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4章 衰亡の風と救いの光
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平重衛は風に揺られてゆるり、と馬に身を任せる。
左右には無骨な源氏の武者共が、鋭い目で左右を見る振りをしながら、その実、重衛への監視を怠っていない。
武者たちのその向こうには雄大な伊吹山の広がりがあり、狭い京の風景を圧して余りある大自然の強靭さを重衛に感じさせる。
これから重衛は鎌倉へと護送される。
そうなれば、日本一と名高い不死の山も見る機会があるだろうか?
鎌倉に向かうのは一の谷の敗戦で俘虜となったのもあるが、本来の目的は京の後白河院から下された密命、鎌倉と平家の手打ちの斡旋であった。
源平争乱を心待ちにしていた院を始めとした京の公卿衆であったが、このままでは鎌倉が強大になりすぎると言う事が予見され、危惧を覚え始めたのだろう。
片側が強くなりすぎれば、自らの権力が犯される。
だから武力は分かれていた方が、院にも公家衆にも望ましい。
何を勝手なことをと、重衛は思う。
いまさら自身が鎌倉に向かい手打ちを訴えたところで、義経殿ならばいざ知らず、源氏の棟梁たる頼朝殿が認めるはずがない。
鎌倉殿は平家への復仇を唱えているが、その実は天下の権を都から、院や公家集から奪い去りたいのだ。
だから鎌倉殿は、都に呼ばれても来るそぶりさえ見せない。
現状で都に来ると言う事は、院に仕えると言う事に等しいと、気づいているのだ。
だから舎弟達を都に派遣し、自らは東国にまったく新たな府を築いている。
それが鎌倉殿、頼朝と言う男だ。
重衛から見れば凄いとなるが、その後に続く言葉は風雅の無い詰まらない男だ、となる。
そもそも、平家は自らの権力欲のみで戦ってきた事が無い。
後白河院の命令の元、討伐軍を組織はしたが、その他ではあくまで一族が虐げられた事に対して、迎え討ったかだけだ。結果として勢威を増したが、それは働いた分だけ報酬をもらっただけとも言える。
武力にかまけて権力を弄んで独善的に専断したことも無ければ、無実の者をゆえなく殺した事も無い。
清盛入道にしたところで、好色な院と敵対ではなく、友好を保つために愛する娘を入内させた事もある。
しかしあろうことか、院はその娘の器量が悪いとして入内させた娘も、親たる清盛入道も無視して対立した。
さらに院は側近や仏教勢力に囁きかけ、清盛打倒を何度も策謀する。
反乱直前の、最後の瀬戸際でやっと清盛入道が重い腰を上げて、院を軟禁する事で都の治安を回復したのだ。
清盛入道に権力独占の志あれば、孫の安徳天皇を全面的に支援し後白河院は高倉上皇同様に流刑にでもしていただろう。それをしないで都に院を留めていた事が清盛入道の心をあらわしていると重衡は思っている。
鎌倉殿にその話をすれば、軟弱なと思われようが、あくまで平家は平家の風雅な心を忘れてはならないと重衛は思う。
ただ殺しつくして、土地や官位を奪って、それで何が残るのか?
今より前、海の向こうにある中国で何が起こったか知れば良い。
秦と言う国が武力で周辺国を討伐した後、各地で反乱が頻発し、結局僅かな期間で国は廃亡し、王墓は暴かれたと言うではないか。
力だけでは駄目なのだ。
進むべき道には、誰もが期待する輝かしい光が無ければならぬのだ、目前に暗き世しかなくとも笑い飛ばし、皆に明日の、来年の期待を抱かせる、それが人の前に立つものの責任じゃ。とは一族の長者、平清盛入道の言葉だ。
その言葉を聞いたときの重衛は、元服前であったが今でも覚えている。氏の長者の割に小さな体に覇気を漲らせ他者を威圧しつつも、瞳の奥には柔らかい少年の様な輝きがあった事を。
左右を見る。
この武士達のどれだけが、頼朝の考えを熟知しているだろか。
確実に、知ってはいまい。
これらの武士たちは、自らが耕す土地が増え、それが犯されなければ、どのような者にでも従う。
その証拠に清盛入道健在なりし時には、重衛に尻尾を振る近江源氏の連中が少なからず集まってきていた。富士川の合戦など、源氏の武士同士の睨み合いもあったのだ。
だが、結果そんな武士で、都落ちの後まで付き従った者は数えるほども居ない。
まったく重衛にとって、このような草の靡きの様な武士は美しくない。
美とは、一筋に貫きあがいてこそ、殉じてこそだと重衛は考えている。
だから、重衛は院の密命あろうとも、そのあたりの事を頼朝に説き、自らの美を全うした後は命を永らえさせるつもりはない。
自刃もせずに俘虜になったのには、そんな理由もある。
