ひかる、きらきら

和紗かをる

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はじめたころ

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きらきらとしたひかりを放ちながら、ゆっくりと雫が足元の地面に落ちていく。
 地面に触れた瞬間にはじけて黒いシミに変わってしまうのを見ながら、私は荒れる息に胸を揺らしていた。
 足の筋肉は熱を持ち、これ以上走る事を嫌がる様に、鈍い痛みを伴い始めている。
 だけど
 頬を伝い落ちる雫と共に、顔を上げ、前を見る。
 空気が揺らぐほどの強い日差しの中に浮かび上がるのは、灰色のアスファルトの坂と、その向こうに広がる青い空。その下で私と同じような姿で走るのを諦めた、同じ部の仲間達だ。
 私よりも身長も高く、その分体重も重いんだから、と言っていたユッコ。スタイルはたぶん学年一だと勝手に思っているサチ。
 もし素早さを数値化する制度があれば、とびっきりの一番になっているだろうコウメ。
 そんな仲間たちが、恨むくらいの強い日差しの下で、絵になれない様な姿でいる。
 息が苦しい。
 だけど、ともう一度思う。
 風が来れば、たぶんこれだけの雫まみれの状態なら、
 涼しくなる筈。
 時間はもうすぐ夕方。
 この坂の道は夕方になると、強い海からの風が吹く時がある。冬場なんかはもう、体の芯まで凍らそうかという悪意に満ちた風なのだけれど、今なら許す。
 風よ吹け
 妹と一緒にみたアニメのワンシーンを思い浮かべながら、そんな言葉を頭に思い浮かべてみる。さすがにアニメの可愛いくて小悪魔なヒロインの様に、声に出しては言えない。
 恥ずかしい・・・。
 そんな私の気持ちを敏感に読み取ってくれたのか、風はやんわりとしか吹かず、待望の涼しさは訪れなかった。
 仕方ない。
 風は吹かない、足は痛い、息は切れている。だけど走らなければ帰れない。
 このまま歩いて学校まで戻るという手段もあるかもしれない。
 だけど、そんなのは、なんか嫌だ。
 まだ、私は走れる。まだ全力じゃない筈って言いたい。
 口だけじゃなくって、示していきたい。
 中学生の頃の私は、結局何もしていなかった。目立つことも嫌われることも、空気になる事さえ出来ていなかった。
 なにもかも頑張らずに、ただ惰性で学校に通い、何となく友達と呼べるのかもしれない彼女たちと会話をして、授業が終わったら家に帰るだけの記憶にも記録にも残らない毎日。
 最近まで、それはそれで構わない。
 好きな事とか、頑張りたい事とか、なくて当たり前じゃない、まだ中学生なんだからと思っていた。もちろん部活には入っていなかった。
 運動は苦手だったし、特に走るのが大の苦手で、毎年のマラソン大会ではどう休むかだけを考えていた。
 そのまま、高校生になって、大学生になって、何もないまま社会に出ていくんだろうなってぼんやり思っていた。
 何かの期待が、なかったのかと問われたら、なんにもなかったとは言えない。
 何かが変わって、今までの灰色で色の無い世界が変わる瞬間が、いつか来るかもしれない、とは諦め半分期待はしていた。
 儚い期待だった。
 人生は長いけど、私たちの春は短い。この短い、唯一主役になれるかもしれない時期に劇的な出会いもないなら、待っていても無駄だと気付いた。
 気づいたのは、中学校卒業式の次の日。
 卒業式で気になるあの人が、別の人に告白していたと言う噂を聞いた翌日に、努力もしないで待っているだけの人生はダメだとやっと気づいた。
 気づいた私は、高校では明るく前向きになって、恥ずかしい青春を送ってやろうと誓ったのだ。
 そよそよとした風。なだらかな坂、のんびり散歩出来たらとても気持ちの良い場所だったろう。
 ぐっと息をのみ込み、足を踏み込む。ジャリっとした音を踏み越えて走り出す。
 頬にかかる髪の毛が邪魔だけど、今は仕方がない。中途半端に伸ばしたせいで、ゴムで纏める程の長さはない。
 すぐに、息があがり、体の全身から、もう走るのは無理ですよと言う声が聞こえるが、とにかく無視して無理矢理に体を前に出す。
 前方で私と同じように休んでいたユッコとサチが驚いた様な顔をこちらに向けて、ゆっくりとだが走り始めるのがみえた。
 誰だって最下位は嫌だ。
 私に抜かれる事は無いと思っていたのに、追いつかれそうになって走る二人。
 抜いてやる。
 どんどん、体の声は大きくなっている気がするけれど、それを膝を叩いてねじ伏せて、前へ、二人を抜くぐらいは前へ。
 端からみたら、カタツムリと競争の様に、ゆっくりとした動きだったかもしれない。それでも私は私なりには、真剣で、歯を食いしばり、全力だった。
 あと三歩。
 それまでユッコに並んでいたサチは、ユッコのペースのままだと私に抜かれると思ってか、見捨てられる犬の様な顔になったユッコを置き去りにしてスパートをかけだした。
 なんだ、サチってばまだまだ余裕あるんじゃん。
 サチが置き去りにしたユッコに並ぶ。
 サチに置き去りにされたユッコは悲しそうな目でこちらを見つめてくる。
 何か声をかけてあげたいけど、そんな余裕はない。
 私の口も肺も、ただ体に酸素を送るだけの機械状態で、ここで声を出したら咳込んで走れなくなる。
 ごめん、ユッコ。
 片手で謝罪の形を作り、ユッコを追い抜く。
 ユッコは同じ中学から仲良しで、一緒にだらだらと過ごしていた友達だった。今回高校生活が始まるにあたり、帰宅部一択の彼女を無理矢理引き込んだのは私だ。
 なにせ、私は今まで部活に入ったことが無い。ましてや運動部に一人で入部届けを出す勇気もなかった。
 そんなあたしに巻き込まれる形で部活に参加し、二人ともに苦手なマラソンさせられて。しかも誘った張本人である私に追い抜かれるとか。もう、ほんと、ごめんしかない。
 そんな感傷に数秒だけ浸っていたら、すぐ脇を風が通り過ぎて行った。
 ひゅんって感じだ。
 それも一つじゃない。
 ふたつ、みっつ連続して私の横で風が鳴き声をあげた。
 そして
「いちねん~、はしれ~」
 あかねん先輩の大きな声。
 私たちを周回遅れにしたくせに、あんなに元気な声がだせるとか、たかが一学年しか違ないなんて思えない。
 先輩に言われるまでもなく私は全力だ。いや少しだけ見栄をはれば、全力以上だ。
 ちらりと背後を見ると、ユッコが歩いているのが見える。
 前にはサチの背中と、かすかにコウメの姿も見える。
 その先にある学校のシルエットはまだ、遠い。
 コウメには無理かもしれないけど、サチには追い付けるかもしれない。
 歩きたくて歩きたくて、地面に吸い付きそうになる足の裏。
流れる汗も、人生初って位に流れている。
先輩たちの集団は、もう顔も見えない。
初めての運動部だから、とか、走るのは苦手だからとか、言っても仕方がない。
走る。
とにかく、なにも考えずに走る。
サチの背中が見えてきた。
さっきユッコを置き去りにしたスパートとは違いゆっくりと走っている。でも騙されちゃいけない。多分サチのあれは演技だ。多分私が追い付いたらペースを上げるに違いない。
 背後から近づき一気に抜くしかない。
 荒れる息をのみ込み、サチに近づいていく。
 学校までの距離はあと少し。
 チャンスは一回だけだ。
 もう、本当になけなしの最後の力を振り絞る。それでも走る速さはほんの少ししか変わらない。
 それでもっ
 サチの背中、あと少しで届く。
 届く。
 届く。
 届く、はずだった。
 結局、直前で気づいたサチは軽やかなステップを刻むと、カンガルーか何かの様な跳躍と見間違える歩幅で速度を上げてゴールしていった。
 私はと言えば、ゴールはしたものの、その直前で派手に転倒して、転がって校門を超える醜態をさらした。
 後からゴールしたユッコには冷たい目で見られるし、競ったサチは先輩方に褒められ、先にゴールしていたコウメは我関せずとストレッチしているし。なんだかなぁ
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