銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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八章 安全で快適な暮らし

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「デュフォール総長」

 ニーバリが言う。デュフォールはスイの前にやってきて手を差し出した。

「戻ってきてくれてありがとう」

 スイはどぎまぎしながらデュフォールと握手した。何度か本部で見かけたことはあるが直接話をするのは初めてだ。

「きみが戻ってきてくれて嬉しいよ。がんばってヴィーク団長と交渉したかいがあった」

 デュフォールは目尻を下げて機嫌良く笑う。スイは緊張して手汗をかき始めた。

「そこまでしてくださってありがとうございます……。ご期待に添えるようがんばります……」
「ふふふ、きみは自分で気づいてないんだね」
「……なにをですか?」

 スイが首をかしげると、デュフォールはいたずらっ子のような表情を浮かべた。

「最近デアマルクトが天災に見舞われないことは知ってるか? 大嵐も大水も竜巻もないし、実に平和だった。それに魔獣の襲来もあるときからぴたりと止まった。ここまで長らく魔獣の影を見ないことは初めてで、不思議に思ってたんだ」
「はあ……」

 スイは魔獣を見たことがないのであまりピンと来ない。しかし、突如魔獣に襲われて何人もの死者を出した町の話は何度も聞いたことがある。

「まあ私は単純に運がいいなと思ってたんだけどね……。でも、精霊族がきみだったとわかって、私の優秀な補佐官の一人が最近魔獣を見ないのは精霊族がいたからなんじゃないかって言い出したんだ。どうも古い資料をあさってるときにそんな記述を見かけたことがあるらしいんだ」
「……本当ですか?」
「さっそく資料庫をもう一度調べるように言ったよ。そうしたら本当に昔の記録にあったんだ。過去にも精霊族が結界をはっていたことがあって、するとその周囲は天災や魔獣の被害に遭わなかったそうなんだ。どうやら精霊族が結界をはるとそういう不思議な効果があるらしい。もしかしたら、これが精霊の加護を得るってことなのかもしれないね。それで最近の記録を確認してみると、ちょうどきみがデアマルクトに来たころから嵐も魔獣の目撃もなくなってたんだよ」

 スイは呆然とした。自分の結界にそんな効果があったなんてまったく知らなかった。偶然ではないだろうかと少し勘ぐったが、この守手本部に保管されている膨大な資料を総長たちが直接調べたのなら信憑性は高い。

 そういえば以前、トーフトーフ守手支部長から「お前は結界の腕はそこそこだが、お前のはった結界は不思議と悪いものを寄せつけない」と言われたことがあった。あれはスイにデアマルクト行きを納得させるためのおべっかだと思っていたが、支部長はスイの結界がもたらす副次的な効果に気づいていたのだ。

「そうとわかればきみを復帰させない理由はない。それでさっそくヴィーク団長にきみを守手に戻すよう頼んだんだけど、あっけなく却下されちゃって……。そのあとも何度もお願いしたけどとりつく島もなくって。それで方々に掛け合って、精霊族の結界がなくなったらデアマルクトの平和がおびやかされるぞって宰相閣下を脅かさせて要請書にサインをもらったってわけ」
「……おれの穴あき結界にそんな特性があったなんて……」
「驚いた? きみが守手になったのは運命だったのかもしれないね」

 精霊族と一緒にいると幸福になれる、という噂の根源をスイはようやく見つけることができた。自分はエリトやデアマルクトに住む人々に安全な暮らしを提供することができる。それはとても誇らしいことだった。

 しかし、スイはふと心の隅に引っかかるものを感じた。

「あ……でも、精霊祭のときにおれのはった人よけを破って不倫相手との密会にいそしんでた人がいましたよ? あれはどういうことなんでしょう」
「ん? 別にきみのはった結界は誰にも破れないってわけではないよ? さすがにそこまで万能じゃないよ。はり方を間違えれば穴があくし時間が経てばはり直しが必要になる」
「そ……そうですよね……」
「性欲には勝てないよ」

 デュフォールの話にニーバリは何度もうなずいた。

「総長の言う通り、お前にしかデアマルクトを守れないんだぞ。だからはいこれ」

 依頼書の束を目の前に突きつけられる。今の話を聞いた上でちょっと減らしてとも言えず、スイは泣く泣くそれを受け取った。

「…………はい」
「そうそう、仕事のときは護衛がつくからね。きみの身になにかあったらヴィーク団長に八つ裂きにされちゃうから」

 総長は連れていた補佐官に目配せした。補佐官は広間を出て行くとすぐに一人の青年を連れて戻ってきた。雪の影のような青みがかった白い髪の青年だ。

「ナフリと申します」

 彼は小さく腰を折って挨拶をした。

「あれ、二人来るんじゃなかった?」

 デュフォールが言うとナフリは申し訳なさそうに笑った。

「すみません、急に一人来られなくなってしまって……。でも俺がきちんとお守りしますから」
「でもきみ一人じゃ大変だろ?」
「すぐに交代要員が来る予定ですので。それまでは俺が責任を持って職務を全うします」
「そうか。それならいい」

 デュフォールは一つうなずくとスイに言った。

「私の知り合いが持ってる護衛官の中でいちばん優秀な人材を借りてきた。ヴィーク団長とまではいかないけど、しっかりきみを守ってくれるから」
「はい、しっかりお守りします。よろしくお願いします」
「こちらこそ」

 スイはナフリと握手を交わした。エリトと同じ歳くらいだろうか。腰が低くて礼儀正しい青年だ。手が冷たいので雪族だろう。感じのいい人でスイは安堵した。


 ◆


 それから仕事に忙殺される日々が始まった。今までの穏やかな日々が嘘のようで、一日にいくつも現場をまわって結界をはり、朝から晩までこき使われた。一度ガルヴァに泣きついてこっそり代行を頼んだが「俺だって精霊族狩りが壊した結界を直してまわるので死ぬほど忙しかった。今度はお前ががんばる番だ」と言われて断られた。精霊族狩りが暴れたのは元はといえばスイが原因なので、そう言われるとなにも言えなかった。

 仕事は基本的に屋外で行う。もうスイのことはデアマルクトじゅうが知っているので、行く先々であの人だよと言われて指をさされたり、ときには拝まれたりして気分が悪かった。気が散って仕方がなく、早く静まってくれと願った。

 ナフリは毎日守手本部でスイと落ち合い、スイに今日の依頼について説明をしてから現場に連れて行ってくれた。案内をしてくれるのはありがたいが、ずっとそばにいられるのでさぼることもできず、もはや護衛というより監視になっている。そして仕事が終わると必ずエリトの屋敷まで送っていってくれる。

 連日へろへろになるまで結界をはり続け、日が暮れるころになってようやく仕事が終わる。ある日帰宅の準備をしていて、ナフリが忘れ物を取りにスイのそばを離れたわずかな時間のことだった。

「あの……」

 知らない男の人が話しかけてきた。
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