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2章 月下の幼女

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妖精さんが震える手で指し示した方向、草むらの向こうでこちらを見る赤い目が見えた。
「何あれっ?」
「知らないのかよっ!あれは妖精食い、こうやって罠をはって妖精を好んで食べる怪物よっ、あなたたち人だってもう少し小さければ食べられちゃう程凶暴なんだから!」
 赤い目が、だんだんと近づいてくるのが分かる。
 焦って、手元が疎かになりそうなのを必死に抑えて、絡まる糸を解す。だけど私のそんな遅々とした作業を、赤い目の相手は待ってくれない。
 すぐに草むらから顔を出してこちらを確認、私がやっていることの意味を理解すると、怒りからなのだろう、チキキキと鳴きながら、更なる速さで近づいてくる。
 体の大きさは、人間の赤ん坊くらいのサイズ。足は全部で八本で、前足の二本が蟷螂のように尖っている。残りの六本足は蜘蛛のように見える。体の前半分が蟷螂、後ろ半分が蜘蛛。妖精食いはそんな生き物だ。
「きゃあ、きゃあ、ぎゃぁぁぁ!」
 妖精食いが姿を現してから、妖精さんの悲鳴がすごい。顔中涙とか唾とかに塗れて、全力で叫びながら、もがいている。
 背中の羽が取れてしまいそうだけど、そんな事お構いなしの動きだ。
「ちょっと、動かないでよ」
 とは言っても、妖精さんはこの状況で冷静にじっとしている事なんか出来ないとばかりに泣き叫ぶ。
 私も、赤ん坊サイズの虫が迫るなか、手元が思ったとおりに動かない。もう、仕方がない。
「虫に負けてられるか~」
 紐解けば、人類の歴史は,虫との絶え間ない闘争の歴史だ。毒を持ったり病原菌を運ぶ死の使者と恐れられる蚊。体中を犯すノミやダニ。直接的に人を痛めつけることが出来る蜂や毛虫やムカデ。そんな虫たちと、私たち人類は延々と戦い続けてきたんだ。見た目が気持ち悪いからと駆除されているゴキブリだっているけど、もはやこれは戦争なんだ。仕方がない事なんだ。と言っていた社会の先生の言葉が蘇る。
 長い闘争を経て、人類はまだ生き残っている。だから虫には負けていられない!
 とんでもで、変な理屈だけど、ここで妖精食いに妖精さんが食べられたりしたら、行き先も目的も、食料もない私は飢え死にするか、妖精さんと同じように何かに食べられておしまいだ。
 妖精さんを助けることが出来たら、森の木の実とか、ベリー系の果物とか、食べられるかもしれないじゃない。
 それなら、戦うしかないよね。
「このっ」
 地面を探って最初に探し当てた石を引っつかみ、思いっきり投擲する。
 球技大会のソフトボールとか体育の時間のボール投げくらいしか経験がないけど、私が投げた石は外れることなく妖精食いの頭にぶつかった。
 相手に大したダメージは与えられていないようだけど、それでも妖精食いは私に対して警戒モードに入った。前足の鎌みたいな尖った部分を体の前面にクロスさせて防御姿勢をとると、先ほどよりはゆっくりと近づいてくる。
「えいっえいっ」
 今度も地面にあった石を拾って右手と左手それぞれで投げてみる。
 ひゅっと言うよりひゅ~んと言う位のスピードだけど、それでも妖精食いに飛んでいく。
 だけど私の投げた石達は、妖精食いが構えた前足でカチンと迎撃されてしまう。
 虫の癖にすごい器用だな、こいつ。
 空中を飛んでくる物を迎撃って、私には出来ないぞ?
「ちょっと人間、あいつは火に弱いんだから、何かないの?火をつける道具とか」
 私はタバコを吸わないし、もともと吸える年齢でも無いからマッチとかライターとか持ってません。大体マッチとか持っていても、あれつけるの難しくて三本の内二本は駄目にしちゃうんだよね。
「ないよっ、そんな便利なものは持ってない」
「使えないわね、人間は道具を使うから人間なんでしょ!道具持ってないなんて」
「知らないよ、そんな話」
 さらに石を拾って投擲し、妖精食いに空中で迎撃される。
 妖精食いも、石を空中で迎撃するのは大変なことらしく、一定の距離から近づいてこれないでいる。
 お互いの距離目測で三メートルくらいかな。私一人が逃げるなら、逃げられない距離でもない。
 相手の狙いは妖精だ。私が一目散に逃げたら妖精に襲い掛かり、私を追うにしても、腹を妖精で満たしてからだろうから余裕はある。
「でもねっそれじゃあ駄目なのよね」
 そう、もう私の頭の中の半分近くは、この後に妖精さんから貰える食べ物の事に意識がいっている。
 特にベリー系の果物は魅力的だ。酸味と甘味のハーモニーは想像するだけで、今から口の中に唾が溜まる。
「このっ」
 私がベリーに意識をもっていかれそうになっていたのを見逃さず、妖精食いが近づこうとするが、すぐに私が投げた石で動きが止まる。
 なんか、さっきのスヒァーさんの時もそうだけど、私、こんなことばっかりやっているなぁ。またの膠着状態だ。
 私が石を投げれば妖精食いは、その石が空中にある間に二本の鎌で迎撃し、石の攻撃は体まで届かない。その代わりに、妖精食いは三メートルから先には近づけない。石を空中で迎撃するには、それだけの距離が必要なんだろう。
 さて、どうする。
 石だって無限じゃない。今のところ近くには十程度の石が月明かりに照らされているけど、これが尽きたら方法はない。離れた場所にはまた石があるだろうけど、妖精さんの近くを離れたら意味はない。
「ねぇあなた、石って二つ以上は投げられないの?」
「へ?だって手は二つで、だから石も最大もてて二つで・・・」
 いや、違う。なんだってこんな単純な事に気づかなかった、私?
