2 / 19
一章
1-1
しおりを挟む
暑い・・・。
だるい・・・。
動きたくない・・・。
仕事行きたくない・・・。
働いたら負けとか少し前に聞いていたけど、それを実践すると何ていうかプライドとかより、大手を振って遊んだりできない気分になるので、実践は出来ない。
生活保護とか、障碍者給付とか、いろいろな方法があるんだろうけど、僕はそのどれも使うつもりが無い。面倒くさいと言うのが、真実なのかもだけど。
しかし、暑い。
まだ世間は六月だってのに、なんだこの日差し。夏の暑い日差しが殺人光線だったら、今の日差しはペーパーナイフ位の殺傷能力だけど、当たれば痛いのは同じだ。
仕事に行くか・・・。
生きていくには仕方がありません。働かざる者食うべからずです・・・。
自分で自分に呪いをかけて、もったりとした体を無理に動かす。エアコンが壊れて二年。当初管理人は直しますと言っていたが、それ以降まったく反応無し。管理会社が二転三転したおかげで、修理情報はどこかの画面のゴミ箱フォルダにでも捨てられたに違いない。最初から説明するのも三回目になると、もう面倒くさくてクレームも上げていない。
生きていくのにギリギリだけど、本当に暑くて死にそうなら、ここじゃない部屋に行けばいいだけの話だ。引っ越す金は無いけれどね。
さっと、其処らへんに放置してあったシャツとズボンに、これだけは年代物で曰くつきのベルトを締める。革はハラコと呼ばれる牛の胎児の革を使った物だ。希少で動物愛護の観点から生産も終了しているらしく、状態が良ければ中古で結構な値段になるみたいだ。
もちろん自分の金で買った訳ではなく、最初の会社の金持ち先輩がくれた物だった、他にゴルフクラブのセットだとか、時計だとか貰ったが、会社を辞めてから数日もしないうちに全部売り払った。
肌が弱いので腕時計はしないし、仕事辞めたらゴルフもしないから、どちらも必要なくなったので、捨てるよりはと中古屋に持ち込み、ランチ十回分くらいの金銭を得た。
ベルトに関しては、使う物だし、使っているから状態が悪いのと中古で売る方が気が引けるので、会社を辞めて四年。まだ手元に残っている。
部屋を出て、原動機付スクーターを少しだけ改造した愛車に乗り、焼けるアスファルトの上を走り出す。相変わらずの渋滞道路だが、スクーターですり抜けるから問題なし。
たまに、車のミラーをこするような気がしたり、窓を開けて怒鳴ってくる若者からおっさんから様々居るが、とりあえず、皆様、なにか良い事あったのかな?と思って聞き流す。
いちいち相手にしている程、僕のメンタルは狂人じゃないで・・・。
たまに怒鳴られて、怒鳴り返して、さらに車を降りて殴りあう姿を見るけれど、あれについても、皆様どれだけ時間に余裕があるんですかねぇ。と言いたい気分だ。
車の隙間道路を抜けて、目的地に到着する。古びて錆が浮き始めている階段を昇ったら、そこが今日の職場だ。
ジャズバー、ブルームーン。老舗のジャズを聴かせながらカクテルを飲む古いスタイルのバーで、いわゆる酔っ払いなどが来ない通の店だ。店内はいつも薄暗く、しっとりとしたジャズが響き、来店客の話し声が聞こえる事はほとんどない。
当たり前だ。この店に訪れる客と呼べる人間は極僅かで、通と言えるかどうか分からないが、酔っ払いでは決してない奴らばかりだ。本当にオーナー様もなんでこんな店を経営しているのやら、雇われ店長の僕には皆目見当がつかない。
新規客はとにかくゼロ更新なので、カクテル出しますは嘘も良いところ。だって僕はカクテルを作るシェイカーを振った事もない。
僅かに現れる奴らは、自分で酒を注げる奴、実は下戸な奴、さらには持ち込んでポケットウィスキーをあおる奴とかで、本当に仕事が無い。つまみも買い足したピーナッツと、たまに作る、これだけは得意なだし巻き卵位で、食材の管理がとても大変になるようなことは無い。しかも腹が減っていればその場で出前を利用するのが奴等だ。普通の店であれば迷惑極まりない客だけれど、この店ではむしろ助かる話だ。本当に簡単な物でも食材集めと調理器具、調味料を揃える必要性から大変に面倒くさい。
オープン準備は、テーブルとイス、カウンターを拭き上げ、入口ドアの鍵を開けるだけ。
ネオンもなければ外向けには看板もない。最後に年代物のジュークボックスの電源を入れて、古びたレコードのジャズをスタートさせれば完了だ。
流す曲はフライミートゥザムーン。オーナーが唯一こだわりを持って、オープン最初の曲はこの曲にするように指示した曲だ。
ゆったりとしたメロディーにこれまたゆったりとした伸びのある女性シンガーの声が乗る。今時の低音ガシャガシャ早口言葉みたいな音楽とは次元が違うが、これはこれで僕は好きだ。毎日忙しく何かに煽られている様な音よりも、深みがあって、じっくりと音を吟味できるこの曲は僕に合っている。
