銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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八章 安全で快適な暮らし

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 エリトが帰ってきたので、いつも通りヴェントンが夕食をダイニングホールに運んだ。スイはエリトの向かいに座り、貝を食べながらエリトの様子をそっとうかがった。エリトは眉間にしわを寄せたまま黙々と食事を口に運んでいる。せっかくエリトが好きだったミートグラタンにしたのに、スイが作ったことに気づいていないようだ。

 スイの隣ではバルトローシュが静かに食べている。普段バルトローシュは夕食を作ると厨房で先に食べてすぐ自分の家に帰ってしまうが、今日はせっかくスイが作ってくれたからと同席している。

「スイ」
「! なに?」

 おもむろにエリトに話しかけられ、スイはぱっと顔を上げた。やっと気づいてくれたのか。

「今日うちの本部に客が来たんだ。俺宛の書簡を持ってて――」

 しかし仕事の話をされてがっかりして視線を皿に落とした。

「――それでそいつが言うには……おい、聞いてるか?」
「聞いてる聞いてる」

 スイが生返事をするとエリトはむっとしたようだった。

「なんでそんな不機嫌なんだよ。俺がなにかしたか?」
「別に」
「なんだよ、すねてないで言えよ」

 スイは中身を食べ終えた貝殻を別皿にぽいっと捨てる。

「……今夜のご飯はおれが作ったんだ。オビングにいたときによく作ったグラタンだから気づくかと思ったけど、普通に食べてるからなーんだと思ってさ」
「え」

 エリトは目を丸くしてスイの隣のバルトローシュを見た。エリトと視線が合ったバルトローシュはこくりとうなずく。

「スイが料理を担当したいと言ったので」
「馬鹿お前、そういうことは先に言っとけよ」

 エリトは理不尽にバルトローシュを責めてからスイのほうを向いた。

「そうだったのか。どうりでうまいと思った。俺の好きなグラタン作ってくれたんだな」
「ふっ」

 急いでフォローを入れ始めたエリトを見てバルトローシュが吹き出したが、すぐに水を飲んでごまかした。しかしスイは貝を食べるのに夢中で顔を上げようとしない。

「じゃ、これからはお前が夕食作ってくれるのか? そりゃいいな。うまかったからまたこれ作ってくれよ」
「……たまにならな」

 そっけなく答えたが、そのときスイの頭にぽんと花が咲いた。

「ぶふっ」

 バルトローシュが今度こそ盛大に吹き出した。エリトのグラスに二杯目のワインを注いでいるヴェントンも肩を小刻みに揺らしている。スイは頭の花を素早くむしり取ると黙ってグラタンをかきこんだ。

 スイが食べ終えるとエリトが言った。

「それで、話の続きだけど」
「なに?」
「今日、お前を守手に復帰させるよう要請を受けた」

 スイは目を見張った。エリトは仏頂面で続ける。

「正式な要請だ。あの総長め……どうやって宰相閣下のサインをもらったんだか……」
「宰相? そんな偉い人がおれに守手に復帰しろって?」
「正しくは守手本部の総長からの要請だけど、書簡に宰相閣下のサインがあるから閣下の命令ととらえて問題ない。総長のやつ俺を説得するためにわざわざ閣下に根回ししたらしいな」
「なんでそこまでして?」
「……行けばわかるさ」

 エリトはぶつくさ言いながらワイングラスをぐいっと傾ける。さすがのエリトも国王の次に偉い人の命令には逆らえない。

 スイはずっとこの屋敷の中だけで暮らす覚悟をしていた。また守手として働けるなんて夢にも思わなかった。

「じゃ……外に出ていいってこと?」

 驚きを隠せずに言うと、エリトはゆっくりとうなずいた。

「……仕事中は護衛をつけることと、デアマルクトの外の仕事はやらないことを条件として了承した。だから危険はないはずだけど……やるか?」

 スイの脳裏にガルヴァとジェレミー、ほかの仲間達の顔が浮かんだ。また彼らと一緒に働ける。みんなに会える。

 スイは何度もうなずいた。

「もちろん!」


 ◆


 朝、スイは服を着替えるとその上に守手の黒いローブを羽織り、エリトと一緒に家を出た。エリトは馬でスイを守手本部まで送っていってくれた。スイは久々に見る飾り気のない古びた二階建ての建物を見て感慨深く思った。あんなにいろいろなことがあったのに、ここは何一つ変わっていない。