 石を投げる事のできる手は二つしかないけれど、一つの手で一つの石しか持てないわけじゃない。
 左手に二つとか持って投げれば、ほぼ同時に左右合わせて三つの石が飛ばせる。因みに私は左利きなので、右手に二つの石を持って投げるなんて器用な事は出来ない。相手の鎌は前足に有る以上、それ以上の増えようがない。なら、三つの石に二つの鎌。答えは単純だ。
「やるねっ妖精さん♪」
「本当はこういうのは人が得意とすることでしょう?なんで私が気づいてあなたがきづけないのよ」
 先ほどまでの涙ぐじゅぐじゅの悲鳴状態から、膠着状態が続いたこともあり復帰した妖精さん。すこし余裕を取り戻したのかも?
「なにはともあれ、あれを退散させないと」
 私が石を投げたくらいで、あの妖精食いを倒せるとは思わない。せめて石が当たって痛いから、またにしようかな?とか思わせることぐらいが関の山だ。
 そう言えば、昔のゲームだとモンスターを倒せば経験地が貰えてレベルが上がったけど、この世界ではどうなんだろう?レベルが上がれば、もう少しこの世界も生きやすくなったりするんだろうか?でも七歳の幼女が世界最強のレベルとかだったら、周囲の努力してレベル上げた大人たちに疎まれたり、利用されたりして全うな人生送れなさそうだから、いいや。ほとんどの人は、表面上は良い人を演じているだけって何かのアニメで言ってたし。私はとにかく、お腹一杯ご飯が食べたいだけなんだから。
「せ~の、えいやっと」
 別に誰かに合図を送るわけでもなく、私は一人で掛け声を上げながら、今度は少しトリックプレイを試みる。今までは石を拾う、どちらかの手で投げる。ただそれだけの繰り返しだったけど、今度は拾って投げるまでを変えてみる。
 ソフトボールの時に、運動神経豊富な登美子から教わって、あんたにしてはまぁ見れなくもないと言う評価を貰った投げ方を試す。
 とにかく肩の力を抜き、肘に余計な力をかけない。大きく風車をイメージしてすばやく肩を一回転させると同時に足を出して石を投げる。自称ウインドミル投法だ。
 頭の中では完璧だけど、まぁほかから見てどうかは気にしても仕方がない。
 それでも、手から離れた石は私推測で、倍近く速い。
「次っ」
 そう、今回のトリックプレイはこれでは終わらない。そのままもう一歩体を前にだし、右投げから左投げにスイッチするイメージで、左投げを実施。
 もちろんイメージ通りの華麗なステップではないだろうけど、結果良ければオッケー。左手に握りこんでいた二つの石が、奇跡的に二つとも妖精食いに向かって飛んでいく。
 ウインドミル投法の石に戸惑いつつ、それでもなんとか迎撃が成功した妖精食いに二つの石が迫る。
 すでに体制を崩していたのか、妖精食いの鎌は一回振られたが石を迎撃できずにむなしく空振りとなる。
 ぺちんぺちん。
 連続して、石が妖精食いに命中する。けど、音からも分かるとおりただ当たっただけという感じ。私も妖精食いも一瞬動きを止めてしまう。私は効果がないことに、たぶん妖精食いは覚悟していたようなダメージがまったく無い事にだ。
「ひぁぁ~」
 妖精食いがこちらを見てにやりと笑ったような気がした。虫の癖に、蟷螂顔の癖に。
「ごめん、妖精さん私頑張ったけど、無理っぽい」
 妖精さんを助けなければ明日はないけど、でも、あの鎌で斬り刻まれるのはやっぱり怖い。
 ついさっきの覚悟なんて一瞬で雲散霧消してしまった。
「ハルっ逃げて!」
「ユルヘン・・・?」
 ヒセラ姉に脅されて、とっとと家に帰ったかと思っていたユルヘンがそこにいた。
 格好は変わっていないけど、右手にランプ、左手に何かの籠を持っている。
 新たな敵の登場に、妖精食いはしばし悩んだようだが、ユルヘンが振り回すランプの意味がわかったのか、しぶしぶといった感じで、草むらに消えていった。
 敵わないと判断したら、直ぐに撤退する。なんだろうスヒァーと言い、妖精食いといい、この世界の生き物はなんとなく知性を感じさせる。
「大丈夫ハルっ、って、えええ、これってフィじゃない!僕初めて見たよ」
 ユルヘンが私の手元にいる妖精さんを見てすごく興奮している。
 この世界で妖精はフィと言うんだ。ひとつ賢くなったぞ。
 その後、ユルヘンと二人でフィに絡んだ白い糸を解いていく。意外にユルヘンは手先が器用で、私の三倍の速さで解いていき、私が邪魔にならないように注意をしなければならないくらいだった。
「助かったわ、ありがとう人間」
 背中の羽の調子を見ながらふわっと飛び上がるフィ。飛んでいない時は光っていなかったのが、段々と緑色の光を帯びていく。
 それを夢見る様な瞳で見つめるユルヘン。
 しかし私は、そんな感動的な光景に心奪われずに、勤めて冷静に言葉を発する。
「ねぇ、約束覚えているよね?」
「え?」
「まさか、助けてほしいから適当な嘘を言ったって事はないわよね?」
 ユルヘンが不思議そうな顔をしているが、私は言葉を止めない。
「お礼、してくれるんだよね」
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