさせたくなかったけど、嘘はいやだ。
ユルヘンは私から力なく離れると、一人で膝を抱いて蹲ってしまった。
「良いか?すでにその体の支配権はソナタだ、もし望むなら前の持ち主の魂をこちらで預かることも出来るぞ?」
「それって・・・」
「そうすればソナタの体に対する影響は無くなる、体の支配権を確実にするということだな」
そうなれば体から発する飢餓感はだいぶマシになるだろう。少なくとも道端の草を食べようとは思わないかもしれない。
「どうする?」
「すみません、フォン様、それは遠慮しておきます」
「よいのか?」
「ええっ、私は所詮間借りしている異世界の人間ですから、本来の持ち主がいるなら彼女が出てきて、返せ~!って言ってきたら考えます、それまでは私が借りて生きていきます」
いくら体の支配権を他人に譲り、魂の隅っこに引きこもったとしても、この体の持ち主はハルであって私ではないんだから。
「ねぇ、ユルヘンそれじゃあ駄目かな」
未だに膝を抱いているユルヘンに語りかける。ぴくっと動いたから聞いていないわけではないようだ。
「私が今は、ハルの体を借りているんだけど、彼女が表に出たくなるまでって事でいいかな?私も今の今、ハルを見捨ててどっかに行こうってのもなんか無責任な気がするの、私はわたしが出来る限り、今は彼女のためにも私のためにも、生きようと思うんだ」
私も彼女と同じように生きるのをあきらめたら、このハルという体と魂はなくなってしまう。だから、とにかく生きようと思うんだ。彼女の飢餓感を乗り越えて腹一杯ご飯が食べれるようになったら、彼女も表に出ようかなって思うかも知れないし。
「・・・・・・う、うん・・・」
か細い声だったけど、しっかりと私の耳には聞こえた。
「ありがとうユルヘン」
「昔のさ、ハルだったら、スヒァーと睨み合いとか、妖精食いに立ち向かったりさ、しなかったんだ、でも今のハルはした、凄いなって思うし、今はもっと凄い妖精女王様とか会ってるし、知らないだろうから教えておくけど、妖精女王様ってね世界に魔法を伝えた十三人のうちの一人なんだよ」
「前のハルのが良かったの?」
「いいや、今のハルも魂のどっかは前のハルなんでしょ、ならそのハルを蹴飛ばして起こすくらい美味しい物をおなか一杯食べれる様になったら、きっと、ずるいよぉとか言って出てくるかも?」
「あぁ、やっぱりハルってそんな感じの子」
「うん、そんな感じの子さ」
1
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
契神の神子
ふひと
ファンタジー
怪しい気配に導かれて神社の鳥居をくぐってみると、そこは天慶元年の平安京。
10世紀の日本である。
いきなり暴漢に絡まれ、訳も分からず逃げ惑う少年を助けたのは、一人の少女だった。
彼女は、十年前に自分と弟だけを残して滅ぼされた一族の仇を討つため、雌伏して時を待っていた。
そして、ついにその時が来たのである。
言い伝えの通り、先の世から来た少年、その彼が力になってくれる――彼女は、少年に言った。
「どうか私たちに力を貸してください」と。
そう、日常に飽きた少年はこんな展開を待っていた!
少年は、少女の願いを叶えるため現代知識という名の先読みチートで無双する!
…かと思われたが、どうも知ってる歴史と違う。
皇統は分裂してるし、「契神術」とかいう魔法みたいなものがあるし、「神子」とかいう規格外の存在が世界の調和を保っているらしい。
これでは、現代知識なんて何の役にも立たないじゃないか!
少年にチートなど無い。
あるのは突然与えられた「再臨の神子」なる大げさな肩書のみ。
こうなってしまってはまったくの無力である。
そんな彼の前に立ちはだかるのは、曲者ぞろいの平安貴族、そして平城京に本拠を置き復権を目指す上皇とその家人たち。さらには少年を転移させた人ならざる不明の存在。
皇統の分裂、神と人を結ぶ「契神術」、そして「契神の神子」。
捻じれた歴史に陰謀渦巻く平安京で少年は、どう戦い、何を見るのか。
全ては、神のまにまに――。
*小説家になろう、カクヨムでも連載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる