上 下
7 / 13
第一章 美樹生、昭和に立つ

咲希誇

しおりを挟む
 1985年 3月

 機動戦士ガンダムの続編、機動戦士Zガンダムが放送され始めた頃、僕らは保護者とともに売読サッカークラブの会議室へと案内されていた。

「従来我が売読サッカークラブは小学生以下の年代向けのサッカー教室…サッカーをやったことがないお子さん達や、上手くなりたいと思うお子さんたち向けのサッカースクールでチームを作り、育成に尽力してまいりました。また手前味噌ながら徐々にその成果も出始めて、国内でのサッカー王国と言われる静岡県に迫る勢いも感じております」
 円堂コーチはそういって咳払いすると
「ここから先はわたくし真鯉治三まこいはるぞうが続けさせていただきますじゃ」
 軽くウェーブがかった白髪の胡散臭い老人が各保護者に名刺を渡しながら、
「売読サッカークラブ ゼネラルマネージャー、まぁこの売読の責任者という所ですな。の、真鯉と申しますじゃ」
 と曲がった腰をさらに深く屈めて挨拶しながらそう言った。

 この時期の売読にもうGMなんて制度導入してたのか?

「桝樽さんとは初めましてではありませんのじゃが、皆様ようこそ売読サッカークラブへ。先日我がクラブへ皆さまが御来訪頂けた折、ジュニアチームのコーチである円堂にある有益な指摘をした上、類稀な技術を披露して下さった子供たちがいらしたと、そう伝え聞いて本日の一つの腹案をもってセレクションを行わせていただきましたのじゃ」
 と言ってまた一礼する。

 なるほど、サッカースクールに入団するにしてはやけに物々しい状態だとは思ったが、あれはアカデミーへのセレクションだったのか…

 でも、この時代の日本にジュニアのサッカーアカデミーなんてあったのか?
 僕が内心でそんなことを考えていると。

「それは小学生年代からプロサッカー選手として、世界を股にかけた活躍をできる選手を育成する、サッカーアカデミーを設立するというプロジェクトですじゃ」
 真鯉の爺さんがそう力強く断言する。

 え? もしかしてボク前回嫌味言って、好き放題勝手な事言ったせいで売読の歴史を大きく変えてしまったのか?

 そんな大プロジェクトをいきなり打ち立てようという真鯉の爺さんもフットワーク軽すぎだが、いきなりそんなクラブに大きな影響が出そうなプロジェクトを聞かされた関係者もびっくりするだろう。
 それでカリオカはあんなにピリピリしてたのか…
 そりゃ良く分からん餓鬼が好き勝手言ったことで大の大人が振り回されてたら、その餓鬼のツラ拝んでやろうというくらいの気にはなるだろう。むしろこの時代ならいきなり張り倒されなかっただけまだましだ。

「ご存じの通り未だ日本はワールドカップへの出場がかなわず今回最終予選こそ、とは思っておりますのじゃが、どこまでそれが通じるかは下駄をはいてみねばわかりませんのじゃ。ワールドカップの誘致という話も過去は出ましたが、実績と実力が不足している為有力候補とはなりえず、現在国内サッカー界は冬の時代と言われておりますじゃ」
 真鯉さんはその胡散臭い顔に沈痛な表情を浮かべ息を整えると、
「我が売読サッカークラブは故松力氏の『次はサッカー』を合言葉に旗揚げしたサッカークラブではありますのじゃが、現状このサッカー冬の時代を独力で打破する力を持ち得ておらず、またリーグでは好成績を収めてはいるものの、近年のサッカーブームに今一つ乗り切れてもおりませんのじゃ」
 ここで真鯉氏は、一口水を呷ると、
「ですが、天は我らを見捨てなかったのですじゃ、才能あるの男女が選手として我がクラブに興味を示してくださったことを幸いとし、この好機を生かすべく、我々は早計と言われかねない速さで異例の決定を行いました。それが小学生年代からのプロ育成部門『アカデミー』の設立ですじゃ」
 そう言ってボクら子供達に強い意志を感じさせる真摯な瞳を向け、一人一人と視線を合わせる。
「ここにおられるお子さん方はもう一人の女子選手と合わせて、将来日本の至宝となりえる逸材揃いだと、先ほどの試験内容を見て我々は確信いたしました。どうか保護者の皆様我々にお子さんをお預け頂けませんか? そして選手の皆さん、将来世界を舞台に活躍する為に我々と一緒に学びませんか?」
 真鯉の爺さんはボクらから視線を外さず、熱のこもった声でそう問いかけてきた。


 保護者からは
『でも学校の勉強が……』
 とか
『サッカーで飯が食っていけるのか?』
 など不安の声も出たが、最終的にはボクら子供たちのやりたいという情熱に押し切られる形で折れることになった。

 なんと真鯉の爺さんはこの短期間に提携する私立学校も決めてきており、アカデミーの選手として十分なパフォーマンスを発揮できている限り、その有名私立 ―来再来年度から男女共学になる元女子校らしい― 学校の特待生として扱ってもらえるらしい。

 逆に言えばアカデミーで次のステップに上がれなければ特待生の扱いは消えてしまうという、子供の内からいきなりの逆境に置かれることになり、そこに不安を覚える保護者もいたのだが、アカデミー生徒ではなくなっても売読から追放される訳でもなく、またパフォーマンスをあげればアカデミー生に返り咲ける可能性もあること、怪我などで練習や試合が出来ない時期は扱いが変動しない事、何よりプロサッカー選手になれなくとも学歴は日本有数の学校で修業した実績と、それに相応しい授業内容を受けられることから就職難の心配が薄いことなどを真鯉爺さんに説明され最終的には保護者も不安を解消され、全員が納得する条件を交渉して決めた上で入団を決定した。

「では早速もう一人のアカデミー生徒とも面を通しておいた方がよろしそうじゃな」
 真鯉爺さんはそういって部屋の片隅にある受話器を取り上げ内線で誰かを呼ぶように指示すると、
「しばらくご歓談下され」
 と、円堂コーチを始めとするジュニアアカデミーとサッカースクールのコーチングスタッフを残し誰かを迎えに出て行ってしまう。

 途端堰を切ったような勢いで、
「美樹生君、君たちは高度な理論を背景に試合中の動きを連動させてたようにみえたのだが、詳しく説明して貰えないかね?」
 と円堂コーチが尋ねるので、
「分かりました、ホワイトボードとペンと11個ずつの色違いの駒を用意して貰えますか?」
 とお願いし、未来の世界で知られていた戦術思想を語る。

 ボク達だけが卓越したサッカー選手として名を挙げてもチームが勝てなければボクらの価値は上がらないのだ。
 ならばボクの知る未来の知識を広めて、旧態依然として変わらない日本サッカー界を一新し、世界を舞台に活躍する日本サッカー新時代の嚆矢となるのは悪い事ではない。
 それにこの手の知識の土台は既にあり、放っておけば独自に進化する。それに知識こそ片っ端から記憶した物だが、逆に言えばそれだけだ。気まぐれに自分の中で混ぜ合わせてアレンジを加えたものを考えてはいるが、現実的実践的な裏付けはまるで足りてない。
 アリーゴ・サッキのゾーンプレスだって最初から完全に成功した訳ではないのだから、ボクが成功するとは限らない。
 だからこそ、選手やコーチとして経験のある人とのすり合わせがしたくて、サッカークラブに入りたいと言い出したのだ、なのでここでボクの考えを秘匿する意味も利点もまるでない。

 なのでボクは惜しみなくゾーンディフェンスや、ゾーンプレス、ダイアゴナルランや、スペースメイク、フリーランや、基本的な考え方である3ライン、そしてそれを大きく発展させた5レーンなどの概念や運用方法を自分の言葉で説明してゆく。

 最初は懐疑的な視線を向けていた指導者の内の何人かも、ボクの話を聞く内に熱心に聞き入るようになった。
 やっぱり幾つになってもサッカー上手くなりたいんだな…
 そんな感想をボクが持つと、会議室のドアがノックされ真鯉の爺さんが戻ってくる。

「お待たせしましたじゃ、彼女が我がアカデミー第一号生、咲希誇さきほこりさんです」
 と言って練習後なのかちょっと汚れたユニフォーム姿の小学校低学年くらいの女子を会議室に招き入れる。

 咲希誇!?
 転生前の僕の人生が終わりそうな時点で唯一アジア人でバロンドール取ってた女性だぞ!!

 そこには特徴的なきつい目つきの美少女が
『あんた達なんかには負けないわよ』
 と言わんばかりの燃えるような闘志を瞳に湛え、ボク達を睨み付けるように立っていた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】夢魔の花嫁

BL / 完結 24h.ポイント:319pt お気に入り:1,435

誰何の夢から覚める時

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:7

子連れの界渡り

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:319

家族と婚約者に冷遇された令嬢は……でした

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:163pt お気に入り:6,048

【R-18】前と後ろを塞がれて~私と彼と彼の爛れた生活~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,344pt お気に入り:100

できれば静かに過ごしたいです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:220

残業リーマンの異世界休暇

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:662

迦陵頻伽 王の鳥は龍と番う

BL / 連載中 24h.ポイント:127pt お気に入り:643

処理中です...