14 / 38
4章 衰亡の風と救いの光
4-2
しおりを挟む
草深い土地が放つ大地の匂いが薄れ、海の持つ潮の香りが空気に混ざってきた。義高はその香りと共にあの鎌倉の日々を思い出す。
鎌倉も海が近く、常に風の香りに潮が混ざり、独特だった。それまで木曽、信州、武蔵等、海に縁のない暮らしをしていた義高からすれば、それは新しい刺激だった。同じ日の本でこうも香りが違う物かと。
そしていつしか、その香りは大姫の香りとなって義高に記憶された。
だから義高はいつになっても、潮風を感じると胸が締め付けられるような痛みを感じてしまう、我妻は無事であろうか?と。
大姫の体調回復は山海和尚、元木曾軍団の今井四郎から聞いてはいるが、たった一人鎌倉にあって、鎌倉殿に逆らうような事をする彼女が、気が気ではない。
彼女の情報分析は正確すぎるほど正確で、取るべき策も添えられていた。
まずは九朗判官義経殿との和解と繋ぎを取る事。次に平家の分断だ。
大姫曰く、今の平家を率いている宗盛では時間稼ぎもできずに滅んでしまう。そうなれば義高の生きる余地がなくなり、さらには再会もありえないとの事だ。
ならば今の平家を分断し、その片方と協調することが求められる。
「だから重衛殿の奪還となるんだろうな」
平重衛は平家一門の中にあって武断で知られ、伊賀中将家雅とも似た気質を持っている為に伊賀衆との仲は悪くない。
武だけの粗野な人物ではなく人望に厚く、和歌や管弦の技に秀でるという、平家にあってさえ珍しい人種である。
とかく平家は清盛亡き後は人に恵まれないと言われるが、この重衛や知盛など高い能力を持つ人間は数多くいた。そうでなければ頼朝が挙兵するまで全国を支配することなどできよう筈もない。
ただ今の平家は頂点に立つ人間が悪いだけなのだ。と、これも大姫からの書状にあった言葉だ。
義高自身は平家の人間、特に公達武者と呼ばれる方々と会ったことはない。
「姫も、会った事はないはずなんだがな・・・」
鎌倉殿が伊豆にて挙兵する前も後も、公家との接触はほとんどなかったはずだ。
「情報どおりなら、まもなく重衛殿一行は尾張に入るぞ義高殿」
あの後、平田家雅の計らいで、なぜか今回の策に富田家輔が参加した。立場は以前と完全に逆転して、今回は義高が隊長役となっている。
家輔は、義高が木曾源氏の跡継ぎである事を家雅が告げる前に、助力を承諾したらしい。
何か家輔に気に入られるような事をしただろうかと、義高は考えたが答えは出なかった。しかし正直家輔の助力はありがたいし、義高自身家輔は嫌いではない。
どことなく、兄の様に感じているのだろうか。
「気を抜くなよ義次、こんな大胆な策、気を抜くと失敗するぞ」
そしてまたしても、無理やりに着いてきた華の声。彼女は薄皮鎧に水干、背には重藤の弓と弓坪という姿。さらに馬にも乗っているので、良家の若武者と言った風情となっている。
今回こそはついて来ないように説得したのだが、大井実春との戦に於いて活躍したことを主張され、更には家長と実春の相打ちで済んだ話を、実際は違うと皆にばらすと脅され、仕方がなく承知した。まあ隠れてついてくるよりは、見える範囲に居るほうが安心ともいえよう。
また彼女は義高の事を決して義高と呼ばずに今でも偽名である義次と呼ぶ。何か彼女の中で決まった誓いでもあるのだろうか?
義高がその事を気にしないので、すでに義高の素性を明かされている家輔も何も言わない。
「しかし、その源継信という人は信用できるのか?仮にもわれらは平氏、向こうは源氏、やすやすと重衛殿を渡すとも思えないんだが」
「そうだ、その、まぁあの、おお、お、大姫とか言う娘一人の話だけなんだろう?」
家輔が問いかけると、待ってましたとばかりに華も言葉を被せてくる。
確かに義高も大姫の策を聞いていなければ、重衛が捕らわれていることも知らなかったし、知った所で何も感じなかっただろう。ましてやその護送役の武士など信じる信じない以前だ。
「そうだ、大姫からの書状にあった人物で、今回の重衛殿護送の責任者でもある、元々近江の源氏だが、平家全盛の時には平家にも近かった武士らしい、その為か坂東武士の態度の大きさに辟易しているとも書いてあった」
「ふっふん、そんなのわからないじゃないか?大体書状が書かれたのは大分前の事で、そこから話が変わってるかもしれないだろ?危険じゃないか?」
華の主張はもっともだ。もしこの書状自体が重衛護送決定の前に書かれたと知れば、華はもっと明確に反対したことだろう。
「なぁ華、確かに危険だけど平家分断には、絶対に重衛殿は必要なお方だ、鎌倉に連れて行かれたら手も脚も出なくなる、だからこそ、この地で奪還しなければならないんだ」
義高は、なぜここで平家分断が必要なのか説明しなかった。いや、説明できなかったのだ。自分は源氏の一派、木曽源氏の跡継ぎなのだ。
それがなぜ不倶戴天の敵の、平家の武士を助けるのか。
自分の父が旭将軍と呼ばれながらも、鎌倉殿に征伐された事と関係はあるのだろう。自分は源氏と思っているが、もしかしたら既に違うのかもしれない。
もう一度大姫と会う為には、必要と割り切るしかない。
「わかったよ、そのお、おお、大姫の言うとおりって言うんだろう?邪魔はしないし頑張るよっ」
そういうと華は馬と共に後方に下がった。一緒に安田の郎党数名も下がる。
「ははっ義高殿は面白う御仁だな、あのやんちゃな華殿に惚れられているし、当人はまるで古女房の様に扱うし、いや、結構結構、それでこそ木曾の跡継ぎ」
家輔も笑いながら義高から離れる。彼は彼でこの隊の主力である安田家の郎党百人の面倒を見なければならないからだ。
「なんだって言うんだ?」
後には良く判っていない義高だけが残された。
鎌倉も海が近く、常に風の香りに潮が混ざり、独特だった。それまで木曽、信州、武蔵等、海に縁のない暮らしをしていた義高からすれば、それは新しい刺激だった。同じ日の本でこうも香りが違う物かと。
そしていつしか、その香りは大姫の香りとなって義高に記憶された。
だから義高はいつになっても、潮風を感じると胸が締め付けられるような痛みを感じてしまう、我妻は無事であろうか?と。
大姫の体調回復は山海和尚、元木曾軍団の今井四郎から聞いてはいるが、たった一人鎌倉にあって、鎌倉殿に逆らうような事をする彼女が、気が気ではない。
彼女の情報分析は正確すぎるほど正確で、取るべき策も添えられていた。
まずは九朗判官義経殿との和解と繋ぎを取る事。次に平家の分断だ。
大姫曰く、今の平家を率いている宗盛では時間稼ぎもできずに滅んでしまう。そうなれば義高の生きる余地がなくなり、さらには再会もありえないとの事だ。
ならば今の平家を分断し、その片方と協調することが求められる。
「だから重衛殿の奪還となるんだろうな」
平重衛は平家一門の中にあって武断で知られ、伊賀中将家雅とも似た気質を持っている為に伊賀衆との仲は悪くない。
武だけの粗野な人物ではなく人望に厚く、和歌や管弦の技に秀でるという、平家にあってさえ珍しい人種である。
とかく平家は清盛亡き後は人に恵まれないと言われるが、この重衛や知盛など高い能力を持つ人間は数多くいた。そうでなければ頼朝が挙兵するまで全国を支配することなどできよう筈もない。
ただ今の平家は頂点に立つ人間が悪いだけなのだ。と、これも大姫からの書状にあった言葉だ。
義高自身は平家の人間、特に公達武者と呼ばれる方々と会ったことはない。
「姫も、会った事はないはずなんだがな・・・」
鎌倉殿が伊豆にて挙兵する前も後も、公家との接触はほとんどなかったはずだ。
「情報どおりなら、まもなく重衛殿一行は尾張に入るぞ義高殿」
あの後、平田家雅の計らいで、なぜか今回の策に富田家輔が参加した。立場は以前と完全に逆転して、今回は義高が隊長役となっている。
家輔は、義高が木曾源氏の跡継ぎである事を家雅が告げる前に、助力を承諾したらしい。
何か家輔に気に入られるような事をしただろうかと、義高は考えたが答えは出なかった。しかし正直家輔の助力はありがたいし、義高自身家輔は嫌いではない。
