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四章 吸血鬼の噂
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しおりを挟むゾールが魔法で壁の燭台に明かりをともし、二人は暗い階段を慎重に降りていった。一階分ほど降りると、だだっ広い倉庫が広がっていた。たくさんの木箱や麻袋が置かれ、棚一面には酒瓶が山と積まれている。壁の上部には猫が通れるほどの小さな長方形の窓が等間隔についていて、鉄格子がはまっている。
この屋敷は一階が地面から少し高いところに作られており、玄関に入るには十段ほど階段を上がる必要がある。ここは一階の書斎から降りた先なので、半地下の階層に隠し倉庫が作られているようだ。上のほうの小さな窓は軒下の通風口に見せかけた明かり取りの窓だ。
「すごいな」
スイは巨大な倉庫をあちこち見てまわった。きらきらした宝石が隠されているのだと思っていたが、そういうものは見当たらない。冷え冷えとした石の壁沿いに、荷馬車で見かけるような木箱がずらりと並んでいる。スイがすっぽり入りそうな大きな麻袋からは良いにおいがするので、お茶か香辛料が詰まっているのだろう。柱には出荷の予定らしき紙が貼ってある。
うろうろしていたスイは、ふと棚の一カ所がぼんやり光っているのを見つけた。棚の足元に置かれたかごの中が光っているようだ。しゃがんでそのかごを引っ張り出してみると、がらくたの中に小さな髪飾りが混じっていた。赤い宝石でかたどられたブドウの飾りがついていて、かなり年季が入っていて銀の部分はくすんで黒ずんでいる。
「……あった」
スイは髪飾りをそっと手に取った。あの精霊がずっと持っていたせいか、精霊の光が移って淡く光っている。宝石がついているが、ほんの小さな粒の寄せ集めなので大した価値はないだろう。古いものだし、拾った人も売れないと感じてこんなところに放りこんだのかもしれない。
だが、これはあの精霊にはとても大事なものだ。スイは髪飾りを静かにポケットに忍ばせた。
「スイ? どうかした?」
少し離れたところからゾールに声をかけられ、スイは何事もなかったかのように立ち上がった。
「……なんでもない。がらくたしか入ってなかった」
「そっか」
しばらくすると、ジェレミーが呼んだ治安維持部隊と守手らがどやどやとやってきた。半地下の倉庫は一気に騒がしくなる。
「荷をあらためるから閉じてある箱をかたっぱしから開けてくれ! いいものを見つけても盗むなよ!」
ゾールが声を張り上げる。隊員たちと守手たちは、あちこちで積まれた木箱を引っ張り出して蓋を開け始めた。ニーバリは道具箱を見つけてこれを使えと周りに声をかけている。ガルヴァとジェレミーは、これはなんだとか言いながら楽しそうに荷物の中身を物色している。
スイはみんなが倉庫に夢中になっているのを横目に、そっと階段を上がって一階に戻った。せっかく手に入れた髪飾りを早く精霊に返してあげなければ。スイはまっすぐ池に向かった。
「見つけたよ! これだろ?」
スイは池のほとりで髪飾りを掲げてみせた。水に沈んだ彫像が輝き、池全体がぼうっと白く光る。
「探してたのはこれだろ?」
スイはよく見えるように髪飾りを持った右手を池のほうに突きだした。
「……持ってきて」
精霊の静かな声がした。一度人間に大事なものを奪われたせいで、スイを警戒しているようだ。
スイは周囲を見回し、誰もいないことを確認してから池の上にそろりと足を踏み出した。靴の底が水面についたとたん、スイの髪は銀色に染まり、体が光り輝いた。スイは池の上を歩き、白い彫像の上までやってきた。
「はい、どうぞ」
髪飾りを持った手を差し出すと、水面が白く膨れあがって人の形をかたどった。精霊は髪を足元まで伸ばした美しい女性の姿をしていた。彼女は銀色の手を伸ばしてスイから髪飾りを受け取り、大事そうに胸に押し抱いた。
「ありがとう……あなたもルレオーノと同じ種族だったのね」
「うん、そう。精霊族だよ」
彼女は髪飾りを自分の髪に留めつけた。古い髪飾りは精霊の光に包まれてまばゆく輝いた。スイはそれをとても美しく感じた。ルレオーノは彼女にぴったりの贈り物をしたようだ。
「よく似合ってるよ」
スイがほめると彼女はにっこりと笑い、池の中に戻っていった。スイは彼女の笑顔を見ることができて満足だった。自分はこのためにここに来たのだと感じた。
少し離れたところからその様子をこっそりのぞく何者かの姿があった。植木の影に隠れているので、スイがそれに気づくことはなかった。
任務が終わり、スイはデアマルクトに帰還した。憲兵に馬を返し、商店街に寄るというガルヴァと別れてジェレミーと一緒にアパートに戻った。
アパートの前では一人の男が煙草をふかしていた。青色のしゃれたコートを着て帽子をかぶった、長身で銀髪の男だ。
「ヘルラフ!」
先ほど精霊を見たばかりのスイは一瞬精霊かと思ってどきりとしたが、ジェレミーがそう呼んで男に駆け寄ったので、彼が噂の「ジェレミーの運命の人」だとわかった。
ヘルラフはジェレミーに気づくと笑顔で手を振った。
「待ってたよ」
「会いに来てくれたの? 仕事は?」
「今日の仕事はもう終わり。だから一緒に遊びに行こうと思って。どう?」
「もちろん行くよ」
ジェレミーは頬を紅潮させて何度もうなずき、服を着替えようと急いでアパートに入ろうとしたが、あっと叫んでスイのほうを振り向いた。やっとスイの存在を思い出してくれたらしい。
「スイ、この人が昨日話したヘルラフだよ」
ジェレミーが紹介するとヘルラフは帽子をとって丁寧に会釈した。長めの銀髪がさらりと手前に流れる。ジェレミーの言う通り美形で品のいい男だ。
「こんにちは。初めまして、ヘルラフと申します」
「初めまして。スイです。ジェレミーと一緒に働いてます」
「よろしく、スイ。ジェレミーからあなたのことを聞いてますよ。仕事で危険な目に遭ったそうですね」
ジェレミーと出会うきっかけとなった潜入捜査のことだろう。スイは苦笑した。
「そんなこともありましたね」
「怪我したって聞きましたけど?」
「はい、まあ。でも治癒師に治してもらいましたから、もうなんともないですよ」
「それはよかった。かわいいお顔に傷でも残ったら大変ですからね」
さらりとそんなことを言われ、スイは心の中でこのたらし野郎と毒づいた。この慣れた感じはどう考えても遊び人だ。ゾールと同じにおいがする。
「ちょっと、スイを口説いたらだめだよ?」
ジェレミーがヘルラフのコートを引っ張ってたしなめると、ヘルラフは大仰におどけてみせた。
「なに言ってるんだ。俺にはジェレミーしかいないに決まってるだろ。きみが大切だから、きみの友達にも気に入ってもらいたいんじゃないか」
「ふふ、わかってるよ。ただ、スイにはもう素敵な恋人がいるから怒られちゃうよって言いたかったんだ」
「ああそうなの」
「ジェレミー、その話は……」
「ごめんごめん、内緒にしておくから安心して」
ジェレミーはいたずらっぽく笑って口元に人差し指を当てる。ヘルラフはおかしそうに笑った。その口元から牙がちらりとのぞき、スイの背筋が冷えた。ヘルラフは牙を持つ種族だ。肉食系の獣人族で耳を隠しているのか、もしくは――。
「……きみって……」
急にヘルラフが顔を近づけてきた。スイが驚いてのけぞると、ヘルラフはすんと鼻を鳴らしてスイのにおいをかいだ。
「な、なんなんですか?」
「ん。いや、別に。きみ素質あるなあと思って」
「素質?」
「気にしないで」
ヘルラフは人好きのする笑みを浮かべ、ごめんねと言って離れていった。そんなことを言われて気にせずにいられるわけがない。
◆
数日後。昼過ぎに早々と仕事が終わったスイは、守手本部に戻ってニーバリに報告した。
「ご苦労さん。今日はもう終わりでいいよ……あ、そうだ忘れてた」
ニーバリはぱちんと手で額をたたく。
「ハッシャーがお前が戻ったら自分のところに寄こしてほしいって言ってたんだ。ちょっと行ってきてくれ」
「ハッシャー監督官が?」
スイは首をかしげた。スイの監督官はニーバリなので、ほかの監督官に呼ばれたことはない。
「仕事ですか?」
「いや、仕事を手伝ってほしいならまず俺に言うはずだ。なにか聞きたいことでもあるんじゃないか? まあ行けばわかるよ」
「はあ」
スイはニーバリの執務室を出て廊下を歩き、ハッシャーの執務室に入った。ハッシャーは机で書き物をしていたが、スイを見るとぱっと立ち上がった。
「やあ。仕事中に悪いね」
「いえ」
「ちょっと頼まれてほしいんだけど、いいかな?」
ハッシャーは机の引き出しから筒状に丸めた紙を取り出してスイに差し出した。スイはそれを受け取った。上等の羊皮紙でできた、形式張った書面のようだ。紐でくくられ、封蝋できちんと封がしてある。
「……これは?」
「騎士団宛の書類。これをヴィーク騎士団長のところへ持っていってくれないか?」
「えっ? なんでおれが?」
「なんでって……」
ハッシャーは意味深に笑った。その笑みでスイは自分が呼ばれた経緯を悟った。
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