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合宿の夜、少しの恐怖
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その日の夜。
食後のわずかな時間に、教室から外を見ていたら、懐かしい顔が見えた。
夏休み前は毎日見た顔だけど、なんか授業とかが酷く遠い過去に思える。
夏休み全部がバドミントン漬けだからなぁ~。バドミントン以外を久しぶりに考えた気がした。
「やっほ~い、ユッコ」
教室の窓から手を出し、校門近くにいるユッコに手を振る私。
部活初日以降ちょっと気まずくなっていたけど、だんだんと普通にしゃべる様になったユッコ。
元々が雰囲気も合ったし、親友まで行かなくても私とユッコは友達だ。そのノリで手を振ったのだが、どうやらユッコは気づかない。なんかそわそわと左右を見回している。誰か待っているのかな。
「えっ、あれって同じクラスの子だよね」
私が手を振っていると、背後からコウメが近づいてきた。
ほんのりと香るシャンプーの香り。
実に女の子らしくて良い。
着ているのも、赤チェックのパジャマで寝る準備は万端って感じ。
女子とは言え、学校での合宿なので、半分以上がジャージで寝ている部員が多いけど、コウメは少数派だ。
マイノリティ万歳。
ちなみに、言うまでも無いがサチはジャージ派で、今は当初の宣言どおり洗濯に勤しんでいるからここにはいない。
「うん、そう私が部に入るとき巻き込んだユッコ、なんであんなところに居るのかなぁ」
相変わらずユッコはこちらに気づかないで、左右を見回している。
「誰かに会うにしても、ちょっと遅い時間だよね」
コウメの言うとおり、時計はそろそろ九時を指そうとしている。
夏休みだからって、夜遊び予備軍として補導対象にされてもおかしくない。
気づいてくれない振っていた手を窓際において目を凝らした時、少し離れた所からやたらと音の煩い車が現れこちらに向かって進んでくる。
この教室は四階にあるので、すぐに気づいたがユッコの位置からはわからない様で、スマホ片手に左右を見回しているユッコがまだ見える。
「ねぇちょっと、危なくない?」
深夜とは言えない時間帯だけど、それでも時期は夏休み。ここらじゃめったに聞かないナンパ目的の車かもしれない。そんな車に今のユッコが見つかったら大変な事になるかも!
「ちょっと言ってくるよ、私」
練習疲れの体はそれでも、コウメより先に浴びていたシャワーのおかげで、だいぶマシになっている。
私の想像以上の速度で、私の体は動いてくれた。
階段を二段飛ばしで昇降口へ。途中で先輩方とすれ違った気がしたけど、今は緊急だ。会釈だけで済まして先を急ぐ。
車の排気音に混じって、音楽のドゴンドゴンと言う低音が聞こえてくる。
すぐそばまで来ているみたい。
昇降口を抜けたら、校門はすぐ見えてくる。
居たっ。
スマホを抱きしめる様に持って、左右を見ているユッコ。
あ~もうユッコを呼び出したのが誰か知らんけど、早く来て上げなさいよね、このままじゃ危ないってば
「ユッコ!」
少し大きめの声を上げる。
車さえ居なければ、シンと静かな夜の学校なのだけど今は繁華街並みに騒音公害中だ。
それでもユッコは、すぐにこちらに気づいた。
「な、なんで居るのひかる?」
ユッコのびっくりした顔。
ごめんね、待ち人じゃなくって。
でもそんなにびっくりする事ないんじゃない?
「こっちこそだよ、私は合宿、部活動なの」
「合宿って、え、学校で?」
まぁ普通ならそうなるよなぁ~。合宿ってイメージはやっぱり海の近くとか、高原ちっくな涼しい場所のイメージあるよねぇ
「そお!学校なのよ残念ながらね!それで、ユッコはなにしてるの?」
聞くとユッコは、すごくバツの悪そうな顔になってスマホを覗き込む振りして目をあわせない。
なんだろう?
さらに問いかけようとすると、さっきみた車がゆっくりと、人が走る程度の速度で近づいてきた。
外灯の明かりに慣れた目に、ヘッドライトがまぶし過ぎる。
「あっれ~二人いるの?メッセには一人ってかいてなかったっけ?もしか人違い?」
車の中から声が聞こえる。
割と若い感じに聞こえるけど、車に乗っている段階で私たちより上だろう。
「まっいっか、待ち合わせの子にはドタキャンされたみたいだし、お嬢さんら、ちょっと遊ぼうよ~
さらに車が近づいてくる。こちらからはまぶしくて顔が判別できないが、向こうから私たちは服装までばっちり見えるだろう。
「ねぇ~ってば~、せっかくの夏休みだし冒険しよって」
「そうそう、いざ海まで冒険だ~ギャハハハハ」
車が止まり、ドアが開く音。
声の感じから男は三人いる。
逃げるにしてもユッコを連れて逃げれるかな?
「ねぇ、黙ってないでお話しようよ~、なんなら日の出までまで付き合うし、海見ながら日の出とかエモくね?」
「ちょっとユッコ、こっちに来て」
ユッコは校門の外、私は校門の内側にいる。
この時間、門は閉まっているのが普通だが、なぜか今は真ん中部分に人が通れる隙間分、開いている。
「おっと、それはないでしょ~お嬢さんら」
「そうそう、寂しくて可愛そうな僕らのお友達になってよぉ~」
車から降りてきた三人の男たちがユッコに狙いを定めて近寄ってくる。駄目だ、このままじゃユッコが連れて行かれちゃう。
「ユッコ!」
「ひかる!」
ユッコが救いを求めてこっちに伸ばした手が、男たちに遮られ届かない。
やばいやばいやばい。
こんな時どうすれば?
警察?通報?助けを呼ぶ?でも誰に?
「もう、誰でもいいから、助けてくださ~い」
学校の周囲はひらけていて近くに民家は無い。
一番近くても三百メートルは離れている気がする。
声が届くのは難しいだろうし、その声を聞いて誰かが助けてくれるなんて期待はほぼない。
それでも叫んでいる間、男たちもユッコに無茶なことをしないのでは、との期待はある。
「うっせ~」
「やばいよまっつん、とりあえず攫っちゃう?どうせ山で捨てればいいしさ」
おいおい、夜明けの海で日の出のシュチュはどうした?と突っ込みが頭をよぎるけど、それよりも気軽に人を捨てると言える感性が怖い。
「えっちょっと、待って、助けて、助けてひかる!」
男達がユッコの両手を抑え、車に無理やり連れて行こうとする。
まずいよ、もう、どうしよう、なにか、なにかない?
近くに武器になりそうなものは無い。
あるのは学校創立何十周年を祝う石碑と、その隣には初代学長のブロンズ像。
役たたねぇ~
「おい!お前ら何してる!」
低めの声だったけど、明らかな女性の声。一瞬ビクッとなった男たちだったけど、声の主が女性と気づくとそのままユッコを車に連れ込もうと引きずる。
「やめておけよ、若者くん達」
声の主は私から見て車の向こう。
ヘッドライトのせいでよく見えない。
「誰だかわかんえぇけそ、うるせぇ~っよ、僕ちゃんの自由恋愛邪魔しないでくれまちゅか~?」
一人がユッコから手を離し、声の主へと殴りかかる。
今だ。
私の目の前に、男がユッコの左手を抑えてる腕がある。
この腕をなんとかすれば。
「にゅ~」
怖くて動けなくなりそうな体に気合いを入れてみると、意外にも私の体は素直に動いてくれた。
一歩前に踏み出して、腕を上からグーで叩く。
「おわっ、痛~、何してくれちゃってんのコイツ」
男が、劇画並みの形相で私を睨んでくるけど無視。自由になったユッコを確保して校門内に突き飛ばす。
「あんま、調子に乗ってんじゃねぇよな!」
ガッ
男が雑な感じで腕を振り上げ、殴りかかってくる。
あ、あれ?
男の拳がゆっくり私に迫る。本当にゆっくりに見える。避けるのも簡単だ。
「てめえ!」
「待て待て待て~、それ以上はヤバイよ」
聞きなれた声。
どこか相手を小馬鹿にしたような響きが含まれた、サチの声だった。
「動画とってるから、暴行、誘拐、不法侵入、どれでも行けるよね、あ、車のナンバーも撮影済みだから、今なら警察には言わないでいても良いよ」
「サチ!」
「おっおいまっつんヤベェって、こんなんで警察とか洒落になんねぇって」
「チッ」
脱兎の速さって、初めて見た。
わたわたと男達は車に乗ると、走り去っていった。
「はぁ~」
脱力し、そのままヘナヘナと地面に座り込んでしまう。たぶん五分もなかった出来事なんだろうけど、全身から力が抜けた。
「無事か?」
頭を上げるとヒカガミ先輩の顔と、サチの顔があった。
「私は無事です、華麗に避けてやりましたから」
あの時の記憶を思い出すと、確かに男の拳は冗談みたいにゆっくり見えていた。あれってなんだろう。
「そうか、なら良い夏はこのあたりでもあんなのが出るんだな、さっさと教室へ行って寝るように」
「あ、ちょっと待ってくださいよ先輩」
颯爽と去っていくヒカガミ先輩を追って、サチが小走りで校内に入っていく。
去り際ちらりとユッコを見るが、なにも言わずに二人とも歩いていった。
ユッコのそばにはいつの間に来ていたのかコウメが彼女の両肩を抱いている、落ち着かせようとしている様にも、逃がさないようにしているのかの様にも見える。
「ひかる、私っ私は、ごめん」
その言葉だけで大体察した。
つまりユッコはひと夏の冒険でSNSとか使って、あの男達と待ち合わせをしていたのだ。まさか学校で合宿をしているなんて知らないユッコは、このあたりなら相手から目立つし、周囲には誰もいないから、待ち合わせ場所にしたんだろう。
結局ユッコの自業自得に、私たちはお人よしにも巻き込まれたわけだ。
でもなんで?
ついこの間までユッコは私と似たような感じで、おとなしめのインドア派だった筈。
夜遊びとかぜんぜんイメージに無いのに。
「どうして?」
ちょっとキツイ声になっちゃった。ユッコよりその肩を抑えているコウメの方がビクっとしている。
「だって、だってさひかる、高校入ってからなんか上手くいってるみたいでさ、高校デビュー?私も中学の時みたいになりたくないって考えていたら、ネットなら出来るかなって思ったの、何回もやり取りして、さっき会うまではそんな雰囲気じゃなくて優しい人なんだろうなって思ってて、それなら少し会うくらいはって」
ああ~なんかどっかで聞いたことある内容だ。
でも、それって私のせい?私は私で結構いっぱいいっぱいだったんだけどなぁ~
「はぁ~もういいよ、とにかくユッコが無事ならいい、それで?これからどうするの?一人じゃ帰るの怖いでしょ」
あんな事があった直後だ。私としても一人で帰すってのは心配。でも私が家まで送ったとして、それではここに帰ってくる時に私が一人になっちゃう。
「先生に車出してもらうとか」
「ん~そうなると、ユッコ、少し覚悟したほうが良いよ」
先生の車で娘が帰宅、となれば親は絶対に事情を娘から聞こうとするだろう。
それもかなりしつこく。
うっさいな!とか言って部屋に閉じこもる様な家庭環境では、ユッコの家は無いはずだ。
遊びに行った時の雰囲気から、優しい仲良し家庭の感じだった。
深夜の家族会議が行われ、ユッコはだいぶ叱られる事になる。
「お前ら、教室戻れって言っただろ、ほらほら」
何故かサチと一緒に戻ってきた先輩がユッコの手を取ると、連行していくように連れ去る。
「先輩に任せとけば大丈夫、動画も渡したし」
なるほどサチらしい。根回しは完璧って事かな?
自分では警察に通報はしないけど、先輩に言わないとも先輩が通報しないとも言ってない。たぶん先輩はユッコを家まで送った帰りに交番にでもいくのだろうな。
まああのヒカガミ先輩に任せておけば、良い方向にもって行ってくれると思う。大人の経験からユッコを諭してもくれるだろうからね。
かくして、内容が充実しすぎてお腹一杯な合宿二日目が終了した。
疲れた・・・。青春って疲れるものなのね。
と思うと同時に、あの時ヒカガミ先輩とサチが来なかったら、私とユッコはどうなっていたんだろうかと、背筋が寒くなった。
思い返すと、下手な夏の怪談話よりも怖かったな。
食後のわずかな時間に、教室から外を見ていたら、懐かしい顔が見えた。
夏休み前は毎日見た顔だけど、なんか授業とかが酷く遠い過去に思える。
夏休み全部がバドミントン漬けだからなぁ~。バドミントン以外を久しぶりに考えた気がした。
「やっほ~い、ユッコ」
教室の窓から手を出し、校門近くにいるユッコに手を振る私。
部活初日以降ちょっと気まずくなっていたけど、だんだんと普通にしゃべる様になったユッコ。
元々が雰囲気も合ったし、親友まで行かなくても私とユッコは友達だ。そのノリで手を振ったのだが、どうやらユッコは気づかない。なんかそわそわと左右を見回している。誰か待っているのかな。
「えっ、あれって同じクラスの子だよね」
私が手を振っていると、背後からコウメが近づいてきた。
ほんのりと香るシャンプーの香り。
実に女の子らしくて良い。
着ているのも、赤チェックのパジャマで寝る準備は万端って感じ。
女子とは言え、学校での合宿なので、半分以上がジャージで寝ている部員が多いけど、コウメは少数派だ。
マイノリティ万歳。
ちなみに、言うまでも無いがサチはジャージ派で、今は当初の宣言どおり洗濯に勤しんでいるからここにはいない。
「うん、そう私が部に入るとき巻き込んだユッコ、なんであんなところに居るのかなぁ」
相変わらずユッコはこちらに気づかないで、左右を見回している。
「誰かに会うにしても、ちょっと遅い時間だよね」
コウメの言うとおり、時計はそろそろ九時を指そうとしている。
夏休みだからって、夜遊び予備軍として補導対象にされてもおかしくない。
気づいてくれない振っていた手を窓際において目を凝らした時、少し離れた所からやたらと音の煩い車が現れこちらに向かって進んでくる。
この教室は四階にあるので、すぐに気づいたがユッコの位置からはわからない様で、スマホ片手に左右を見回しているユッコがまだ見える。
「ねぇちょっと、危なくない?」
深夜とは言えない時間帯だけど、それでも時期は夏休み。ここらじゃめったに聞かないナンパ目的の車かもしれない。そんな車に今のユッコが見つかったら大変な事になるかも!
「ちょっと言ってくるよ、私」
練習疲れの体はそれでも、コウメより先に浴びていたシャワーのおかげで、だいぶマシになっている。
私の想像以上の速度で、私の体は動いてくれた。
階段を二段飛ばしで昇降口へ。途中で先輩方とすれ違った気がしたけど、今は緊急だ。会釈だけで済まして先を急ぐ。
車の排気音に混じって、音楽のドゴンドゴンと言う低音が聞こえてくる。
すぐそばまで来ているみたい。
昇降口を抜けたら、校門はすぐ見えてくる。
居たっ。
スマホを抱きしめる様に持って、左右を見ているユッコ。
あ~もうユッコを呼び出したのが誰か知らんけど、早く来て上げなさいよね、このままじゃ危ないってば
「ユッコ!」
少し大きめの声を上げる。
車さえ居なければ、シンと静かな夜の学校なのだけど今は繁華街並みに騒音公害中だ。
それでもユッコは、すぐにこちらに気づいた。
「な、なんで居るのひかる?」
ユッコのびっくりした顔。
ごめんね、待ち人じゃなくって。
でもそんなにびっくりする事ないんじゃない?
「こっちこそだよ、私は合宿、部活動なの」
「合宿って、え、学校で?」
まぁ普通ならそうなるよなぁ~。合宿ってイメージはやっぱり海の近くとか、高原ちっくな涼しい場所のイメージあるよねぇ
「そお!学校なのよ残念ながらね!それで、ユッコはなにしてるの?」
聞くとユッコは、すごくバツの悪そうな顔になってスマホを覗き込む振りして目をあわせない。
なんだろう?
さらに問いかけようとすると、さっきみた車がゆっくりと、人が走る程度の速度で近づいてきた。
外灯の明かりに慣れた目に、ヘッドライトがまぶし過ぎる。
「あっれ~二人いるの?メッセには一人ってかいてなかったっけ?もしか人違い?」
車の中から声が聞こえる。
割と若い感じに聞こえるけど、車に乗っている段階で私たちより上だろう。
「まっいっか、待ち合わせの子にはドタキャンされたみたいだし、お嬢さんら、ちょっと遊ぼうよ~
さらに車が近づいてくる。こちらからはまぶしくて顔が判別できないが、向こうから私たちは服装までばっちり見えるだろう。
「ねぇ~ってば~、せっかくの夏休みだし冒険しよって」
「そうそう、いざ海まで冒険だ~ギャハハハハ」
車が止まり、ドアが開く音。
声の感じから男は三人いる。
逃げるにしてもユッコを連れて逃げれるかな?
「ねぇ、黙ってないでお話しようよ~、なんなら日の出までまで付き合うし、海見ながら日の出とかエモくね?」
「ちょっとユッコ、こっちに来て」
ユッコは校門の外、私は校門の内側にいる。
この時間、門は閉まっているのが普通だが、なぜか今は真ん中部分に人が通れる隙間分、開いている。
「おっと、それはないでしょ~お嬢さんら」
「そうそう、寂しくて可愛そうな僕らのお友達になってよぉ~」
車から降りてきた三人の男たちがユッコに狙いを定めて近寄ってくる。駄目だ、このままじゃユッコが連れて行かれちゃう。
「ユッコ!」
「ひかる!」
ユッコが救いを求めてこっちに伸ばした手が、男たちに遮られ届かない。
やばいやばいやばい。
こんな時どうすれば?
警察?通報?助けを呼ぶ?でも誰に?
「もう、誰でもいいから、助けてくださ~い」
学校の周囲はひらけていて近くに民家は無い。
一番近くても三百メートルは離れている気がする。
声が届くのは難しいだろうし、その声を聞いて誰かが助けてくれるなんて期待はほぼない。
それでも叫んでいる間、男たちもユッコに無茶なことをしないのでは、との期待はある。
「うっせ~」
「やばいよまっつん、とりあえず攫っちゃう?どうせ山で捨てればいいしさ」
おいおい、夜明けの海で日の出のシュチュはどうした?と突っ込みが頭をよぎるけど、それよりも気軽に人を捨てると言える感性が怖い。
「えっちょっと、待って、助けて、助けてひかる!」
男達がユッコの両手を抑え、車に無理やり連れて行こうとする。
まずいよ、もう、どうしよう、なにか、なにかない?
近くに武器になりそうなものは無い。
あるのは学校創立何十周年を祝う石碑と、その隣には初代学長のブロンズ像。
役たたねぇ~
「おい!お前ら何してる!」
低めの声だったけど、明らかな女性の声。一瞬ビクッとなった男たちだったけど、声の主が女性と気づくとそのままユッコを車に連れ込もうと引きずる。
「やめておけよ、若者くん達」
声の主は私から見て車の向こう。
ヘッドライトのせいでよく見えない。
「誰だかわかんえぇけそ、うるせぇ~っよ、僕ちゃんの自由恋愛邪魔しないでくれまちゅか~?」
一人がユッコから手を離し、声の主へと殴りかかる。
今だ。
私の目の前に、男がユッコの左手を抑えてる腕がある。
この腕をなんとかすれば。
「にゅ~」
怖くて動けなくなりそうな体に気合いを入れてみると、意外にも私の体は素直に動いてくれた。
一歩前に踏み出して、腕を上からグーで叩く。
「おわっ、痛~、何してくれちゃってんのコイツ」
男が、劇画並みの形相で私を睨んでくるけど無視。自由になったユッコを確保して校門内に突き飛ばす。
「あんま、調子に乗ってんじゃねぇよな!」
ガッ
男が雑な感じで腕を振り上げ、殴りかかってくる。
あ、あれ?