このまま、このような武士共と共に事を成せば、必ず自らと自らの一族を滅ぼす結果となる事を頼朝に説く。平家と言う敵が居なくなれば隣の者に噛みつき、その者の耕した土地を奪う。その様な血で血を洗う凄惨な内部闘争が起きる事は自明の理で、元来源氏は同族同士でも、親兄弟であろうとも土地を巡っては殺し合う事に忌避を覚えぬ者どもだ。
ただ力で殺すだけ、奪うだけでは人として美しくない、それはまるで餓狼だ。伝えなければならない、鎌倉殿には餓狼ではなく平家の雅も継いでもらわねば、後世武士たるものの本質が問われてしまう。
そんな思いの旅路だ。
「道中ご不便をおかけいたしてます、三位中将殿」
「よい、わが身は俘虜なのだ、気を使われる立場でもなし、しかしそなたの気遣い、うれしく思う」
重衛に話しかけてきたのは、近江源氏の一派から派遣され、護衛の坂東武士の指揮役をしている源継信だった。
近江源氏であり京との交流も深い為、挙措や言葉にも何処となく雅が感じられる。
粗野が鎧を着ている、他の坂東武士たちとは大違いだ。
「ありがたきお言葉、しかし三位中将殿ほどの方を、鎌倉に護送とはまったく解せません、武士の弓矢の事は、それは生業、しかしその後の行為は正当とはいえませぬ」
「口が過ぎるぞ継信殿、鎌倉殿への聞こえもあろう、その方の立場が悪くなる事、この重衛が好むとお思いか?」
「お気遣い感じ入ります、今宵は尾張にて宿を求めまする、何があるわけでもござりませぬが、湯等も使えるとの事です」
「ふむ・・・・・・」
そこで重衛は継信の言葉に、違和感を覚えた。
尾張。
湯。
この二つは、源家にとって忌むべき言葉の筈だ。
彼らの棟梁、源頼朝の前代、源義朝が命を落とした場所が尾張の郎党の館で、さらに湯を使っている時に、身に寸鉄も帯びていない状態で討たれたのだ。
もしや、この坂東武士共は、同じ用にこの身を討つつもりか?
それを心配した継信は、言葉に謎をかけて、知らせようとしたのだろうか?
公然と鎌倉に逆らうことができない継信の、せめてもの心使いなのかもしれない。
「難儀な話よな」
重衛は雲の中に消えていこうとしている伊吹の山々を瞳に映し、かの義朝か自分か、どちらが武士にとって潔く美に適うか考えた。
左右には無骨な源氏の武者共が、鋭い目で左右を見る振りをしながら、その実、重衛への監視を怠っていない。
武者たちのその向こうには雄大な伊吹山の広がりがあり、狭い京の風景を圧して余りある大自然の強靭さを重衛に感じさせる。
これから重衛は鎌倉へと護送される。
そうなれば、日本一と名高い不死の山も見る機会があるだろうか?
鎌倉に向かうのは一の谷の敗戦で俘虜となったのもあるが、本来の目的は京の後白河院から下された密命、鎌倉と平家の手打ちの斡旋であった。
源平争乱を心待ちにしていた院を始めとした京の公卿衆であったが、このままでは鎌倉が強大になりすぎると言う事が予見され、危惧を覚え始めたのだろう。
片側が強くなりすぎれば、自らの権力が犯される。
だから武力は分かれていた方が、院にも公家衆にも望ましい。
何を勝手なことをと、重衛は思う。
いまさら自身が鎌倉に向かい手打ちを訴えたところで、義経殿ならばいざ知らず、源氏の棟梁たる頼朝殿が認めるはずがない。
鎌倉殿は平家への復仇を唱えているが、その実は天下の権を都から、院や公家集から奪い去りたいのだ。
だから鎌倉殿は、都に呼ばれても来るそぶりさえ見せない。
現状で都に来ると言う事は、院に仕えると言う事に等しいと、気づいているのだ。
だから舎弟達を都に派遣し、自らは東国にまったく新たな府を築いている。
それが鎌倉殿、頼朝と言う男だ。
重衛から見れば凄いとなるが、その後に続く言葉は風雅の無い詰まらない男だ、となる。
そもそも、平家は自らの権力欲のみで戦ってきた事が無い。
後白河院の命令の元、討伐軍を組織はしたが、その他ではあくまで一族が虐げられた事に対して、迎え討ったかだけだ。結果として勢威を増したが、それは働いた分だけ報酬をもらっただけとも言える。
武力にかまけて権力を弄んで独善的に専断したことも無ければ、無実の者をゆえなく殺した事も無い。
清盛入道にしたところで、好色な院と敵対ではなく、友好を保つために愛する娘を入内させた事もある。
しかしあろうことか、院はその娘の器量が悪いとして入内させた娘も、親たる清盛入道も無視して対立した。
さらに院は側近や仏教勢力に囁きかけ、清盛打倒を何度も策謀する。
反乱直前の、最後の瀬戸際でやっと清盛入道が重い腰を上げて、院を軟禁する事で都の治安を回復したのだ。
清盛入道に権力独占の志あれば、孫の安徳天皇を全面的に支援し後白河院は高倉上皇同様に流刑にでもしていただろう。それをしないで都に院を留めていた事が清盛入道の心をあらわしていると重衡は思っている。
鎌倉殿にその話をすれば、軟弱なと思われようが、あくまで平家は平家の風雅な心を忘れてはならないと重衛は思う。
ただ殺しつくして、土地や官位を奪って、それで何が残るのか?
