銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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八章 安全で快適な暮らし

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「なん……だと……」
「ふふふ。俺は岩塊がんかい族なんだよ。俺の体は岩のように頑丈なんだ。だから旦那様の打撃も平気だよ」
「岩塊族……なるほどな」

 岩塊族は見た目は普通だがとてつもなく丈夫な体を持った種族だ。そのこぶしは岩をも砕くと言われている。

 エリトはスイからコップを受け取って水を飲みながら話した。

「ヴェントンは元々戦闘用の奴隷だったんだ。あるところで拳闘士兼使用人として働かされててさ。当然違法な拳闘場だったから、騎士団が摘発して自由の身になった。で、ちょうどそのときバルの手伝いを探してたからうちで雇うことにしたんだ。ヴェントンは家のこともできるしなにより腕が立つからな」
「そうだったんだ……」

 彼もなかなか辛い境遇にいたらしい。

「いつもは普通に使用人として働いてるけど、もし家に侵入者が入ったら排除するのもヴェントンの仕事だ。だからこうやってときどき鍛えてるんだよ」

 ヴェントンはエリトの話を聞いてやや胸を張った。

「旦那様の留守中は俺がスイを守るからね」
「ありがとう……」
「ヴェントン、そろそろバルに剣も習ったらどうだ? バルは剣術の名人だぞ。負傷して騎士団は抜けたけど、今でもしょっちゅう憲兵隊から剣の指導の依頼が来るくらい教えるのがうまい」
「武器を使うのは苦手です。こぶしのほうが楽です」

 ヴェントンはあっさりエリトの提案を断った。


 ◆


 フラインが屋敷をたずねてきた。フラインは門の前で馬をおりるとそのまま門扉を開けて中に入った。エリトの屋敷は家主の了承を得ていない訪問者は一歩たりとも足を踏み入れることができないが、フラインは自由に出入りできる権限を特別に与えられている。

 玄関ホールでマントを脱ぐフラインをバルトローシュが迎えた。

「お久しぶりです、副団長」
「やあバル、久しぶり。スイのアパートに残ってた荷物を持ってきたぞ。これで全部か確認してほしいんだけど、スイはいるか?」
「ああ、それはどうも。スイなら上にいますよ」
「わかった」



 部屋の扉がノックされ、スイはヴェントンだと思って返事をしたが、入ってきたのはフラインだった。

「フライン!」

 ここに来てから屋敷外の人と会うことは一度もなかったので、客人が来てくれてスイはとても嬉しくなった。顔を輝かせて駆け寄ってくるスイを見てフラインはわずかに眉をひそめる。

「来てくれたんだね! でもエリトは今いないよ?」
「そんなことはわかってる。お前に渡すものがあって来たんだ」

 フラインはテーブルの上に大きな袋を置くと口を縛っていた紐をほどいた。

「お前のアパートにあった残りの荷物を持ってきた。忘れたものがないか見てくれ」
「えっ、すまない。わざわざ持ってきてくれたのか」

 フラインは袋の中身をがさがさとテーブルの上に出していった。服や本やウイスキーの瓶など見慣れた雑多なものが並べられていく。スイは一つ一つ物品を確認していった。

「これで全部でいいか? 食品は捨てたし、毛布とか食器とかこの家にありそうなものは置いてきた」
「うん、だいたいのものはここにあるからね」

 フラインは椅子にこしかけ、スイが着古した服を一つずつたたみ直すのを眺めた。スイがぼんやり精霊族が身につけていたものだと言えばこのぼろ服も高く売れるのかなどと考えていると、フラインがぽつりと呟いた。

「こうなる予感がしたからあのときエリトのところを出て行ったのか?」

 スイは手を止めて黙ってフラインを見た。フラインはテーブルに頬杖をついて小さくため息を落とす。

「……エリトのこのやり方はどうかと思う」

 スイは自分の耳を疑った。あのフラインがエリトに異を唱えるなんて。

「エリトはオビングにいたときからお前が精霊族だってことを知ってたんだろ?」
「……そうだけど」
「なら、デアマルクトでお前を見つけたあとにお前の正体を隠すための対策なんていくらでも取れたはずだ。それなのにあいつはなにもせず放っておいた。……ずっと不思議だったんだ。何年も執念深くお前の行方を追ってたあいつが、どうしてせっかく再会したお前を自由にさせておくんだろうって。また姿を消されることだって十分考えられたはずなのに」
「…………」
「お前が守手になって一人で生活できてるからいいとでも思ってるのか……。でもお前はグリーノ一派の人さらいにわざとさらわれるし、娼館に潜りこんで男娼になりかけるし、放っておくと危ないことに首を突っこんでばっかりだった。だけどエリトはお前が危険な目に遭うたびに真っ先に助けに行くくせに、お前の行動を縛ろうとはしなかっただろ? 心配なのか心配じゃないのか……お前は疑問に思わなかったのか?」

 スイは靴下を一組ずつまとめてテーブルに並べながらこくりとうなずく。

「エリトの考えてることはよくわからなかった。しょっちゅうおれの部屋に来てたけどなにも聞きだそうとしなかったし……。もうおれのことはどうでもいいんだって思ったときもあった」
「俺も一時はそう思ったよ。再会したお前はさほどエリトの気を引かなかったんだろうって。でもだんだんそうでもなさそうだと思えてきた。エリトはまだお前に執着してる……」

 フラインは整った顔を曇らせる。

「そこに今回の精霊族の騒動だ。こうなってやっと、エリトには初めからお前の正体を隠しておく気なんてなかったんだって気がついた。お前を好き勝手行動させてれば、そのうちドジ踏んで精霊族だとばれるだろうってわかってたんだ。それで人々に追いかけ回されてどうしようもなくなったお前が助けを求めてくるのを、エリトはずっと待ち望んでた……」

 フラインもスイと同じことを考えていた。やはり最初からエリトの目的はこれだったのだ。エリトはスイがよそに居場所を作るのを許容して泳がせ、最終的にその居場所を奪ってエリトの元に身を寄せざるを得ない状況を作り上げた。

「……ここから出してやろうか?」
「……え?」

 スイは驚いてうつむいていた顔を上げた。フラインは真剣な目でスイを静かに見据えている。

「な、なに言ってるんだよ……。そんなことできるわけないだろ?」
「できるさ。俺はこの家に自由に出入りできるから、あいつの目を盗んでお前をあいつの目の届かないところに連れていける」

 スイは信じられない思いでいっぱいだった。今までのフラインだったら絶対に考えられない申し出だ。彼はエリトに心酔していて、誰よりもエリトに忠実な友人であり部下である。エリトの意にそぐわないことを進んでするとはとても思えない。だがフラインの表情は真剣そのものだ。エリトの命令でスイを試しているようには見えない。

「だってお前、閉じこめられる生活はいやだろ? あんな環境で育ってきてるわけだし……」

 フラインは心配そうに言う。

「お前は一人で暮らしていける力があるんだから、ここに来る前みたく遠い田舎に行けば静かに暮らせるはずだ。名前を変えて髪を染めればお前だって気づかれやしないさ」
「でも、そんなことしたらきみがひどい目に遭わされるんじゃ」
「そこはうまくやるさ。エリトのやり方は一方的過ぎる。お前をここでかくまうためにエリトがかなり乱暴に各所に話を通したこと、知らないだろ? あいつらしくもなく騎士団長の権力を振りかざしてさ。このために騎士団長になったのかよって思うくらいだった」

 スイは黙りこんだ。確かに閉じこめられるのはいやだ。フラインの申し出はとてもありがたい。この機会を逃せば、スイがエリトから逃げることは二度とできないだろう。

「ありがとう、フライン……。でも、おれはここにいるよ」

 しかしスイはエリトのそばを離れる決心がつかなかった。

「ずっとこのままでいいのか? 友達にも会えないぞ?」
「でも、おれはエリトが好きだし。エリトがここにいてほしいって言うなら、そうするよ」
「お前……」
「それに精霊族だってばれちゃったのはおれの失敗だしさ。強引だなって思うことはあるけど、エリトがおれを助けてくれたことに変わりはないし……」

 こんなことになってもスイはエリトを愛している。今まで築き上げてきたものをすべて捨てることになったとしても、スイはもうエリトを捨てることはできない。

 フラインは戸惑っているようだったが、それ以上は言わずに立ち上がった。

「お前がそれでいいならいい……。俺が言ったことは忘れてくれ」

 スイは黙ってうなずいた。フラインは空になった袋を持って部屋を出て行った。

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