悲恋脱却ストーリー 源義高の恋路

和紗かをる

文字の大きさ
上 下
18 / 38
5章 大倉御所問答

5-2

しおりを挟む
「屋島を落とす、軍議はそれだけぞ」
 刺客を退けた後、日を改めた軍義の席で開口一番、義経はそう言い切った。
 攻める、攻めないの話でもなく、攻め方の話でもなく、落とすとそれだけだ。
 弁慶がいれば解説も期待できるが、山海はさすがに義経のこの思考の飛躍にはついていけないし、あまつさえ他人に説明なぞ、出来るはずも無い。
 ざわめく周囲を残して、義経はそれ以外一切語らずに、瞳を閉じている。
 ああ、苛立っておられるな。
 自らの言葉だけで周囲が理解しない事が、もどかしくて仕方が無いのだろう。何故に分からぬ?と思っているに違いない。
「待たれい九朗殿、屋島を攻めるとそう聞こえたが、つい先日屋島は天然の要塞、攻め手が見つからぬ、それゆえに範頼軍の動きを待ち、その動きに合わせて攻めると、そう申し合わせたではないか?」
 義経嫌いの急先鋒、梶原景時の声だ。その周囲には梶原景季ら一族の者がおり、一同頷いている。反義経派ではない土井や得能等の武士も、梶原景時の声に口を挟まない。つまりは、彼の意見に賛成ということか。
 この場で九朗の殿に賛成の武士は、ほぼ居ぬな。
「それが、いきなりの屋島攻め、九朗殿は源氏の協調をなんと心得る?あたら自らの戦功欲しさの言動なりや」
 自分で言うのもなんだが山海は、自分はどちらかと言えば温厚であると思っていた。弁慶等を見ていると、温厚な情を母の腹にでも忘れてきたのではないかと思う。義仲殿も気性は激しく、自分などは温厚中の温厚だと思っていた。
 しかし梶原景時は相手を不快にし、苛立たせることの天才だ。
 温厚と自負していた山海でさえ膝立ちあがり、小刀を投げそうになった。
 しかしそんな山海を尻目に義経はまったく反応を示さない。
 梶原景時の煽りだけが、軍義を染めていく。
「皆々方、それで宜しいな、屋島は範頼殿が軍勢と強調して攻める、それまでは地域の安定、特に先ごろ騒いだ伊賀や伊勢だけでなく近畿一円に目を光らせると、そのようにすべしと」
 まるで自らが総大将の様な口ぶりだ。実際、梶原景時の脳裏では鎌倉殿の名代は自分であり、源氏の総大将である鎌倉殿の代表は自分である。なれば自分の意見は鎌倉殿の意見である。と、そうなっているのだろう。
 それがまるで間違いと言うわけでもない為、個人的には梶原景時に好意を持たぬ武士でも、今は黙って話しを聞いているのだ。
「それで、宜しいな、九朗殿」
「・・・・・・」
 しかし義経は最初の言葉を言ったきり、微動だにしない。木像の様ようであり、呼吸さえしているのか山海にも見えない。
「九朗殿っ!」
 自らを無視されたと感じた梶原景時が声を荒げる、しかし、義経は反応しない。
 その異様なやり取りに周囲の武士が息を飲んで見守る。当初から不仲が噂され、伊賀の戦では決裂したとも言われている両者だ。決定的な瞬間が、今来ないとも限らない。
 その場合、嫌われ者だが、鎌倉殿の信任厚い梶原景時につくのか、人気者で戦上手、院の覚えめでたい義経につくのかは、一族を束ねてこの地に居る者にとっては重大事だ。
「・・・・・・」
「うぬっ、鎌倉殿の軍監たる我を愚弄するのか、小僧!」
 梶原景時、景季等、梶原一族数十名が腰の刀に手をやり、立ち上がる。無言の義経を囲み、今にも斬りかかる勢いだ。
 御所の中とは違い、坂東武者の軍義で刃傷沙汰は珍しくもない。それこそ平将門公時代からずっとだ。
「だまらっしゃい、この姦族どもがっ」
 梶原一族が義経を囲もうとした時、その皆の前に何かがごろりと飛んでくる。ついで、空気を震わす大喝が轟く。
 聞いたことの無い者ならば魂削る声だが、山海には懐かしい声だ。そう、義経の一の家臣である武蔵棒弁慶だった。
「黙って聞いておれば多量の雑言、我らがこの地に来たは何のためぞ!ここで我らが無為に過ごせば喜ぶのは平家のみ、兵糧つたなく助けを待っているのは範頼殿が軍勢ぞ、軍監と威張るならば、もちろんそれも承知上での言でござろうの」
 大喝に続き、理路整然とした物言い。
山伏として辻に立ち、千の民を魅了した声だ。梶原鍵時の甲高いキリキリとした物言いがかなう筈も無い。だが、この場に居るものでその内容が頭に入ってきたのは数名だけで、大半は投げ込まれた首の主が誰かが気になって仕方が無かった。
「これはっ」
 梶原一族の中から声があがった。
 梶原景時の次男、景高である。
 弁慶の朗々とした話は続いているが、皆はその呟きを聞き逃さなかった。
 おそらく、首の主は梶原一族であろう、そういえば見たことがあるぞ、景高殿の舅殿ではないか?たしか小野殿ではなかろうや?
「・・・・・・景時殿、この首で許す、即刻一族率いて京に向かい、鎌倉への文でも準備していただけるか?後の事は平家打倒の後に鎌倉殿にて判断されよう」
「訳がわからぬが、どうやらこちらで足元を固めねばならぬ話のようであるな、景高には詳しく聞くとして、九朗殿、個人的にわが一族が私的に何かしたのは私事、しかし軍監は公、公の軍監として鎌倉殿の意に沿わぬ大軍にての屋島攻めは、あいなりませぬぞ」
 先ほどとだいぶ口調が変わっているのは、自らの次男が何をしたのか気づいたからだろう。謀略については右に出る者なしと言われる梶原景時だったが、まさか身内が独断で許可も無く動き、しかも失敗するとは考えていなかったに違いない。
 それでも、当初の主張どおり、屋島攻めを反対するあたり、肝の据わった御仁であるのは間違いない。
「梶原殿の言はこの義経、忘れずにいたしましょう、まこと鎌倉殿の忠臣とは梶原殿ですな」
 屋島攻めの一番の反対者であった梶原景時は、自らの次男が妻の父親を使った義経暗殺事件失敗を知り、京に一時的に逼塞、鎌倉御家人には影響力を保ったが、この件以降、義経の作戦に表立っては反対しなかった。一方命を狙われた義経も、梶原景時の非を唱えず、なんらの罰も要求していない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