どことなく、兄の様に感じているのだろうか。
「気を抜くなよ義次、こんな大胆な策、気を抜くと失敗するぞ」
そしてまたしても、無理やりに着いてきた華の声。彼女は薄皮鎧に水干、背には重藤の弓と弓坪という姿。さらに馬にも乗っているので、良家の若武者と言った風情となっている。
今回こそはついて来ないように説得したのだが、大井実春との戦に於いて活躍したことを主張され、更には家長と実春の相打ちで済んだ話を、実際は違うと皆にばらすと脅され、仕方がなく承知した。まあ隠れてついてくるよりは、見える範囲に居るほうが安心ともいえよう。
また彼女は義高の事を決して義高と呼ばずに今でも偽名である義次と呼ぶ。何か彼女の中で決まった誓いでもあるのだろうか?
義高がその事を気にしないので、すでに義高の素性を明かされている家輔も何も言わない。
「しかし、その源継信という人は信用できるのか?仮にもわれらは平氏、向こうは源氏、やすやすと重衛殿を渡すとも思えないんだが」
「そうだ、その、まぁあの、おお、お、大姫とか言う娘一人の話だけなんだろう?」
家輔が問いかけると、待ってましたとばかりに華も言葉を被せてくる。
確かに義高も大姫の策を聞いていなければ、重衛が捕らわれていることも知らなかったし、知った所で何も感じなかっただろう。ましてやその護送役の武士など信じる信じない以前だ。
「そうだ、大姫からの書状にあった人物で、今回の重衛殿護送の責任者でもある、元々近江の源氏だが、平家全盛の時には平家にも近かった武士らしい、その為か坂東武士の態度の大きさに辟易しているとも書いてあった」
「ふっふん、そんなのわからないじゃないか?大体書状が書かれたのは大分前の事で、そこから話が変わってるかもしれないだろ?危険じゃないか?」
華の主張はもっともだ。もしこの書状自体が重衛護送決定の前に書かれたと知れば、華はもっと明確に反対したことだろう。
「なぁ華、確かに危険だけど平家分断には、絶対に重衛殿は必要なお方だ、鎌倉に連れて行かれたら手も脚も出なくなる、だからこそ、この地で奪還しなければならないんだ」
義高は、なぜここで平家分断が必要なのか説明しなかった。いや、説明できなかったのだ。自分は源氏の一派、木曽源氏の跡継ぎなのだ。
それがなぜ不倶戴天の敵の、平家の武士を助けるのか。
自分の父が旭将軍と呼ばれながらも、鎌倉殿に征伐された事と関係はあるのだろう。自分は源氏と思っているが、もしかしたら既に違うのかもしれない。
もう一度大姫と会う為には、必要と割り切るしかない。
「わかったよ、そのお、おお、大姫の言うとおりって言うんだろう?邪魔はしないし頑張るよっ」
そういうと華は馬と共に後方に下がった。一緒に安田の郎党数名も下がる。
「ははっ義高殿は面白う御仁だな、あのやんちゃな華殿に惚れられているし、当人はまるで古女房の様に扱うし、いや、結構結構、それでこそ木曾の跡継ぎ」
家輔も笑いながら義高から離れる。彼は彼でこの隊の主力である安田家の郎党百人の面倒を見なければならないからだ。
「なんだって言うんだ?」
後には良く判っていない義高だけが残された。
0
あなたにおすすめの小説
戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~
川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる
…はずだった。
まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか?
敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。
文治系藩主は頼りなし?
暴れん坊藩主がまさかの活躍?
参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。
更新は週5~6予定です。
※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。
江戸の夕映え
大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。
「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三)
そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。
同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。
しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる