84 / 97
八章 安全で快適な暮らし
9
しおりを挟む「デュフォール総長」
ニーバリが言う。デュフォールはスイの前にやってきて手を差し出した。
「戻ってきてくれてありがとう」
スイはどぎまぎしながらデュフォールと握手した。何度か本部で見かけたことはあるが直接話をするのは初めてだ。
「きみが戻ってきてくれて嬉しいよ。がんばってヴィーク団長と交渉したかいがあった」
デュフォールは目尻を下げて機嫌良く笑う。スイは緊張して手汗をかき始めた。
「そこまでしてくださってありがとうございます……。ご期待に添えるようがんばります……」
「ふふふ、きみは自分で気づいてないんだね」
「……なにをですか?」
スイが首をかしげると、デュフォールはいたずらっ子のような表情を浮かべた。
「最近デアマルクトが天災に見舞われないことは知ってるか? 大嵐も大水も竜巻もないし、実に平和だった。それに魔獣の襲来もあるときからぴたりと止まった。ここまで長らく魔獣の影を見ないことは初めてで、不思議に思ってたんだ」
「はあ……」
スイは魔獣を見たことがないのであまりピンと来ない。しかし、突如魔獣に襲われて何人もの死者を出した町の話は何度も聞いたことがある。
「まあ私は単純に運がいいなと思ってたんだけどね……。でも、精霊族がきみだったとわかって、私の優秀な補佐官の一人が最近魔獣を見ないのは精霊族がいたからなんじゃないかって言い出したんだ。どうも古い資料をあさってるときにそんな記述を見かけたことがあるらしいんだ」
「……本当ですか?」
「さっそく資料庫をもう一度調べるように言ったよ。そうしたら本当に昔の記録にあったんだ。過去にも精霊族が結界をはっていたことがあって、するとその周囲は天災や魔獣の被害に遭わなかったそうなんだ。どうやら精霊族が結界をはるとそういう不思議な効果があるらしい。もしかしたら、これが精霊の加護を得るってことなのかもしれないね。それで最近の記録を確認してみると、ちょうどきみがデアマルクトに来たころから嵐も魔獣の目撃もなくなってたんだよ」
スイは呆然とした。自分の結界にそんな効果があったなんてまったく知らなかった。偶然ではないだろうかと少し勘ぐったが、この守手本部に保管されている膨大な資料を総長たちが直接調べたのなら信憑性は高い。
そういえば以前、トーフトーフ守手支部長から「お前は結界の腕はそこそこだが、お前のはった結界は不思議と悪いものを寄せつけない」と言われたことがあった。あれはスイにデアマルクト行きを納得させるためのおべっかだと思っていたが、支部長はスイの結界がもたらす副次的な効果に気づいていたのだ。
「そうとわかればきみを復帰させない理由はない。それでさっそくヴィーク団長にきみを守手に戻すよう頼んだんだけど、あっけなく却下されちゃって……。そのあとも何度もお願いしたけどとりつく島もなくって。それで方々に掛け合って、精霊族の結界がなくなったらデアマルクトの平和がおびやかされるぞって宰相閣下を脅かさせて要請書にサインをもらったってわけ」
「……おれの穴あき結界にそんな特性があったなんて……」
「驚いた? きみが守手になったのは運命だったのかもしれないね」
精霊族と一緒にいると幸福になれる、という噂の根源をスイはようやく見つけることができた。自分はエリトやデアマルクトに住む人々に安全な暮らしを提供することができる。それはとても誇らしいことだった。
しかし、スイはふと心の隅に引っかかるものを感じた。
「あ……でも、精霊祭のときにおれのはった人よけを破って不倫相手との密会にいそしんでた人がいましたよ? あれはどういうことなんでしょう」
「ん? 別にきみのはった結界は誰にも破れないってわけではないよ? さすがにそこまで万能じゃないよ。はり方を間違えれば穴があくし時間が経てばはり直しが必要になる」
「そ……そうですよね……」
「性欲には勝てないよ」
デュフォールの話にニーバリは何度もうなずいた。
「総長の言う通り、お前にしかデアマルクトを守れないんだぞ。だからはいこれ」
依頼書の束を目の前に突きつけられる。今の話を聞いた上でちょっと減らしてとも言えず、スイは泣く泣くそれを受け取った。
「…………はい」
「そうそう、仕事のときは護衛がつくからね。きみの身になにかあったらヴィーク団長に八つ裂きにされちゃうから」
総長は連れていた補佐官に目配せした。補佐官は広間を出て行くとすぐに一人の青年を連れて戻ってきた。雪の影のような青みがかった白い髪の青年だ。
「ナフリと申します」
彼は小さく腰を折って挨拶をした。
「あれ、二人来るんじゃなかった?」
デュフォールが言うとナフリは申し訳なさそうに笑った。
「すみません、急に一人来られなくなってしまって……。でも俺がきちんとお守りしますから」
「でもきみ一人じゃ大変だろ?」
「すぐに交代要員が来る予定ですので。それまでは俺が責任を持って職務を全うします」
「そうか。それならいい」
デュフォールは一つうなずくとスイに言った。
「私の知り合いが持ってる護衛官の中でいちばん優秀な人材を借りてきた。ヴィーク団長とまではいかないけど、しっかりきみを守ってくれるから」
「はい、しっかりお守りします。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
スイはナフリと握手を交わした。エリトと同じ歳くらいだろうか。腰が低くて礼儀正しい青年だ。手が冷たいので雪族だろう。感じのいい人でスイは安堵した。
◆
それから仕事に忙殺される日々が始まった。今までの穏やかな日々が嘘のようで、一日にいくつも現場をまわって結界をはり、朝から晩までこき使われた。一度ガルヴァに泣きついてこっそり代行を頼んだが「俺だって精霊族狩りが壊した結界を直してまわるので死ぬほど忙しかった。今度はお前ががんばる番だ」と言われて断られた。精霊族狩りが暴れたのは元はといえばスイが原因なので、そう言われるとなにも言えなかった。
仕事は基本的に屋外で行う。もうスイのことはデアマルクトじゅうが知っているので、行く先々であの人だよと言われて指をさされたり、ときには拝まれたりして気分が悪かった。気が散って仕方がなく、早く静まってくれと願った。
ナフリは毎日守手本部でスイと落ち合い、スイに今日の依頼について説明をしてから現場に連れて行ってくれた。案内をしてくれるのはありがたいが、ずっとそばにいられるのでさぼることもできず、もはや護衛というより監視になっている。そして仕事が終わると必ずエリトの屋敷まで送っていってくれる。
連日へろへろになるまで結界をはり続け、日が暮れるころになってようやく仕事が終わる。ある日帰宅の準備をしていて、ナフリが忘れ物を取りにスイのそばを離れたわずかな時間のことだった。
「あの……」
知らない男の人が話しかけてきた。
1
お気に入りに追加
353
あなたにおすすめの小説
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
獅子帝の宦官長
ごいち
BL
皇帝ラシッドは体格も精力も人並外れているせいで、夜伽に呼ばれた側女たちが怯えて奉仕にならない。
苛立った皇帝に、宦官長のイルハリムは後宮の管理を怠った罰として閨の相手を命じられてしまう。
強面巨根で情愛深い攻×一途で大人しそうだけど隠れ淫乱な受
R18:レイプ・モブレ・SM的表現・暴力表現多少あります。
2022/12/23 エクレア文庫様より電子版・紙版の単行本発売されました
電子版 https://www.cmoa.jp/title/1101371573/
紙版 https://comicomi-studio.com/goods/detail?goodsCd=G0100914003000140675
単行本発売記念として、12/23に番外編SS2本を投稿しております
良かったら獅子帝の世界をお楽しみください
ありがとうございました!
【完結】【R18BL】清らかになるために司祭様に犯されています
ちゃっぷす
BL
司祭の侍者――アコライトである主人公ナスト。かつては捨て子で数々の盗みを働いていた彼は、その罪を清めるために、司祭に犯され続けている。
そんな中、教会に、ある大公令息が訪れた。大公令息はナストが司祭にされていることを知り――!?
※ご注意ください※
※基本的に全キャラ倫理観が欠如してます※
※頭おかしいキャラが複数います※
※主人公貞操観念皆無※
【以下特殊性癖】
※射精管理※尿排泄管理※ペニスリング※媚薬※貞操帯※放尿※おもらし※S字結腸※
【R18】ギルドで受付をやっている俺は、イケメン剣士(×2)に貞操を狙われています!
夏琳トウ(明石唯加)
BL
「ほんと、可愛いな……」「どっちのお嫁さんになりますか?」
――どっちのお嫁さんも、普通に嫌なんだけれど!?
多少なりとも顔が良いこと以外は普通の俺、フリントの仕事は冒険者ギルドの受付。
そして、この冒険者ギルドには老若男女問わず人気の高い二人組がいる。
無愛想剣士ジェムと天然剣士クォーツだ。
二人は女性に言い寄られ、男性に尊敬され、子供たちからは憧れられる始末。
けど、そんな二人には……とある秘密があった。
それこそ俺、フリントにめちゃくちゃ執着しているということで……。
だけど、俺からすれば迷惑でしかない。そう思って日々二人の猛アピールを躱していた。しかし、ひょんなことから二人との距離が急接近!?
いや、普通に勘弁してください!
◇hotランキング 最高19位ありがとうございます♡
◇全部で5部くらいある予定です(詳しいところは未定)
――
▼掲載先→アルファポリス、エブリスタ、ムーンライトノベルズ、BLove
▼イラストはたちばなさまより。有償にて描いていただきました。保存転載等は一切禁止です。
▼エロはファンタジー!を合言葉に執筆している作品です。複数プレイあり。
▼BL小説大賞に応募中です。作品その③
【完結】人形と皇子
かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。
戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。
性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。
第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
【完結】売れ残りのΩですが隠していた××をαの上司に見られてから妙に優しくされててつらい。
天城
BL
ディランは売れ残りのΩだ。貴族のΩは十代には嫁入り先が決まるが、儚さの欠片もない逞しい身体のせいか完全に婚期を逃していた。
しかもディランの身体には秘密がある。陥没乳首なのである。恥ずかしくて大浴場にもいけないディランは、結婚は諦めていた。
しかしαの上司である騎士団長のエリオットに事故で陥没乳首を見られてから、彼はとても優しく接してくれる。始めは気まずかったものの、穏やかで壮年の色気たっぷりのエリオットの声を聞いていると、落ち着かないようなむずがゆいような、不思議な感じがするのだった。
【攻】騎士団長のα・巨体でマッチョの美形(黒髪黒目の40代)×【受】売れ残りΩ副団長・細マッチョ(陥没乳首の30代・銀髪紫目・無自覚美形)色事に慣れない陥没乳首Ωを、あの手この手で囲い込み、執拗な乳首フェラで籠絡させる独占欲つよつよαによる捕獲作戦。全3話+番外2話
おっさん家政夫は自警団独身寮で溺愛される
月歌(ツキウタ)
BL
妻に浮気された上、離婚宣告されたおっさんの話。ショックか何かで、異世界に転移してた。異世界の自警団で、家政夫を始めたおっさんが、色々溺愛される話。
☆表紙絵
AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる