銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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七章 エリトの目的

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 スイはいらいらして床をこぶしでたたいた。思いきりたたいたせいで手が痛み、その痛みでいくらか冷静になってきた。

「……そうか、エリトもよく知らなかったんだな……。精霊族についてはわかってないことが多いって言ってたし……」

 だからエリトはスイを外に出すのをあんなにいやがったのだ。スイが外で精霊族の姿になってしまい、誰かにさらわれることをとても恐れていた。

「ヴィーク団長は別に悪くねーだろ。精霊の結界のことを聞いたその日の晩に忍びこむから怪しまれちまったんだろうが。もうちょっと日をあけてから行けばよかったのに。お前さあ、考える前に行動するのいい加減に直せよ」

 ガルヴァの言い分はもっともだ。スイは体が勝手に動いたんだと言おうとしたが、言い訳にしかならないのでやめておいた。

「言われなくてもわかってるよ……。でももうどうしようもない。あの人、また来るかな?」
「間違いなくまた来るな。オーブリーヌ家は財力も発言力もあるから、適当な理由を見繕ってうちの総長にお前を引き渡せって直談判してくるかもな」
「……オーブリーヌ家に引き渡されたら、きっと逃げた精霊の代わりに閉じこめられる……」
「そうなる前に逃げなきゃ!」

 ジェレミーが言う。

「スイ、デアマルクトから出たほうがいいよ!」
「どうやって? 正門も乗合馬車も全部精霊族狩りに押さえられてる。もう、一歩でも外に出たら捕まるよ」

 スイとてここから逃げる手段を模索しなかったわけではない。しかし、今の状況下ではデアマルクトの外に出ることすら叶わない。それに、たとえ外に出られたとしても、身寄りのないスイに行く場所などない。精霊族の話が広がれば、どこに逃げてもいずれは捕まるだろう。

 ジェレミーはうんうんうなりながら悩んだが、よい考えは見つからなかったようだった。

「ガルヴァ、なにかいい方法はない?」
「そう言われてもなあ……。頼みの綱のヴィーク団長は遠征に行っちまってるし……」
「騎士団に言って呼び戻してもらえば?」
「そんな無茶な。騎士団の仕事は魔獣討伐とか人々の生死に関わるものも多いから、個人的な理由で呼び戻してくれって言っても取り合ってもらえないと思うぞ。それに呼び戻すにしたって時間がかかる。そんなに待ってらんねーよ」
「じゃあ、ほかに誰か頼りになりそうな人は?」
「どうかな……。スイ、お前が精霊族だってことを知ってるのはヴィーク団長だけか?」

 スイはにぎりしめたこぶしを見下ろした。もう一人、スイの正体を知っている人がいる。

「……ゾールも知ってる」
「本当か?」
「ああ。でも、ゾールは頼れない。あんなことがあったあとだから……」
「あー……」

 ガルヴァは悔しげに顔をゆがめた。

「そうだよな……。ヴィーク団長のところに戻っちゃったスイをあの人が助けてくれるかどうか……」

 スイは黙ってうなずいた。さすがにゾールに助けを請えるほど図々しくはなれない。しかし、ジェレミーはそうは思わなかったようだった。

「頼んでみようよ! フェンステッド隊長ならきっと助けてくれるよ!」

 ジェレミーは名案とばかりに顔の前で手をたたいた。

「僕、フェンステッド隊長のところに行って頼んでくる!」
「本気か……?」
「もちろん本気だ。今度は僕がきみを助けてあげるよ!」

 そう言うとジェレミーはスイの部屋を飛び出していった。ガルヴァはぽりぽりと頭をかき、椅子を引いて座った。

「あいつも思い立ったらすぐ行動するなあ……。なんかお前に似てきたな」
「そうかも……。そんなところ似なくていいのに……」
「まあ、とりあえず待ってみるか」

 ガルヴァに促されてスイも椅子に座った。ゾールに助けてもらうのは無理だと思っていたので、無駄足だろうという思いが強かったが、それでもジェレミーの気持ちが純粋に嬉しかった。



 しばらく待ったがジェレミーは戻って来なかった。影が長く伸びていき、日が暮れて夜になった。ガルヴァはときどきベランダから顔をのぞかせて、下の様子をうかがっている。

「遅いな……」

 スイはテーブルに頬杖をついて呟いた。遅いということは、はなから相手にされなかったわけではないのかもしれない。それとも、断られてもしつこく粘っているか。

 そう思っていると、部屋の扉がノックされた。スイは反射的に椅子から立ち上がり、ガルヴァはさっと扉に近づいて慎重に声をかけた。

「……はい?」
「ジェレミーだよ。開けて」

 ガルヴァは鍵を開けて扉を開いた。そこにはジェレミーとゾールの姿があった。

「ゾール……」

 スイは信じられない思いでゾールを見た。まさか来てくれるとは思わなかった。ガルヴァも驚いている。

 ゾールは部屋に入るとスイの前に立った。二人は見つめ合った。

「お前をデアマルクトから逃がす。その手配をしてきた」

 ゾールは静かに告げると、ふところから小さな麻袋を取り出してスイの手に握らせた。

「今日の夜中に馬車が出る。それに乗れば遠くに連れて行ってもらえる。それは道中の資金にしろ。小分けにして服のあちこちに忍ばせておけ」

 渡された袋を握りしめると、中で硬貨がこすれる音がした。スイはびっくりするやらありがたいやらで、しばらく言葉もなかった。

「た……助けてくれるのか……?」

 やっとの思いでそれだけ言うと、ゾールはちょっと気まずそうな顔をした。

「……悪かったな。お前の気持ちを無視して、ひどいことをしたよ」
「えっ」
「……好きじゃないなんて嘘だよ。オレはお前のことが好きで、エリトの奴から奪ってやりたかったんだ。ついでにあいつの悔しがる顔を拝んでやろうと思ってさ」

 突然の告白にスイは赤面した。

「お前があいつのことを好きなのは最初からわかってたよ。だから、あんな手段しか取れなかったんだ」
「ゾール……もういいよ。おれ、別にきみのことを怒ってない。言っただろ? きみは悪くないんだ。精霊族の姿を見たせいでおかしくなっちゃっただけなんだよ」
「……あのときもそんなことを言ってたけど、それ、なんの話? 別にオレはお前が精霊族だから好きになったわけじゃないけど」
「いや、きっとそうだよ。でないとおれのことなんか好きにならないよ」
「違うって。馬鹿だな、お前。あの銀色の姿は確かにきれいだったけど、あれを見たせいで魔法にかかったわけじゃない。それともお前、オレになにか術をかけたのか?」
「かけてないけど……」
「だよね。オレはその手のたぐいの術には強いから、お前に惑わされてなんかないことくらいわかるよ」
「……そうなのか?」

 スイはてっきりそのせいであんな行動を取られたのだと思っていたので、違うと断言されてとまどった。エリトもゾールも、精霊族の姿に魅入られただけなのだと思っていた。違うということは、ゾールは普通にスイのことが好きで恋人にしたかっただけなのか。

 そう思うと急に恥ずかしくなってきて、スイはゾールの顔が見られなくなった。そういえばゾールとはお風呂場でヤってしまったのだ。そのときのことを思い出してしまい、スイは真っ赤になってうつむいた。

「だから罪滅ぼしってわけじゃないけど……、お前のことを助ける」

 ゾールはそう言ってテーブルの端に少し腰かけた。ゾールに手招きされ、遠巻きに話を聞いていたガルヴァとジェレミーもテーブルの周りにやってきた。

「治安維持部隊にはなじみの商会がいる。事情があってこっそりデアマルクトから人を出したいときに、その人の出奔に協力してくれる人たちだ。公にはなってないから他言無用だぞ。いいな」

 ゾールは厳しい目で守手三人を見渡した。三人とも迷わず同意した。治安維持部隊の隊長ともなれば、そういう裏のつながりもいくつか持っているのだろう。

「今回もその商会にスイの脱出を頼んだ。ただ、問題は今デアマルクトを荒らしてる精霊族狩りだ。奴らは勝手にデアマルクトの正門を通るすべての人や荷馬車を検問してる。だから、荷物に隠れて外に出ようとしても荷をあらためられて見つかる可能性が高い。そこでだ」

 ゾールがジェレミーを見る。ジェレミーは訳知り顔でうなずくと胸に手を置いた。
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