 入り口付近で一人の守手がうろうろしていたが、エリトの馬から下りたスイに気づくとたちまち中に駆けこんでいった。

「行ってくるね」
「ああ。帰りは必ず家まで送ってもらえよ」
「そうするよ」

 スイを下ろすとエリトはすぐ隣の騎士団本部に向かっていった。スイは軽く身だしなみを整えると守手本部の中に入った。廊下を進み、広間に入る。

 広間の光景が目に飛びこんでくると、スイはその場で立ち止まった。

「……え!?」

 広間には本部に属する全守手が集まったのかと思うほどの人であふれていた。黒いローブを着た人、人、人。その全員が一斉にスイを見る。たくさんの視線にさらされてスイは硬直した。

 スイが圧倒されてその場で足踏みをしていると、一人の緑髪の男が手を挙げた。ニーバリだ。

「こっちだぞ」

 スイはひしめき合う守手をかき分けるようにしてニーバリのところへ行った。小走りに広間を横切るスイを集った守手たちが目で追っていく。

「お久しぶりです、ニーバリさん」
「おう。……本当に来たんだな」

 ニーバリが言うと、ニーバリの隣にいたガルヴァが得意げに笑う。

「だから絶対来るって言ったじゃないですか」
「あー、そうだな」
「よう、スイ。元気そうだな」

 ガルヴァは軽い口調でいつものように言う。スイはガルヴァににっこりと笑いかけた。

「久しぶり、ガルヴァ。ジェレミーも」
「久しぶり! また会えてよかった!」

 ジェレミーは満面の笑みでスイに抱きついた。

「前に一度ガルヴァとエリト様の家をたずねたんだよ。でも中には入れてもらえなかったから、元気でいるのか心配してたんだ」
「え、そうなのか?」

 初耳だった。エリトはこの二人すら追い返してしまったのか。

「そうだよ。本当に心配したんだからね? 無事に遠くまで逃げたんだと思ってたら、いきなりエリト様に連れられて帰ってきちゃうんだもん。ねえ、あのあとなにがあったの?」
「ああ、それが……」

 スイが説明しようとするとニーバリが咳払いをしてそれを遮った。

「悪いが思い出話はあとにしてくれ。今は仕事の話が先だ」
「あ、はい。……ところでこの人だかりはなんですか? 今日なにかあったんですか?」
「お前が戻ってくるっていうでかい出来事があっただろ。おかげでこの見物人の山だ」
「ええ……? 見物? おれをですか?」
「そりゃ精霊族はみんな見たいだろ」
「俺はお前のあほ面見たってなんの御利益もねーぞって言ったんだけどねぇ」

 ガルヴァが面倒そうに言う。スイは乾いた笑みをもらした。それはそうだ。

 ニーバリはすぐ後ろで待機していた事務官の女性から書類の束を受け取り、スイに向き直った。

「これが今たまってる仕事だ。今月中に片付ける必要がある」
「わー、いっぱいありますね。これ全部うちのチームだけでやるんですか?」
「馬鹿言ってんな。これはお前の担当分だよ」
「えっ!?」

 スイは度肝を抜かれてニーバリの手にある分厚い紙束を凝視した。

「こ、これ全部おれ一人でやるんですか!?」
「そういうことだ。全部お前宛の依頼だから」
「ええっ……!? なんでですか!? みんなで手分けしましょうよ!」
「俺たちじゃ意味ないんだよ。精霊族が守手の中にいたって話を聞いた人たちから、ぜひ精霊族の結界をお願いしますって依頼が殺到しててな。もう辞めたので無理ですって断ってたんだけど、とにかく量が多くて断るのが追いついてなくて……。でもお前が戻ってきてくれたからこれからは断らずに済むな」

 スイはめまいを感じてふらついた。また守手として働けるのは嬉しいが、こんな膨大な仕事を押しつけられるのなら話は別だ。

「ちょ、嘘ですよね……? この量は死んじゃいますって……。というか別におれは結界はるのそんなに上手じゃないですから。精霊族がはった結界だからって関係ないですって!」
「いや、関係はあるぞ」

 必死で言いつのるスイに誰かが返事をした。声のしたほうを向くと、そこには肩まで髪を垂らした壮年の男性が立っていた。
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