銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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七章 エリトの目的

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 ガルヴァの予想通り、デアマルクトの治安は悪化の一途を辿った。もともとは精霊族と一緒にいると幸せになれるという話だったが、だんだん話が膨らんでいき、精霊族を捕まえたら願いが叶うなどと言われるようになっていった。精霊族狩りはさらに過激になり、狂信的な者も現れ始めた。精霊族を守ろうとする団体が出てきて精霊族狩りと衝突したりと、もはや憲兵の手にも負えず、デアマルクトは無法地帯と化した。

 スイは仕事以外のときは自分の部屋に引きこもるようなり、外の音を聞かないようにして震えていた。人々の熱狂が恐ろしくてたまらない。実際に精霊族に会った人なんていないはずなのに、どうしてそこまでして捕まえようとするのだろう。

 精霊族は幸福をもたらすだなんてただの噂だとスイは思っている。スイに人を幸せにする力などないし、今の騒ぎを見るにむしろ災いを招く存在だと感じている。ゾールだって、スイの精霊族の姿を見なければあんなことをしなかったはずだ。精霊族の姿を見た者は狂ったように精霊族を求めてしまう。噂の真相はそんなところだろう。

 もしかして、スイはディリオムの元にいたほうがよかったのではないだろうか。あの屋敷から出ず存在を隠されて暮らしていたほうが、ほかの人のためだったのかもしれない。

 スイはこのままここにいていいのかどうかわからなくなっていた。もういっそ山奥にでも引っこんで一人で暮らそうかなどと思い始めていた。

 スイは浮かない顔で仕事をこなし、終わると逃げるようにアパートに帰るようになった。ガルヴァやジェレミーにご飯に誘われてもすべて断った。



 仕事をしていたスイは気もそぞろでうまく結界をはれず、ニーバリに見つかって怒られてしまった。

「おい、なんだこれは! 穴が空いてるじゃないか!」
「すみません……」
「ぼーっとしてるからだぞ! お前、最近気が緩んでるんじゃないか? この仕事は適当にやっても大丈夫だと思ったのか?」
「違います……」
「そうだよな。適当にやっていい仕事なんてないんだからな。常に気を張ってろ!」
「はい……」

 スイはしゅんとしてうなだれた。少し向こうで休憩しているガルヴァは、なにかを見定めるかのようにスイを観察している。

 失敗した結界をはりなおし、スイはくたくたになって帰路についた。ニーバリに怒られるところを見ていたジェレミーがくっついて来て、隣を歩きながら慰めてくれた。ガルヴァもスイとジェレミーの後ろを黙ってついてくる。

「あれ……誰かこっち見てるよ」

 守手のアパートが見えてくると、ジェレミーがぽつりと言った。足元ばかり見ていたスイは顔を上げた。確かにアパートの前に男性が一人立っていて、こちらをじっと見つめている。

 スイたちが近くまでやってくると、男性はきびきびとこちらに歩いてきた。スイはその歩き方に既視感を覚えた。そして、彼の顔を見ると思わず叫び出しそうになった。

「すみません。先日うちの……オーブリーヌ家の屋敷に来た守手の方ですよね?」

 オーブリーヌ家の執事だった。彼はまっすぐにスイを見据えて言った。

「聞きたいことがあります。あなたがうちに結界をはりに来られたとき、離れの中に入ろうとしましたよね? それを私がお止めして、あなたに精霊の結界のことをお教えしました。……精霊族が現れて結界を破り、精霊を解き放ったのはその日の夜です」

 スイは思わず一歩後ろに下がった。

「精霊族はあなただ。そうですよね?」

 今すぐ逃げなくては。そう思ったが足が動かなかった。なにも言わないスイに執事はさらに詰め寄る。

「別にあなたを責めるつもりはないんです。精霊を百年も地下に閉じこめるなんてむごいと思われたんでしょう? だから助けたんでしょう? お気持ちはよくわかります。ですから、一度わが主に会ってくれませんか? 会って説明してください。決して悪いようには――」
「言いがかりはやめてくれ」

 ガルヴァがスイを押しのけて前に出てきて、執事の言葉をさえぎった。

「急に来てなんの話だ? このアパートを夜中に抜け出す奴はいない。人違いだ。帰ってくれ」
「人違いではありません。精霊の結界の解き方を外の人に教えたのは久々でした。そのすぐあとに結界が破られたんですよ? 偶然とは思えません」

 執事はスイから目をそらさない。精霊族はスイだと確信を持っている。スイはからからに乾いた口をひらいた。

「お……おれじゃありません……」

 みっともないほどに震えた声が出た。自分だと認めているようなものだった。

「今さらそんな嘘が通用すると思ってるんですか!?」

 執事はスイに近づこうとしたが、ガルヴァに肩をつかまれて引き止められた。その隙にジェレミーはスイの体をアパートの玄関の方にぐいと押した。

「ですから人違いですっ! もう来ないでください!」

 ジェレミーはそう叫ぶとスイを押してアパートの中に入れた。

「さあ、今のうちに部屋に戻ろう」

 ジェレミーはスイの手を引いて四階に上がり、一緒にスイの部屋に入った。スイはよろよろとテーブルまで歩き、テーブルに手をつくとがくりとその場に膝をついた。

 しばらくもしないうちにガルヴァもやってきた。ガルヴァが部屋に入るとジェレミーは素早く内鍵をかけた。

「あの人は?」
「帰らせた。あきらめたわけじゃなさそうだけど。いったん帰って当主に報告するんだろ」

 スイは床に座りこんで全身を震わせていた。ついに気づかれてしまった。もう、おしまいだ。

「ねえ……、あの人の言ってることは本当なの……?」

 ジェレミーがおずおずとたずねる。スイが黙っていると、代わりにガルヴァが答えた。

「本当だよ。やっぱり、精霊族はお前だったんだな」
「やっぱりって? ガルヴァ、スイのこと知ってたの?」
「いいや……。でも、こないだ友達の話を聞いてもしかしてって思ってたんだ。そいつの話だと、昔この辺に住んでた精霊族の屋敷の庭にはきれいな池があって、そこに精霊が棲んでたんだってさ。で、その池に入ると精霊族は姿が変わったらしいんだ」
「それがどうかした?」
「……わからないか? デアマルクト近辺の屋敷で、庭にきれいな池があるところだよ」

 ジェレミーは首をかしげたが、不意にあっと声を上げた。

「あの、仕事で行ったところ? フェンステッド隊長の依頼で、マグン一派の隠し倉庫を探した屋敷のことを言ってる?」
「そう。あそこの庭にはきれいな池があったよな? で、隠し倉庫の鍵を探してあの池に入っただろ?」
「そうだったね。暖かい日だったから楽しかったよ」
「だよな。でも、一人だけ池に入らなかった奴がいただろ? ニーバリさんと喧嘩して、ヴィーク団長にすがってまで絶対に入ろうとしなかった奴が」

 ジェレミーの顔から表情が消えた。

「……スイ……」
「だよな? スイ。あの池に入ると姿が変わっちまうから、入れなかったんだろ?」

 スイは二人に背を向けて床を見つめている。

「そもそも、俺たちをあの池に連れてったのはお前だったよな? 女の泣き声が聞こえるって言ってさ。俺たちが聞こえないって言ったら、勘違いだったってごまかしてたけど。でも本当は勘違いじゃなかったんだろ? あの池にはまだ精霊が棲んでて、精霊族のお前にだけその声が聞こえてたんじゃないのか?」

 ガルヴァの推測は合っている。スイは小さくうなずいた。

「その通りだ……。すごいな、ガルヴァは……。全部、気づいてたんだ……」
「まーな」
「あはは……、じゃ、どっちにしろ隠しておけなかったんだ」

 スイは振り向いて二人を見上げた。ジェレミーは驚いた様子で、ガルヴァは眉間にしわを寄せた苦い顔でスイを見ている。

「……だって、地下に百年も閉じこめられてるのに放ってなんかおけなかったんだよ! 精霊族じゃないとあの瓶に入った精霊の光は見えないんだ! おれがやらないと、あの精霊はずっと地下に閉じこめられたままだったんだよ!」

 スイは涙ながらに訴えた。

「だから夜中にこっそりオーブリーヌ家に忍びこんで、結界を解いて精霊を逃がしてあげたんだ! そしたら精霊がおれの頬にキスしていって、気づいたら姿が変わってて……。エリトは精霊のいる池や泉に入ったら姿が変わるって言ってたから、水のないあそこで姿が変わるなんて思わなかったんだ!」
「……ヴィーク団長はお前のこと知ってたんだな」
「そうだよ。オビングにいたとき、エリトと一緒に森の奥のきれいな泉に行ったことがあるんだ。その泉に入ったら体が銀色に変わって、そこで初めて自分が精霊族だって知ったんだ。そのときにエリトに精霊族のことを教えてもらって、池や泉には近づくなって言われたのに……嘘を教えられた!」
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