それが、結局今の世の中とは合わないとは知っていてもだ。
開店時間は十六時、終わりの時刻は不定期だけれど、最低でも二十二時までは開けておけと言われている。それまでに一人の客も来なければ閉めても良いが、もし客が来て帰らないのであれば、午前四時までは閉めてはいけないとなっている。敢えて労働時間とは言わず拘束時間と言うと、最小で六時間、最大で十二時間だ。
今までの実績で言うと、最小時間が増えて朝陽まで営業は、この一年で一度もない。僕が雇われ店長になったのも一年前だから、それ以前はどうだったかはわからないけど。
とりあえずいつもの時間に拘束時間開始。おおよそ人が来る確率は一週間で一人。この店の営業は週四日なので、このドアが開く確率は二十五パーセントと言う事だ。
開いて欲しいか、開いて欲しくないかは、その日の気分にもよる。あまりにも人と接触せずに一日を過ごしていると、たまには誰かと喋りたいもんだって日と、今日みたいに悪夢に魘されて、暇つぶしの道具も用意せずに来てしまった日とは百八十度気分が違う。
今日は誰とも会わずに終わりたいものだ。
ちなみに、この仕事は時給制では無いため、何時に閉めても給料は変わらない。売上が上がろうが下がろうが、歩合もついていないので安心だ。もし歩合だったら、最初に数週間で諦めてコンビニにでも応募していただろう。
とにかく給料は毎週末に、決まった額が振り込まれているので良しとしておく。毎月振り込みにも出来たけれど、敢えて僕は毎週の振込みを依頼している。
宵越しの金は持たない主義とか言う気はないけれど、あんまり一度に数十万とか持ちたくない。数万円を毎週使う人生のが、僕の好みだ。住んでる場所は最近ここのオーナー関連の持ち物になったので、家賃と光熱費は給料から天引きされている。エアコンについて文句を言うと更に給料が減るのかもな。
他人に言わせると、そんな其の日暮らしの生活は何年も続けられないぞ、とか説教じみた言い方されるけど、こんな生活を実は十年以上続けていたりする。終わる気配も見えない。どこまで続けられるかわからないけれど、今はもう続けられなくなるまで、こんな生活を続けてやろうと思っている。 別に未来に期待する物なんてないしな。
だるい・・・。
動きたくない・・・。
仕事行きたくない・・・。
働いたら負けとか少し前に聞いていたけど、それを実践すると何ていうかプライドとかより、大手を振って遊んだりできない気分になるので、実践は出来ない。
生活保護とか、障碍者給付とか、いろいろな方法があるんだろうけど、僕はそのどれも使うつもりが無い。面倒くさいと言うのが、真実なのかもだけど。
しかし、暑い。
まだ世間は六月だってのに、なんだこの日差し。夏の暑い日差しが殺人光線だったら、今の日差しはペーパーナイフ位の殺傷能力だけど、当たれば痛いのは同じだ。
仕事に行くか・・・。
生きていくには仕方がありません。働かざる者食うべからずです・・・。
自分で自分に呪いをかけて、もったりとした体を無理に動かす。エアコンが壊れて二年。当初管理人は直しますと言っていたが、それ以降まったく反応無し。管理会社が二転三転したおかげで、修理情報はどこかの画面のゴミ箱フォルダにでも捨てられたに違いない。最初から説明するのも三回目になると、もう面倒くさくてクレームも上げていない。
生きていくのにギリギリだけど、本当に暑くて死にそうなら、ここじゃない部屋に行けばいいだけの話だ。引っ越す金は無いけれどね。
さっと、其処らへんに放置してあったシャツとズボンに、これだけは年代物で曰くつきのベルトを締める。革はハラコと呼ばれる牛の胎児の革を使った物だ。希少で動物愛護の観点から生産も終了しているらしく、状態が良ければ中古で結構な値段になるみたいだ。
もちろん自分の金で買った訳ではなく、最初の会社の金持ち先輩がくれた物だった、他にゴルフクラブのセットだとか、時計だとか貰ったが、会社を辞めてから数日もしないうちに全部売り払った。
肌が弱いので腕時計はしないし、仕事辞めたらゴルフもしないから、どちらも必要なくなったので、捨てるよりはと中古屋に持ち込み、ランチ十回分くらいの金銭を得た。
ベルトに関しては、使う物だし、使っているから状態が悪いのと中古で売る方が気が引けるので、会社を辞めて四年。まだ手元に残っている。
部屋を出て、原動機付スクーターを少しだけ改造した愛車に乗り、焼けるアスファルトの上を走り出す。相変わらずの渋滞道路だが、スクーターですり抜けるから問題なし。
たまに、車のミラーをこするような気がしたり、窓を開けて怒鳴ってくる若者からおっさんから様々居るが、とりあえず、皆様、なにか良い事あったのかな?と思って聞き流す。