男の拳がゆっくり私に迫る。本当にゆっくりに見える。避けるのも簡単だ。
「てめえ!」
「待て待て待て~、それ以上はヤバイよ」
聞きなれた声。
どこか相手を小馬鹿にしたような響きが含まれた、サチの声だった。
「動画とってるから、暴行、誘拐、不法侵入、どれでも行けるよね、あ、車のナンバーも撮影済みだから、今なら警察には言わないでいても良いよ」
「サチ!」
「おっおいまっつんヤベェって、こんなんで警察とか洒落になんねぇって」
「チッ」
脱兎の速さって、初めて見た。
わたわたと男達は車に乗ると、走り去っていった。
「はぁ~」
脱力し、そのままヘナヘナと地面に座り込んでしまう。たぶん五分もなかった出来事なんだろうけど、全身から力が抜けた。
「無事か?」
頭を上げるとヒカガミ先輩の顔と、サチの顔があった。
「私は無事です、華麗に避けてやりましたから」
あの時の記憶を思い出すと、確かに男の拳は冗談みたいにゆっくり見えていた。あれってなんだろう。
「そうか、なら良い夏はこのあたりでもあんなのが出るんだな、さっさと教室へ行って寝るように」
「あ、ちょっと待ってくださいよ先輩」
颯爽と去っていくヒカガミ先輩を追って、サチが小走りで校内に入っていく。
去り際ちらりとユッコを見るが、なにも言わずに二人とも歩いていった。
ユッコのそばにはいつの間に来ていたのかコウメが彼女の両肩を抱いている、落ち着かせようとしている様にも、逃がさないようにしているのかの様にも見える。
「ひかる、私っ私は、ごめん」
その言葉だけで大体察した。
つまりユッコはひと夏の冒険でSNSとか使って、あの男達と待ち合わせをしていたのだ。まさか学校で合宿をしているなんて知らないユッコは、このあたりなら相手から目立つし、周囲には誰もいないから、待ち合わせ場所にしたんだろう。
結局ユッコの自業自得に、私たちはお人よしにも巻き込まれたわけだ。
でもなんで?
ついこの間までユッコは私と似たような感じで、おとなしめのインドア派だった筈。
夜遊びとかぜんぜんイメージに無いのに。
「どうして?」
ちょっとキツイ声になっちゃった。ユッコよりその肩を抑えているコウメの方がビクっとしている。
「だって、だってさひかる、高校入ってからなんか上手くいってるみたいでさ、高校デビュー?私も中学の時みたいになりたくないって考えていたら、ネットなら出来るかなって思ったの、何回もやり取りして、さっき会うまではそんな雰囲気じゃなくて優しい人なんだろうなって思ってて、それなら少し会うくらいはって」
ああ~なんかどっかで聞いたことある内容だ。
でも、それって私のせい?私は私で結構いっぱいいっぱいだったんだけどなぁ~
「はぁ~もういいよ、とにかくユッコが無事ならいい、それで?これからどうするの?一人じゃ帰るの怖いでしょ」
あんな事があった直後だ。私としても一人で帰すってのは心配。でも私が家まで送ったとして、それではここに帰ってくる時に私が一人になっちゃう。
「先生に車出してもらうとか」
「ん~そうなると、ユッコ、少し覚悟したほうが良いよ」
先生の車で娘が帰宅、となれば親は絶対に事情を娘から聞こうとするだろう。
それもかなりしつこく。
うっさいな!とか言って部屋に閉じこもる様な家庭環境では、ユッコの家は無いはずだ。
遊びに行った時の雰囲気から、優しい仲良し家庭の感じだった。
深夜の家族会議が行われ、ユッコはだいぶ叱られる事になる。
「お前ら、教室戻れって言っただろ、ほらほら」
何故かサチと一緒に戻ってきた先輩がユッコの手を取ると、連行していくように連れ去る。
「先輩に任せとけば大丈夫、動画も渡したし」
なるほどサチらしい。根回しは完璧って事かな?
自分では警察に通報はしないけど、先輩に言わないとも先輩が通報しないとも言ってない。たぶん先輩はユッコを家まで送った帰りに交番にでもいくのだろうな。
まああのヒカガミ先輩に任せておけば、良い方向にもって行ってくれると思う。大人の経験からユッコを諭してもくれるだろうからね。
かくして、内容が充実しすぎてお腹一杯な合宿二日目が終了した。
疲れた・・・。青春って疲れるものなのね。
と思うと同時に、あの時ヒカガミ先輩とサチが来なかったら、私とユッコはどうなっていたんだろうかと、背筋が寒くなった。
思い返すと、下手な夏の怪談話よりも怖かったな。
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