今より前、海の向こうにある中国で何が起こったか知れば良い。
秦と言う国が武力で周辺国を討伐した後、各地で反乱が頻発し、結局僅かな期間で国は廃亡し、王墓は暴かれたと言うではないか。
力だけでは駄目なのだ。
進むべき道には、誰もが期待する輝かしい光が無ければならぬのだ、目前に暗き世しかなくとも笑い飛ばし、皆に明日の、来年の期待を抱かせる、それが人の前に立つものの責任じゃ。とは一族の長者、平清盛入道の言葉だ。
その言葉を聞いたときの重衛は、元服前であったが今でも覚えている。氏の長者の割に小さな体に覇気を漲らせ他者を威圧しつつも、瞳の奥には柔らかい少年の様な輝きがあった事を。
左右を見る。
この武士達のどれだけが、頼朝の考えを熟知しているだろか。
確実に、知ってはいまい。
これらの武士たちは、自らが耕す土地が増え、それが犯されなければ、どのような者にでも従う。
その証拠に清盛入道健在なりし時には、重衛に尻尾を振る近江源氏の連中が少なからず集まってきていた。富士川の合戦など、源氏の武士同士の睨み合いもあったのだ。
だが、結果そんな武士で、都落ちの後まで付き従った者は数えるほども居ない。
まったく重衛にとって、このような草の靡きの様な武士は美しくない。
美とは、一筋に貫きあがいてこそ、殉じてこそだと重衛は考えている。
だから、重衛は院の密命あろうとも、そのあたりの事を頼朝に説き、自らの美を全うした後は命を永らえさせるつもりはない。
自刃もせずに俘虜になったのには、そんな理由もある。
このまま、このような武士共と共に事を成せば、必ず自らと自らの一族を滅ぼす結果となる事を頼朝に説く。平家と言う敵が居なくなれば隣の者に噛みつき、その者の耕した土地を奪う。その様な血で血を洗う凄惨な内部闘争が起きる事は自明の理で、元来源氏は同族同士でも、親兄弟であろうとも土地を巡っては殺し合う事に忌避を覚えぬ者どもだ。
ただ力で殺すだけ、奪うだけでは人として美しくない、それはまるで餓狼だ。伝えなければならない、鎌倉殿には餓狼ではなく平家の雅も継いでもらわねば、後世武士たるものの本質が問われてしまう。
そんな思いの旅路だ。
「道中ご不便をおかけいたしてます、三位中将殿」
「よい、わが身は俘虜なのだ、気を使われる立場でもなし、しかしそなたの気遣い、うれしく思う」
重衛に話しかけてきたのは、近江源氏の一派から派遣され、護衛の坂東武士の指揮役をしている源継信だった。
近江源氏であり京との交流も深い為、挙措や言葉にも何処となく雅が感じられる。
粗野が鎧を着ている、他の坂東武士たちとは大違いだ。
「ありがたきお言葉、しかし三位中将殿ほどの方を、鎌倉に護送とはまったく解せません、武士の弓矢の事は、それは生業、しかしその後の行為は正当とはいえませぬ」
「口が過ぎるぞ継信殿、鎌倉殿への聞こえもあろう、その方の立場が悪くなる事、この重衛が好むとお思いか?」
「お気遣い感じ入ります、今宵は尾張にて宿を求めまする、何があるわけでもござりませぬが、湯等も使えるとの事です」
「ふむ・・・・・・」
そこで重衛は継信の言葉に、違和感を覚えた。
尾張。
湯。
この二つは、源家にとって忌むべき言葉の筈だ。
彼らの棟梁、源頼朝の前代、源義朝が命を落とした場所が尾張の郎党の館で、さらに湯を使っている時に、身に寸鉄も帯びていない状態で討たれたのだ。
もしや、この坂東武士共は、同じ用にこの身を討つつもりか?
それを心配した継信は、言葉に謎をかけて、知らせようとしたのだろうか?
公然と鎌倉に逆らうことができない継信の、せめてもの心使いなのかもしれない。
「難儀な話よな」
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