いちいち相手にしている程、僕のメンタルは狂人じゃないで・・・。
たまに怒鳴られて、怒鳴り返して、さらに車を降りて殴りあう姿を見るけれど、あれについても、皆様どれだけ時間に余裕があるんですかねぇ。と言いたい気分だ。
車の隙間道路を抜けて、目的地に到着する。古びて錆が浮き始めている階段を昇ったら、そこが今日の職場だ。
ジャズバー、ブルームーン。老舗のジャズを聴かせながらカクテルを飲む古いスタイルのバーで、いわゆる酔っ払いなどが来ない通の店だ。店内はいつも薄暗く、しっとりとしたジャズが響き、来店客の話し声が聞こえる事はほとんどない。
当たり前だ。この店に訪れる客と呼べる人間は極僅かで、通と言えるかどうか分からないが、酔っ払いでは決してない奴らばかりだ。本当にオーナー様もなんでこんな店を経営しているのやら、雇われ店長の僕には皆目見当がつかない。
新規客はとにかくゼロ更新なので、カクテル出しますは嘘も良いところ。だって僕はカクテルを作るシェイカーを振った事もない。
僅かに現れる奴らは、自分で酒を注げる奴、実は下戸な奴、さらには持ち込んでポケットウィスキーをあおる奴とかで、本当に仕事が無い。つまみも買い足したピーナッツと、たまに作る、これだけは得意なだし巻き卵位で、食材の管理がとても大変になるようなことは無い。しかも腹が減っていればその場で出前を利用するのが奴等だ。普通の店であれば迷惑極まりない客だけれど、この店ではむしろ助かる話だ。本当に簡単な物でも食材集めと調理器具、調味料を揃える必要性から大変に面倒くさい。
オープン準備は、テーブルとイス、カウンターを拭き上げ、入口ドアの鍵を開けるだけ。
ネオンもなければ外向けには看板もない。最後に年代物のジュークボックスの電源を入れて、古びたレコードのジャズをスタートさせれば完了だ。
流す曲はフライミートゥザムーン。オーナーが唯一こだわりを持って、オープン最初の曲はこの曲にするように指示した曲だ。
ゆったりとしたメロディーにこれまたゆったりとした伸びのある女性シンガーの声が乗る。今時の低音ガシャガシャ早口言葉みたいな音楽とは次元が違うが、これはこれで僕は好きだ。毎日忙しく何かに煽られている様な音よりも、深みがあって、じっくりと音を吟味できるこの曲は僕に合っている。
それが、結局今の世の中とは合わないとは知っていてもだ。
開店時間は十六時、終わりの時刻は不定期だけれど、最低でも二十二時までは開けておけと言われている。それまでに一人の客も来なければ閉めても良いが、もし客が来て帰らないのであれば、午前四時までは閉めてはいけないとなっている。敢えて労働時間とは言わず拘束時間と言うと、最小で六時間、最大で十二時間だ。
今までの実績で言うと、最小時間が増えて朝陽まで営業は、この一年で一度もない。僕が雇われ店長になったのも一年前だから、それ以前はどうだったかはわからないけど。
とりあえずいつもの時間に拘束時間開始。おおよそ人が来る確率は一週間で一人。この店の営業は週四日なので、このドアが開く確率は二十五パーセントと言う事だ。
開いて欲しいか、開いて欲しくないかは、その日の気分にもよる。あまりにも人と接触せずに一日を過ごしていると、たまには誰かと喋りたいもんだって日と、今日みたいに悪夢に魘されて、暇つぶしの道具も用意せずに来てしまった日とは百八十度気分が違う。
今日は誰とも会わずに終わりたいものだ。
ちなみに、この仕事は時給制では無いため、何時に閉めても給料は変わらない。売上が上がろうが下がろうが、歩合もついていないので安心だ。もし歩合だったら、最初に数週間で諦めてコンビニにでも応募していただろう。
とにかく給料は毎週末に、決まった額が振り込まれているので良しとしておく。毎月振り込みにも出来たけれど、敢えて僕は毎週の振込みを依頼している。
宵越しの金は持たない主義とか言う気はないけれど、あんまり一度に数十万とか持ちたくない。数万円を毎週使う人生のが、僕の好みだ。住んでる場所は最近ここのオーナー関連の持ち物になったので、家賃と光熱費は給料から天引きされている。エアコンについて文句を言うと更に給料が減るのかもな。
他人に言わせると、そんな其の日暮らしの生活は何年も続けられないぞ、とか説教じみた言い方されるけど、こんな生活を実は十年以上続けていたりする。終わる気配も見えない。どこまで続けられるかわからないけれど、今はもう続けられなくなるまで、こんな生活を続けてやろうと思っている。 別に未来に期待する物なんてないしな。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる