銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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六章 嗤う人妖族

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「そこに入らないでください!!」

 背後から切羽詰まった叫び声が聞こえた。スイは慌てて外に出て振り向いた。執事が血相を変えて渡り廊下をこちらに走ってくる。

「す、すみません、鍵が開いていたので……」

 スイは頭を下げて言った。執事はスイのところに来ると、肩で息をしながら、いえ、と言った。

「こちらこそ大声を上げてすみません……。そこは危険な場所なんです」
「危険……? あの瓶は魔法陣かなにかですか?」
「いえ、あれは結界です。といっても、あなた方がはるような結界じゃなくて、精霊を閉じこめるための特別な結界です」
「……精霊を?」

 執事はうなずき、扉を半分開けて中をスイに見えるようにした。

「実はここの地下に精霊を閉じこめているんです。たくさん瓶が並んでいるでしょう? この千の瓶のどれか一つに、閉じこめた精霊の力の源となるものを奪って入れてあるんですよ。だから精霊は外に出てこられないんです」
「どうしてそんなことをするんですか?」
「精霊の加護を得たいと思った我が主の先祖がやったらしいですよ。もう百年くらい前の話です」
「……こんなところに閉じこめておいて、加護なんて得られるんですか?」

 スイは不快感を隠さずにたずねた。精霊に対してこんな仕打ちをするなんて考えられない。百年前のオーブリーヌ家当主はさぞかし強欲な人だったのだろう。

 執事は口端を上げて皮肉っぽく笑った。

「どうでしょうね。まあ、まだ家が続いているので効果はあるのかもしれませんね」
「精霊を解放しようとした当主はいなかったんですか?」
「したくてもできないんですよ。瓶を逆さにして精霊の力の源とやらを取り出せば済む話なんですけど、ご覧の通り、どの瓶も空っぽなんです」
「…………」
「この結界は侵入者対策もばっちりで、違う瓶を逆さにしたらたちまちその人も結界に取りこまれてしまうようにできています。この中からたった一つの正解を探し当てることなんて不可能でしょ?」
「……確かに」
「この結界をはった術者もとうにいなくなって、もう誰も手をつけることができないんです。……話が長くなりましたね。そういうわけで、ここに入るのは危険なんです。だから人よけをはっていただいてるんですよ。うっかり坊ちゃんがいたずらで入りこまないようにね」

 執事は扉を閉めると鍵をかけた。

 スイは胸がむかむかした。加護を得るために地下に閉じこめられた精霊。精霊族だからとファリンガー家の屋敷に閉じこめられたスイ。スイはエリトの手で助け出されたが、ここの精霊は百年経った今も助けを待ち続けている。

 仕事が済んだスイはオーブリーヌ家をあとにした。アパートに帰りながら、スイはあの離れのことをずっと考えていた。



 その日の晩、人々が寝静まった深夜。スイは普段着の上にマントを身につけて静かにアパートを出た。しっとりと湿気を含んだ夜の匂いが鼻をさす。吸血鬼騒動は去ったが、こんな夜半過ぎに外を出歩く者は誰もいない。

 スイは閉じこめられた精霊を救い出さなくてはという強い使命感に駆られていた。部屋に戻ってからどう助ければいいか悩んでいたが、気づいたときには部屋を飛び出していた。

 髪飾りを取られて泣いていた精霊と会ったときもそうだった。なぜかわからないが、困っている精霊を見ると勝手に体が動いてしまう。スイの体に宿る精霊の力がそうさせるのだろうか。

 スイは再びオーブリーヌ家にやってきた。生け垣の隙間から庭に忍びこみ、まっすぐ離れに向かう。屋敷はまっ暗で明かりがついている部屋はない。それを確認してからスイは屋敷から死角になる場所に身を潜めた。

 スイはすっと腕を上げ、昼間かけた人よけの結界を部分的に解除した。その隙間に入りこみ、離れの窓を肘でたたいて割ると中に腕をつっこんで鍵を開ける。

「守手って泥棒にはぴったりの職業だよな……」

 守手になれば堂々と下見ができるし、結界も無効化できる。

 スイは窓によじ登り、軽い音を立てて中に飛び降りた。

「ふう……」

 スイは広い部屋を見渡した。明かりがついていないので当然まっ暗だが、スイの目には部屋の奥で輝く小さな光が見えていた。一面に置かれたガラス瓶の中で、たった一つだけ光っている瓶がある。執事は瓶はすべて空っぽだと言ったが、スイには始めから正解の瓶がわかっていた。

 スイは千の瓶のあいだをすたすた歩き、目的の瓶の前に立った。埃がこびりついた瓶の底で、銀色の炎のような光がゆらゆらと小さく揺れている。スイはその瓶をそっと手に取り、ゆっくりとひっくり返した。

 小さな光は瓶から滑り落ちると、ひゅんと音を立ててかき消えた。唯一の明かりがなくなり、部屋の中は暗闇に包まれた。

「……あれ?」

 スイが首をひねったとき、突如足元から突風が吹き上げた。あまりの風の強さにスイは目をつむり、両腕を顔の前で交差させて両足を踏ん張った。風のうなる音と一緒に甲高い笑い声が響く。

「はーはははは! 外だー!!」

 細く目を開けて腕の隙間から様子をうかがうと、銀色のなにかが部屋じゅうを飛び回っていた。閉じこめられていた精霊だとわかるまで時間はかからなかった。

 精霊は暴風を巻き起こし、すべてのガラス瓶を割っていった。スイはその荒々しい風に精霊の怒りを感じた。雷のような轟音を立ててガラス瓶が残らず砕けていく。

「でかしたぞ人の子!」

 瓶を割り終えた精霊がスイの目の前におりてきた。風がやみ、スイは両腕をおろして精霊を見つめた。少女のような姿をした精霊は満面の笑みでスイに抱きついた。

「我らの愛し子よ、お前のおかげで外に出られたぞ! 礼を言う!」

 精霊は嬉しそうに言うとスイの頬にキスをし、風に乗って高笑いと共に去っていった。スイは呆然と立ちつくして精霊を見送った。あれはきっと風の精霊だ。

「風の精霊ってあんな感じなのか……?」

 あんな陽気な精霊が存在するとは思わなかった。今まで抱いていた精霊のはかなげなイメージが崩れ去った。

 そのとき、がちゃりと鍵が開く音がした。スイが振り向くのと同時に離れの扉が勢いよく開け放たれた。

「……!」

 そこには寝間着姿の中年男性が二人、ランプ片手に立っていた。物音を聞きつけた屋敷の使用人が様子を見に来たらしい。二人は口をあんぐり開けてスイを見た。突然のことにスイはその場に凍りつく。

 片方の男がわなわな震える指をスイに突きつけた。

「せ、せ、精霊が逃げ出したぞー!」

 男が叫んだ。まずい、見つかってしまった。スイは急いで窓からずらかろうとして、視界に入った自分の手に異変が起きていることに気がついた。見下ろした両手が光り輝いている。窓に映った自分の姿を見ると、髪が銀色に染まり肌が白銀に光っていた。

「……あっ!?」

 スイは両手で顔を覆った。精霊族の姿になってしまっている。池や泉に入っていないのに、どうして?

「に、逃がすな! 捕まえろ!」

 二人のうちどちらかが怒鳴った。スイは一目散に逃げ出した。窓から外に飛び降り、庭を駆けていく。

「待てー!」

 男たちも慌てて追いかけてくる。走っていくうちにスイの体の光は収まり、いつもの黒髪に戻った。

「あれ、光が消えたぞ!?」
「本当だ!」

 後ろで戸惑った声がする。どうやら二人はスイのことを逃げ出した精霊だと思っているようだ。スイは急いでマントのフードを深くかぶった。しかしうっかり自分の視界までふさいでしまい、えぐれた地面につまずいて転んでしまった。

「いてっ」
「あっ、精霊が転んだ!」
「……精霊って転ぶのか?」

 スイはすぐに起き上がって死にものぐるいで走った。絶対に捕まるわけにはいかない。生け垣はもうすぐそこだ。

「というかあいつ服着てるぞ? もしかして、人なんじゃないか?」
「人? ……まさか、精霊族か?」

 スイは生け垣の隙間を強引に押し広げて無理やり通り抜けた。突き出た枝で手が切れたが気にしているひまはない。外に出ると暗い道路を疾走した。

「待てえええ」

 男たちはまだ追いかけてくる。

「見ろ、フードに葉っぱがついてるぞ! ありゃ絶対に人だよ!」
「ということはやっぱり精霊族だ! 精霊族が精霊を逃がしに来たんだ!」

 スイは路地をジグザグに走った。彼らは必死に追いかけてきていたが、次第に疲れて足が遅くなっていった。

「はあ、はあ……、ま、まて……っ」

 どんどん声が遠ざかっていく。スイはいつもの商店街までやってくると、物陰に身を潜めて息を整えた。どうやらうまく撒けたらしい。しばらく待ったが誰も追いかけてこなかった。

 スイは額の汗を拭うとフードについた葉っぱを落とし、何食わぬ顔でアパートに戻った。
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