妖刀 益荒男

地辻夜行
歴史・時代
東西南北老若男女 お集まりいただきました皆様に 本日お聞きいただきますのは 一人の男の人生を狂わせた妖刀の話か はたまた一本の妖刀の剣生を狂わせた男の話か 蓋をあけて見なけりゃわからない 妖気に魅入られた少女にのっぺらぼう からかい上手の女に皮肉な忍び 個性豊かな面子に振り回され 妖刀は己の求める鞘に会えるのか 男は己の尊厳を取り戻せるのか 一人と一刀の冒険活劇 いまここに開幕、か~い~ま~く~

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

リュサンドロス伝―プルターク英雄伝より―

N2
歴史・時代
古代ギリシアの著述家プルタルコス(プルターク)の代表作『対比列伝(英雄伝)』は、ギリシアとローマの指導者たちの伝記集です。 そのなかには、マンガ『ヒストリエ』で紹介されるまでわが国ではほとんど知るひとのなかったエウメネスなど、有名ではなくとも魅力的な生涯を送った人物のものがたりが収録されています。 いままでに4回ほど完全邦訳されたものが出版されましたが、現在流通しているのは西洋古典叢書版のみ。名著の訳がこれだけというのは少しさみしい気がします。 そこで英文から重訳するかたちで翻訳を試みることにしました。 底本はJohn Dryden(1859)のものと、Bernadotte Perrin(1919)を用いました。 沢山いる人物のなかで、まずエウメネス、つぎにニキアスの伝記を取り上げました。この「リュサンドロス伝」は第3弾です。 リュサンドロスは軍事大国スパルタの将軍で、ペロポネソス戦争を終わらせた人物です。ということは平和を愛する有徳者かといえばそうではありません。策謀を好み性格は苛烈、しかし現場の人気は高いという、いわば“悪のカリスマ”です。シチリア遠征の後からお話しがはじまるので、ちょうどニキアス伝の続きとして読むこともできます。どうぞ最後までお付き合いください。 ※区切りの良いところまで翻訳するたびに投稿していくので、ぜんぶで何項目になるかわかりません。

処理中です...