悲恋脱却ストーリー 源義高の恋路

和紗かをる

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10章 戦いの血潮

10-3

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 義経の会談がうまく行ったか確認する時間もなく、義高と木曽、出雲衆千数百は風師山の麓へと迫った。
 沢登らの御家人と違い、緒方豊前の軍勢は紫微中台の威光は効果がないとの読みだ。
 大姫の策でも、緒方豊前の様な土豪は、自身の土地に執着があるため、容易には退かないと記されていた。どう戦うか、どう勝つかまでは記されていない。
「義次、本当にこのままで良いのか、これでは動きがかなり制限されてしまうが」
「数は向こうの方が上で、さらに地の利も山上の向こうが上、こちらが勝っているのは質だけ、だけどそれが通じるのは倍の数までで、四倍の敵を前に出来る戦は少ない」 
 義高の傍らを守る家輔は、彼等の周囲をぐるりと囲む木の柵を見ながら言う。
 その柵は地面に突き立っているわけではなく、数名の屈強な出雲衆にて一つ一つがっしりと支えられて運ばれている。
 それが義高を中心にぐるりめぐるように配置されているので、一丸になって駆ける事も出来ない。まるで馬を育てる牧場の様だとは、何故か屋島の陣からついてきている平維盛の言だ。
 彼は相変わらず派手な鎧を着けて、義高のやや後ろにいる。
 戦に参加する気は満々らしいが、実際に敵を前にして刀を触れるのかは怪しいと家輔は見ている。この御仁は平和な宮中辺りで雅楽でも奏している方が合っているのではないだろうか。
「具体的な策はどのように?」
「詳細な策は巴殿任せとなりますよ維盛殿、しかし平家の貴公子たる維盛殿がこのような場所で、このような立場で戦に参加するなど宜しいのか」
「それは、確かに彦島に駆け戻り戦うのが平家嫡流としては正しいのであろう、しかし我はそれを望まぬ、もはや我は平家嫡流でも貴公子でもない、ただ一人の男として自分を試したいのだ、この時、この場所で何が出来るのかをな」
 白皙の美顔に、うっすらと朱をにじませた維盛が答える。
 これまでに問うたことはなかったが、維盛なりに聞かれたらこう答えようとは考えていたようだ。
 義高はそんな維盛の言葉をゆっくりとかみしめて、自分も大姫の前では同じようなもので、自らが彼女に相応しいか試したい気持ちがある事を再確認した。
「維盛殿がそう考えるのであれば、何も言いません、戦が始まれば従っていただくのみで」
「承知、足手まといと感じたら捨ておいて結構」
 義高の陣はそのまま、緒方豊前の陣の眼前まで進み、そこで停止した。それまで全周で構えていた柵は、背後を除き前と左右に展開する。麓から山上へ攻め上るにあたって背後は気にしない事にしたのだ。
「いざ、参るぞ」
 家輔に合図を出し、鏑矢を放たせる。
 朝の空気に、びゅおっと矢が空へ突きすすみ、その音に合わせて喊声を上げゆっくりと山上の緒方陣に向けて進む。
 緒方側も、その喊声に応じて動き出し、一塊となって山上を駆け下りてくる。
「来るぞ、構えよ」
 双方の軍勢が近づき、相手の顔も判別できるような距離になった頃、前方の柵の隙間から、長刀が突き出される。
 その動きに対して緒方側の先鋒を駆けていた武士は、反射的に長刀を避けようと義高の陣正面を避けて左右に割れる。
「まずいぞ、あの柵を止めよ!」
 自軍の動きのまずさに、とっさに緒方豊前が叫ぶが、先鋒の動きは勢いがついているだけにすぐには変えることが出来ない。
 坂落としに突っ込んだ緒方側の武士たちは、名乗りあう機会も見つけられず、背後から続く味方と、前方に並ぶ柵と長刀とに、思うような動きが取れていない。
「なればっ」
 先鋒で突っ込み左右に割れてしまった武士の中に、背後には柵が無いことに気づいた者がいた。
 その武士は勢いついた味方に対して頭上で太刀を振り、義高の背後、柵の無い場所に向かって、今度は山を登る様にして突っ込もうとした。
「いまです!」
 緒方側先鋒が柵の無い背後に迫るやいなや、その背後の隙間から、どっと騎馬武者が飛び出して来た。木曽駒は体格が小さく、大きくてもその背は人よりも低い。それゆえ、密集隊形の後方に馬が隠れるようにしていたことに緒方側先鋒は気づかなかった。山深き木曽の地で鍛えられた木曽駒は斜面をものともしない。
 飛び出た馬の中央には、緋色縅の鎧と濡れた烏色の髪を紫の鉢巻きで締めた大柄な女武将が居た。その手には肉厚の長刀が握られ、振り下ろすたびに斬ると言うより殴られたような衝撃を受けた緒方側先鋒の武士が弾け飛ぶ。
 当初は山上の有利から突撃した緒方側であったが、飛び出してきた少数の巴御前率いる騎馬武者に、逆に山上の有利を取られて四分五裂した。
 実際に巴御前らに倒された人間はほんの少数だったが、戦は勢い。巴御前の突撃に怯んだ方が負けである。
「次だっ」
 背後で先鋒の武士を蹴散らしても、まだ義高の前方には倍以上の敵がいる。
 義高の合図で、今度は前方の柵を緒方側へと押し込み、そのうえで左右に開く。
 すると勢いを殺してやっと正面の柵にたどり着いた緒方側の武士は、策に押される形となり左右に開いてしまう。柵を左右に開いたのは、戦で長刀を振るうよりは力自慢で勝負する事を好む出雲衆だった。
 戦の経験は浅くとも、力自慢だけは負けない。
 常日頃から祈りをささげるよりも、鍛錬に時間を費やしてきた男たちは血を見ることを好むものは少ないが、こと力を使う事には特化している。
「最後は運となる、先鋒は家輔、その後は皆で力の限りに突き進むのみぞ!」
 義高の号令一下、出雲衆が空けた隙間に向かって、まずは家輔が駆け、次いで木曽残党衆を率いる山海と義高本人三百が一直線に緒方豊前目指して駆ける。
 奇想天外な動きに混乱している緒方側四千であったが、混乱しているのは半数二千程で、残りの二千はやや距離をおいて山上にある。
 この時の家輔と緒方豊前殿の距離は歩数にして七百程。平地であれば十呼吸もあれば指呼の距離となるが、山の斜面であり、周囲には先頭の家輔を阻止すべく緒方側の武士が構えている。
「家輔、山海、維盛殿、ここが切所ぞ、いざ参る」
 山海と維盛が、それぞれ百を率いて左右に割れる。
 包囲しようと構えていた緒方側は、その動きに幻惑されて構えに隙間が生まれてしまう。
 その隙間を縫うように家輔と、そのすぐ後ろに義高が続き、百の木曽衆も続くが、そう簡単に通す程、緒方側の武士も甘くはない。
 義高の背後で一人、また一人と木曽衆が討たれていく。背後の木曽衆が二十を切った時その二十は前に進むことを止めて、前方へと義高らを進めるため、自ら捨て石となって迫る緒方側をせき止めた。
「もうすこしだ」
 家輔の視界には、緒方豊前と思われる武士が顔に焦りを浮かべつつ、こちらに向かって必死に刀で合図をしているのが見えている。間に居る武士は数名。本陣で余裕の戦をするはずだったが、目の前にまで敵が来てどうすればいいのか迷っている様に見える。
 どうせ勝馬に乗ろうとしたどこかの土豪たちであろう。そう読んだ家輔は、その武士たちに向かい兜を投げつけると同時に
「どけっ木っ端どもっ」
と大喝。ビクっと動きを止めた武士を蹴倒して前進。ついに緒方豊前の目前に迫った。
「緒方豊前殿、命を貰い受け候」
 太刀を構え一気に踏み込もうとするが、対して緒方豊前は意外にも、にやりと笑みを浮かべる。その顔に違和感と悪寒を同時に覚えた家輔であったが、勢いを殺すことは、ここまで自分を運んできてくれた者どもの期待を裏切ることになると、さらに踏み込んで太刀を振るう。
「猪武者にやれるほど、わが命は安くないわっ」
 先ほどの家輔の違和感と悪寒が正しかった証拠と言わんばかりに、緒方豊前の左右で弓を構えていた若武者らが矢を放つ。
 前ばかり、緒方豊前だけを睨んで突っ込んだ家輔に、弓を構えた若武者らは見えていなかったのだ。
 「ぐっむぅ」
 鎧に数本の矢を突き立てても尚、家輔は緒方豊前に斬りかかろうとするが、力及ばずその場で膝をつく。すぐに倒れなかったのは、矢を放った若武者らの腕が甘く、喉や顔周りなど露出している部分ではなく、鎧に突き立ったためだ。だが、至近距離での矢であったため、鎧を貫き矢先は家輔の肉体に突き刺さった。
「家輔っ」
 すぐ後ろに居た義高が、家輔の代わりにと緒方豊前へと突っ込もうとするが、僅かに残った木曽衆がそれより先に弓の若武者らに突っ込んで矢を受ける。今度も致命傷にはならなかったが、これで義高の周りには誰も居なくなった。
「義次、死ぬなよっ」
 膝をついたままの姿勢で、家輔が鎧通しを投げつける。
 それは過たず、弓の若武者の喉元に突き立ち、一瞬で絶命させた。
 その攻撃に怒りを覚えたのか、残りの若武者らは無傷の義高ではなく家輔に矢を集中させ、緒方豊前は逃げもせずその姿を見ている。次は義高だ、とでも思っているのだろう。
「緒方豊前、行くぞっ」
 太刀を抜き、構える義高。まだ弓を構える若武者らは複数残っている。一本くらいの矢であれば刀で凌げるが、それ以上では避ける自信は無い。だが家輔が倒れ、木曽衆も倒れ、自分しかいない今、逃げる道もなければ前に進み出るしかない。
「まったく小童が何を偉そうに、黙って射られるが良いわ」
 緒方豊前が、弓を構える若武者らに合図を送る。
 今度は義高を狙えと。
 きりきりと弓が弾き絞られ、必殺の矢が義高を狙う。
 刹那の時間で死が確定する中、それでも義高は自分が死ぬとは考えていなかった。本来武蔵で死んでいた自分だ。 
 あそこで死なず、生きながらえたのには意味があるはず。
「やれっ」
 緒方豊前の声で飛ぶはずの矢は、しかし彼の期待に応える事なく、一本も飛ぶことはなかった。
 緒方側先鋒を蹴散らし、当初六騎いた数を半分に減らしながらも、ここまでたどり着いた巴御前の長刀の一閃で、若武者らの首が宙に舞ったからだ。
 次いで巴御前は片手で義高を担ぎ上げ、もう片方の手で家輔を馬に持ち上げると。
「行きなされ、御大将」
 と、緒方豊前の眼前まで義高を放り投げた。
 突然投げられたことにより、太刀を取り落としてしまう義高だったが、反射的に懐にあった大姫から預かった源氏の守り刀を抜き、若武者らの首を涙目で見つめている緒方豊前の首筋に刃を押し込んだ
 手に顔に温かくねっとりとした物がかかる中、巴御前の
「緒方豊前、木曽御大将義高殿が討ちとったり!」
 と言う声が聞こえた。
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