銀色の精霊族と鬼の騎士団長

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四章 吸血鬼の噂

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 それから十日あまりが経ったが、エリトがスイの部屋に来ることはなかった。フラインがスイの言葉を伝えたことで、ふたりの関係はあっさりと終わりを迎えたようだ。スイにはっきり別れを告げられ、さすがのエリトもそれ以上どうこうしようとは思わなかったのだろう。

 こんなにあっけない幕引きになるとは予想外だった。エリトのことだから、部屋に押し入ってきてなぜだと問い詰めることくらいすると思っていた。そうしたら今度こそエリトのところを去った理由を話そうと思っていたのに、その機会が与えられることはなかった。

 スイはもっと早く話しておけばよかったと後悔した。逃げてばかりでついぞエリトときちんと向き合わなかったことを悔いたが、もう遅い。もう一度話したいと思っても、スイはエリトの住んでいるところすら知らない。エリトから会いに来てくれないと、スイからエリトに会いに行く方法はない。

「今さらそんなこと言ってもしょうがないか……」

 スイはベッドに横たわってひとりごちた。エリトのことは忘れよう。そうするのがお互いのためだ。


 ◆


 スイはニーバリから次の仕事の指示を受けた。守手本部の一階の広間で、集った部下に向かってニーバリは早口で仕事の説明をした。いつもの結界をはる仕事ではなく、治安維持部隊の手伝いをしてほしいとのことだ。マグン一派が使っていた屋敷に隠し部屋があるはずだから探してほしいという、一風変わった依頼だった。

 デアマルクトの周囲には畑が広がっていて、畑のあいまに農家が点在しているが、農家のほかに大きな屋敷もいくつか建っている。金持ちが庭園つきの屋敷を建てようと思ってもデアマルクトにそんな土地はないので、周囲に屋敷を建てるしかないのだ。

 そのデアマルクト郊外の屋敷の一つが、犯罪組織マグン一派の所有物だということが少し前に判明した。治安維持部隊は王国騎士団と協力して屋敷に奇襲をかけ、屋敷にいたマグン一派の構成員を全員逮捕することに成功した。首領のマグン本人はいなかったものの、彼らの拠点を一つ潰せたのは大きい。

 そこまではよかった。しかし、屋敷を捜索したところ、あるはずのものがなかった。

 マグンは元々犯罪組織イルグの参謀で、武器の横流しや盗んだ宝石を売買する事業を統括していた。イルグがマグン一派とグリーノ一派に分裂したあとも、マグンはその事業を受け継いでいる。だから、マグン一派の屋敷なら違法な商品が保管されているはずだった。しかし、治安維持部隊が屋敷をくまなく探しても何も発見されなかった。とらえたマグン一派の構成員を問い詰めても、知らぬ存ぜぬを貫き通されている。

 ゾールは結界で倉庫が隠されているに違いないと踏み、守手に捜索要請をした。そして、ちょうど手が空いていたニーバリのチームが抜擢されたというわけだった。スイはこれからデアマルクトを出て、治安維持部隊と一緒にマグン一派の屋敷を捜索する。

 ニーバリはやっとゾールに殴られた傷が癒えたところだ。そこへこの依頼が来てさぞ複雑だろうとスイは思ったが、ニーバリはあの潜入捜査の一件などなかったかのようにひょうひょうとしていた。スイならしばらくゾールと顔を合わせるのもいやになるだろう。スイはニーバリの切り替えの早さに感心した。

 スイたちは憲兵に借りた馬に乗り、デアマルクトを出発して目的の屋敷に向かった。澄んだ青空が広がり、からっとした風の吹く気持ちのいい日だ。スイは鬱々とした気分だったが、馬上でたっぷりと日差しを浴びて少しは気分がましになった。

「ニーバリさん、屋敷はまだ先ですか?」

 スイのすぐ前を行くガルヴァが声を張り上げる。先頭のニーバリは振り向いて前方の丘を指さした。

「もうすぐだぞ! 屋敷はあの丘をまわりこんだ先にある。街道から見えないところに建ってるんだ」
「へえー。方角からして日当たり悪そうですけど、やっぱりやましいことがあるから人目を避けてるんですかねぇ?」
「そうだろうなあ」

 天気がいいせいか、若葉族のガルヴァやニーバリはいつもより元気だ。ジェレミーは慣れない馬の操作に四苦八苦していて、飛んで行けたらすぐなのにとかぶつぶつ呟いている。

 一行の中にカムニアーナの姿はない。彼女は別の街に異動となり、少し前にデアマルクトを去った。カムニアーナ本人の希望とのことだったが、スイはフラインの采配だろうと考えている。あれからカムニアーナと会うこともなく、彼女はひっそりとスイの前から姿を消した。



 ニーバリの言った通り、街道を外れて丘をまわりこんでいくと大きな建造物が姿を現した。背が高く分厚い石壁に囲われ、森を背にして建っている。見張りの塔まで設けられていて、まるで敵襲があることを前提に作られているようだ。

 門扉は開け放たれていて、門をくぐると正面に左右対称の豪邸があった。クリーム色の壁で四階建ての巨大な屋敷だ。屋敷の両端には円柱形の塔がついている。立派な屋敷だが広い庭はまったく手入れがされておらず、小径こみち以外はすべて雑草で覆われている。

 荒れた前庭を進んでいくと、玄関ポーチからゾールがひょっこりと姿を現した。ニーバリは玄関前で馬をおりてゾールに挨拶をした。

「おはようございます、フェンステッド隊長。到着しました」
「おー。あっちにオレたちの馬をつないであるから、あいてるところに馬を置いてきてくれ。そしたら屋敷の中を案内するから」

 言われた通り馬をつないで戻ってくると、ゾールはニーバリ一行を連れて屋敷の中を歩いた。大理石の床が美しいが、あちこち埃をかぶっていたりなにかをこぼしたあとがそのまま残っていたりと、あまりきれいではない。たばこの吸い殻やゴミが散乱していて、たくさんの人が行き来していたことがうかがえる。

 部屋はたくさんあった。どの扉も開け放たれていて、部屋の中を物色する治安維持部隊の隊員の姿がときどき見られた。

「中はこんなかんじだ。部屋にかかってた鍵は全部開けたからどこでも好きに入っていい。なにか見つけたらすぐオレに教えてくれ」

 ゾールが言うと、ニーバリはスイたちに手分けして屋敷内を探すよう指示した。スイは屋敷の中を練り歩きながら、結界の痕跡が残っていないか目をこらした。

 しかし、なかなか手がかりは得られなかった。廊下で仲間とすれ違うとお互い目を見交わすが、誰もが黙って首を横にふる。

 日が高く昇ったころ、スイはほかの守手たちと一緒にお昼休憩を取った。天気がよかったので庭の片隅で休憩することになり、スイはガルヴァの隣に座って持ちこんだパンにかぶりついた。急に街の外に行くことになったので、出がけに急いでアパートに戻って作ったトマトとチーズの簡単なサンドイッチだ。

「なあ、最近デアマルクトに吸血鬼が出没するって話、知ってるか?」

 お昼ご飯を食べながら噂好きのビリスが言った。スイは首をかしげ、ガルヴァはうなずく。

「聞いた聞いた。こわいよなー」
「吸血鬼って?」

 スイが口を挟むと、ビリスは水を得た魚のように話し出した。

「十日くらい前からデアマルクトに吸血鬼が出るらしいんだよ。一人で外を出歩いていると襲われて、血を吸われて殺されちまうんだって。もう二人やられたらしい。襲われたけど逃げ切ったやつもいて、そいつの話だとその吸血鬼は身のこなしが尋常じゃなかったそうだ。背が高くて足が速くて、どこまででも追いかけてくるんだってさ」

 スイは眉をひそめた。常人離れした膂力と血を好む性質は鬼族特有のものだ。そして、デアマルクトで鬼族と言えば王国騎士団だ。団長のエリトを筆頭に、騎士団はほぼ全員が鬼族で構成されている。

「吸血鬼って一人なのか?」
「たぶんな。追ってきたのは一人だったらしい」
「血を吸うってどうやって? かみついて?」
「ああ。見つかった死体には首筋に噛み跡がくっきり残ってたって。で、体の血がほとんど抜かれてたらしいぞ」

 気持ちの悪い話に守手たちがうめく。食欲がなくなったらしい一人の守手は、手に持っていたパイを置いてビリスにたずねた。

「それって鬼族の仕業なんじゃないか?」
「だと思うだろ? でも、鬼族なんてデアマルクトじゃ騎士団くらいなもんだろ。珍しい種族だし」
「確かに……騎士団がそんなことするはずないよなあ」
「まあ狂った騎士団員の凶行だって疑うやつもいなくもないけどな。吸血鬼はフードをかぶってたから顔がわからないらしいんだけど、顔を隠すってことはもしかして……ってな」
「素性がばれたら困るから顔を隠してるってこと? それは飛躍しすぎなんじゃないか? 犯罪者は誰だって顔を隠すだろ」
「そうだけど、もし身近な誰かがその吸血鬼だったら怖くないか? それで最近商店街の人たちは疑心暗鬼になってて、早めに店じまいするところが多いんだ」
「へえ……。でも、きっとよそから流れてきた鬼族が住み着いただけだと思うな」
「かもな。気になるなら直接騎士団に聞いてみろよ。さっき到着したのを見たぜ」
「むりだよ、騎士団に気軽に話しかけられるもんか」

 この屋敷を制圧したのは騎士団なので、あとで騎士団からも数人が調査に来るとニーバリが言っていた。その調査隊が到着したらしい。

 ガルヴァは隣に座るスイの耳元に顔を寄せて囁いた。

「なあ、ヴィーク団長に聞いてみろよ。なにか知ってるかもよ」

 スイの気分はとたんに急降下した。正面を向いたまま、小さく首を横に振る。

「……無理だ。最近会ってないから」
「え、そうなの? もしかして捨てられちゃった?」

 茶化すように言ったガルヴァを、スイはぎろりとにらんで黙らせた。

 護るべき王国の民を、騎士団が殺すわけがない。スイはそう思ったが、十日ほど前からエリトが姿を見せないことに気づいてぞっとした。エリトは今までしょっちゅうスイのところに来てはスイの血を欲しがっていた。彼の喉の渇きは激しく、獲物を狩るどう猛な肉食獣のような目をしていた。それがぴたりと来なくなり、代わりに吸血鬼がデアマルクトに現れた。

 まさかスイの代わりに街の人を襲って血を得ているのでは?

 そんな考えが浮かんだが、すぐにそれを打ち消した。いくらなんでもエリトがそんなことをするはずがない。エリトが来なくなったのは、スイが終わりにしたいと言ったことをフラインに教えられたためだ。それだけのことだ。
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